34 男装の麗人に似合うドレスをふと考える
実家へは勉強が忙しい、ということでできるだけ戻らないことにした。
無論両親からは特にそれについて言ってくることは無かった。
……まあ、向こうは向こうで翌年度末の入学試験の準備に忙しいのだろう。
そして私も忙しかった。
夏期休暇で出会った人々をまとめ。
帝都近郊貴族の交友関係を自分なりに把握し。
その上で「何も知らない様に」じわりじわりと親戚筋にも「こちらとうちの関係が浅からぬものであると知って」と練
習手紙文の様な文章を送ったりもした。
適度にばらけて、適度に合間を置いて。
そして時々第五に居る叔母のところへも遊びに行く。
*
「いや来たのはいいけど、どうして手伝いまでしてくれるの?」
第五の叔母の専用控え室に行くと、常に何かしらの途中になっている作業が大きな机――そう、図書館のそれの様な――の上に幾つも置かれている。
「出来上がりを見たいからです」
ふうん、と叔母はそう言って縫い物の針を進めていた。
「今は何を?」
「もうじき私、師匠の工房から独立しようと思っているの」
「独立、ですか」
「師匠が私に第五の講師を任せたのもそのせいだったのかもしれないわ」
どういうことだろう? と首を傾げる。
「師匠ももう歳だから、引退を考えている様なの。で、男のドレスメーカーはそれなりに行き場があるのだけど、女の私はどうだろう、と思ってらした様なのね。で、箔づけと、あと新しい可能性を若い連中に囲まれて探してこいってことみたい」
「箔づけ」
「同じ様なデザインのドレスがあった場合、肩書きがあると無いでは信用度が違うでしょう? 第五で講師というのは相当大きな信用が得られるのよ。だから他の弟子でなく、私に回して下さった。師匠には本当に感謝しているわ」
「そうなんですね……」
そしてこの時縫っていたのは舞台衣装に見えて違うものだったらしい。
「叔母様、これ、少し変わってますね」
トルソーに着せかけた一枚を示す。
「ああそれ? 子供の役をやる学生が居たから」
言われてみれば女の子の服だ。
しっかりした生地に飾りがあるのは良いとして、そのラインに起伏が無いのだ。
「叔母様ふと思ったんですけど」
じっとそれを見据える私に、叔母は顔を上げる。
「いえ、こういうラインだったら、セレや、マリナさんみたいな体型の方でもエレガントなものができません?」
「ああ、そのこと。確かにそれは言えているのよ」
「色濃く、あまりひらひらさせない感じで、……や、ひらひらさせてもいいんだけど、裾だけとか」
「つまりウエストを締めない形ってこと?」
「そういうことになりますね。実際、演劇の衣装ではそういうものもあるでしょう?」
「そうね。ただ実際には作れないわ」
「何故ですか?」
「需要が無いもの」
「需要」
「たとえマリナに合ったドレスだったとしても、それで夜会に行け、とは言えないわ。皆が皆砂時計型のドレスを着ている以上、それはさすがに。まだ男装している方がましでしょうね」
うーむ、と私はうなった。
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