5 先生は私の意識のずれについて語り出す

 そう言われても。

 ともかく私は毎日に満足していたのだ。

 この家の図書室は決して大きな訳ではない。

 だが、ともかく複製画だったり、絵本だったり、子供心に手にとってみたいものが多かった。

 それこそ、先生は初めて来た時に私が既に図書室の本を読んでいることに驚いていた。

 だがその殆どは挿絵目当てだったことに、先生は妙にほっとした顔をしていた。

 先生自身は様々な難しい本をそこから借りて、やはり西の対の自室で暇な時に読んでいた。


「ねえポーレ、そもそもどうして前から私によく怒るの?」

「テンダー様に怒ってるんじゃないですよ」

「じゃあ何?」

「何って言うか……」


 そこで大概ポーレは押し黙った。



「ポーレさんが怒った理由ですか?」


 ある時かくかくしかじかと先生にその理由を尋ねてみた。


 ポーレが私と一緒に先生について勉強したのは三年だけだった。

 基礎の基礎の部分は一人より、比較できる相手が居た方が良い、というのが先生の考えだった。

 私もポーレが一緒の方が嬉しかった。

 読み書き計算だけでなく、歌や楽器も一緒に教えてもらえた。


「ポーレさんは声が良いですね」

「本当、よく音程がすぐに合うと思うわ」

「家に居た時はよく皆で歌ってたし」

「そうですね、歌は皆で歌った方が楽しいですしね」


 だが一緒の時期はもう終わった。

 三年もあれば、メイドに必要な読み書き計算は身につく。

 今はその時間をメイドとしての仕事を覚えるために使っている。

 例えば掃除の手順。

 例えば台所の作業。

 今はまだ、ともかくその時手の足りないところに毎朝言われて通っている状態だということだ。


 先生は私の問いにこう答えた。


「そうですね、あと二、三年でテンダー様も学校で多くの方と出会われるでしょうから、その辺りのテンダー様の意識のずれは覚えていた方がいいですね」


 ふう、と先生もため息をついた。


「意識のずれ?」


 私は首を傾げた。


「はい。今までもきっと、テンダー様がそういう態度を取ってきた時に、フィリアさんやポーレさんは悲しそうな顔をしたと思います。ですがそこには理由がきちんとあるのです」

「理由」

「普通…… というと何ですね。彼女達庶民の普通と、テンダー様の普通は確かに違います。が、同じ部分もあります。テンダー様はご両親、伯爵夫妻のことをどうお思いですか?」

「? 朝食と正餐の時に会う方々で、この家の持ち主で、私を生んでくれた人々で、東の子を可愛がってる人達?」

「ええ実際そうなのですよね。でも一度、向こうのアンジー様をも私が教えることになりそうな時ありましたでしょう?」

「あ、はい」

「普通のこの様な家庭では、三つ違いの姉妹に別々の教師を付けることはしません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る