54 北西辺境の花嫁衣装
叔母のところでは服はトルソにかけておくものだった。
結婚衣装なら、なおさらだろう。
だが今それは、布を置いた床の上にある。
そう、こちらに来て驚いたのは、椅子よりも床に直に座る生活の方が多いことだ。
椅子とテーブルの部屋もあることはある。
例えば作業する男達が休む部屋。
彼等は椅子に座って食事を掻き込み、そして靴を脱がずに出て行く。
だが一日の疲れを癒やす時には靴を脱ぎ、そのまま床に寝転がったりもする。
そう、つまり今現在居る部屋では私達は靴を脱いでいるのだ。
その上に布なり毛皮なり、もしくは毛糸を分厚く編んだ物が敷かれる。
そんな布の上に広げられた衣装は、実にぺたん、と平べったい。
そして実に形がシンプルだ。
角度が緩い台形の布が大きく縫い合わされた前後、そしてそこに袖がつく。
襟も無い。
丸首のままだ。
だが、ともかく刺繍が多い。
布地も厚い。
いや何より、地の布の色が赤。
それに私は驚いた。
「今年と来年の夏期休暇のうちに仕上げなくちゃならないの。色は自分の好きなものでいいのよ。布は決まってる。そして友達とか知り合いとか、沢山の人に刺繍を手伝ってもらうのよ」
……その刺繍の量たるや。
地の色は赤、と言ったが、正直、地は何処だ、というくらいに刺繍がされている。
しかもそれが叔母のところで見た刺繍とは違い、地より淡い色の細かい×で埋め尽くすものだった。
すると、遠目に見ると地の色と糸の色が混ざってまた別の色に見える。
面白い効果だな、と思いつつ、まあ何って手間だ、とも思った。
「だから、この夏はともかく本体を作ってしまおうと思うの。あと模様を決めなくてはならなくてね」
リューミンはにっと笑い。
「テンダーこういうの好きでしょ? 手伝ってくれるわよね?」
周囲の「お母様」達も期待の目できらきらしていた。
「む、無論です」
そしてふと思い立ち。
「あの、これはお姉様のものということですが、もっと前のもあるのですか?」
まあ、それからは喜んだ「お母様」達が、色々と過去の保管されていた花嫁衣装を見せてくれた。
これがまた大量だった。
リューミンは伯の娘ということで、今回も作る訳だが、庶民の場合は母親のものに手を加えて行くのが普通らしい。
確かにそれだったらシンプルな作りであることも分かる。
様は伝統だ。
そして模様や生地がその時代ごとに変わっているのだろう。
「見事なものが多いですね」
白地のものもあった。
それには色糸で風景が刺繍されていた。
「でもこれは不評だったのよ」
「そうなんですか?」
「白地に風景というのは、世代に一人くらい作ろうとする子が出るんだけど、大概結婚生活が上手くいかないという……」
「それでも世代に一人は居るんですね」
「そう、何故か」
何となく苦笑したくなった。
それでもそのひとは、そう作りたかったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます