85 母もまた暴走する

 あまり勢いが良すぎて、クライドさんが一瞬バランスを崩したくらいだった。

 だが妹はそれ以上近づきはしなかった。

 あくまで横に座り、彼の方に身体を向けただけだった。


「クライドさんは、上級の学校で、何をお勉強なさっているんですか?」

「領地経営に役立つことをあれこれと。両親からは器用貧乏と言われていますがね」

「あらそれって、何でもそれなりにこなせるってことですわね。現実的でとても良いことじゃありませんか!」


 そう言ってアンジーは胸の前で手を組んで見せた。


「私なんて、第四のお勉強も難しくって。お姉様は第一でもよくできると評判だったのに、恥ずかしいですわ」


 そして軽く目を伏せる。

 何となく私は感心してしまった。

 そうこうしているうちに、お茶会の準備ができました、とメイドが伝えに来た。


 なるほど本館でお茶会をするとこうなるのか、と私はまたまた感心した。

 何しろ西の対とは規模が違う。

 無論食事の時には本館を使うのだが、きっちり飾られ、セッティングされたお茶会を見るのは初めてだった。

 西の対から慌てて移動させた花はやや可哀想だったけど。

 そしてそのテーブルの側には母がしっかり待っていた。


「お待たせしましたわ。さあどうぞどうぞ」


 母はそう言って、円形のテーブルに置いた四人分の席に私達をうながした。

 なるほどそう言えば母と妹とお茶をするのも初めてだなあ、と頭の半分で呑気に構えていたのだが。

 窓際の席にクライドさん。

 その左に私。

 私の対面に妹。

 そしてクライドさんの正面には母が、という座席になった。

 母の顔はちょうどてんこ盛りの花で半分くらいしか見えない分、両隣の私とアンジーが同じ程度に視界に入る。

 なるほど母はこうやって私と妹の姿を見比べさせようとしているのだな、とその時思った。

 私はいつもの様に落ち着いた色合いの、締め付けすぎないドレスを身につけ。

 妹は卵色に所々緑をアクセントに入れた夏向きの生地のものをまとっていた。

 さてそれからの時間は、母の独壇場だった。

 まず私に会話を振るのだが、その後必ずアンジーにも振る。

 この振り方が絶妙だった。

 少なくとも、あのクライドさんの親戚の伯母様達の様な、歴戦のお茶会勇者の女性達でもなければ判らないくらいに。

 母はアンジーの第四での噂は知っているのだろう。

 そこで、会話の中でそれをも落とし込んで、虚実を混ぜ合わせこう言うのだ。


「アンジーは私に良く似てしまって、少しばかり軽々しいところがあるんですが、またそこが愛らしいのですよ」


 そしてちらちらと彼の視界に入る母の顔は、というと。

 父がいつまでも熱愛せざるを得ないくらいには相変わらず整っているのだ。

 ここにヘリテージュが居ればこう感想を言うだろう。


「そりゃあ伯爵家の資産をずいぶん使って美貌を保つ努力をしていればそうなるでしょうねえ」


 彼女の毒舌が少しばかり恋しくなりつつ、つい吹き出しそうになった。

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