82 乳姉妹はやっぱり有能
妹だけでなく、母も評判は決して良く無いらしい。
ただ母自身はそれに気付いているのか。
家に戻った私は、ポーレにドレスを脱がせてもらいながら、この日の話をした。
「そうですね、たぶんその方々、帝都にそうそう行けないことも恨めしく感じているのじゃないですか?」
ポーレは手早くドレスの手入れをしてトルソに掛けて行く。
「何と言っても、これが現在の帝都で評判になっている工房作ということもお気付きにならないのでしょう? 実際に帝都に行ったことが無い方々のご意見では?」
「あ、そう言えばポーレも帝都には」
「おかげさまで数回行き帰り程度だけでも足を伸ばせました。テンダー様、なかなかにこの体験は大きいですよ」
「そうかしら」
「私が行って戻ると、ともかく使用人の皆から頼まれていたお土産を配ることから始まるんです。皆帝都の情報に飢えているんですよ」
「へえ……」
「テンダー様がそうそうお帰りにならないから、余計に情報が入ってこなくて皆飢えていたんですよ」
ちら、と恨みがましい視線をポーレは投げた。
「いいでしょ。今はもう戻っているのだし」
「私はいいのですけど。ともかく帝都はかの奥様お嬢様が思うほど、きらきらしくも、もの凄く身分をあれこれ言う場所ではないということは、行ってみなくては判らないものですし」
「そう思っているのね、あの方々は」
「はい。だから立場に合う合わないが、似合う似合わない、着心地が良い悪いより何より大切なようで。帝都の人々はそうではなかったのですがね」
「確かに。ヘリテージュのところでも、私や友達はそれなりに迎えられたわ」
「上の方の方々ほど、実力を重視するということですかね」
「なのかもね。ところで何をお土産にしていたの?」
「それは――」
どうやら、いつも私を送った後にはゲオルグと二人で皆から頼まれたものを買い漁りに出ていたらしい。
この家の周辺では手に入らないお菓子や飾り物や雑誌を欲しがる者は多いのだと。
そんなポーレの立場に、中には嫉妬する者も居たらしい。
かと言って西の対のオールワークスになる気もなかったらしい。
いやはや、私の乳姉妹は優秀だ。
帰宅時間がまちまちの私をいつでもきちんとした部屋で出迎え、早すぎる朝食だの、お弁当の用意だの、遅い昼食だの、急なお茶だの、時間が合わなくて夜中に小腹が空いた時の夜食なども用意してくれている。
お腹が思い切り空いた時の濃いミルク入りの茶や、厚く切ったコールドチキンやポークをはさんだサンドイッチが本当に美味しいこと!
そして時々私の書いた書類の数字ミスを見てもらう。
ポーレはややこしい数理は知らないが、普通の計算なら私よりずっと速くできる。
そして間違いが少ない。
私は様々なところをざっくりとこなせはするが、細かいところが抜ける。
さすがにそんな姿は他の使用人には見せられない、とポーレはこっそりやってくれるのだが。
*
一年もすると、領地の方の問題点は相当浮き彫りになっていた。
私ができるのは、せいぜいそれをできるだけ良い方向にもっていくための筋道をつけるまでだ。
お父様はどうも「そこ」が苦手らしい。
決められたものを実直にこなす才能はあるのだが、最初に決めることができないのだと。
その辺りは父方の祖父母のところへも行って聞いてきた。
父は伯爵の位を譲られたはいいが、母と結婚したことで疎遠になっていたのだという。
そこで私は父の代わりに、と出向いた。
当初は母に似たのが来るのではないかと、身構えていた祖父母も、先ほどの様な地味なドレスで訪問した私にはほっとした様だ。
隠居した祖父母は確保しておいた資産で、のんびりと暮らしていた。
「伯爵家のことは手を出さないと決めておる。領民に苦労をかけない様にできるなら、お前が手を出すのも良いだろう」
お墨付きをいただきました。
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