空から来たユイちゃん
夜々予肆
空から来たユイちゃん
毎日暇を持て余している俺は、今日も朝早くから近所を散歩していた。
「あー。空から可愛い女の子が降ってきてラブコメとか始まんねぇかなぁ」
そう思いながら、俺は空を見上げた。
するとこちらに向かって何かが落ちてきているのが目に入った。
それは、人だ!
「うおぉぉっ!?」
俺は咄嵯に腕を伸ばし、その人を受け止める。腕の中に収まったのは、小柄な女の子だった。
「いてて……」
女の子は小さく呟きながら目を開けると、そのまま大きく目を見開いた。そして次の瞬間には、俺をキッと睨みつけてきた。
「何するのよ!」
「え?いや……落ちてくるから受け止めたんだけど……。大丈夫?」
「あーもう最悪!私の服汚れちゃったじゃない!」
そう言いながら、彼女は自分の服についた土埃を払った。
ちょっと待て。
俺は女の子が空から降ってきてくれたらいいなと内心思っていたが、こんな気の強そうな子は望んじゃいない。もっと大和撫子って感じの女の子を頼む。
「ちょっと! あんたあたしの話聞いてんの!?」
俺は女の子を無視してもう一度空を見上げた。するとこちらに向かって何かが落ちてきているのが目に入った。それは、人だった!
「うおぉぉっ!?」
俺は咄嵯に腕を伸ばし、その人を受け止めた。
俺の腕の中に収まったのは、小柄な男の子だった。
「いてて……」
男の子は小さく呟くと目を開けた。そして次の瞬間には俺は「男じゃねえよ!」と叫んでいた。
俺は再び空を見上げた。
するとこちらに向かって何かが落ちてきているのが目に入った。それは、人だ!
「うおぉぉっ!?」
俺は咄嵯に腕を伸ばし、その人を受け止めた。
俺の腕の中に収まったのは、中性的な顔つきをした男の子だった。
「いてて……」
男の子は小さく呟くと目を開け、俺は「だから男じゃないっつってんだろ!」とまた叫んでいた。
俺は怒りを何とか押し殺しながら、再び空を見上げた。するとこちらに向かって何かが落ちてきているのが目に入った。それは、人だ!
「うおぉぉっ!?」
俺は咄嵯に腕を伸ばし、その人を受け止めた。
俺の腕の中に収まったのは、背の高い青年だった。
「いてて……」
青年は小さく呟くと目を開け、俺は「もういい! 次!」
空を見上げた。そして落ちてきたのは、女の子だ!
「うおぉぉっ!?」
俺は咄嵯に腕を伸ばし、その人を受け止めた。
俺の腕の中に収まったのは、背の低くて可愛らしい女の子だった。
「きゃっ」
女の子は小さく悲鳴を上げると、目を丸くして俺を見た。
そして次の瞬間には、顔を真っ赤にして俺を突き飛ばした。
「な、何をするんですかあなたは!!」
「え? いや……受け身も取れずに落ちて来るからさ……。怪我はない?」
「そ、そういう問題ではありません! 突然私を押し倒すなんて……破廉恥です!」
「押し倒してなんかねぇよ!」
「あーもう最悪! せっかくの服が泥だらけだよ……。これ高かったんだよ? どうしてくれんの?」
「せっかく可愛い女の子だと思ったのにまたかよ!」
「またとは何よまたとは!」
俺は再び空を見た。今度こそは大和撫子で頼む。
そして空から降ってきたのは、一人の少女だった。
少女は空中をくるりと回転し華麗に着地を決めると、「えへへ~。ごめんね~」と言って笑顔を浮かべた。俺はその可憐さに思わず見惚れてしまったが、次の瞬間にはそんな気持ちはどこかへと吹き飛んでいった。
なぜならば、彼女の格好があまりにも際どかったからだ。彼女は胸元を大きく開き、スカート丈は短く太腿まで見えている。おまけに上着は腰に巻いているだけなので、豊かなバストが露わになっている。こんな格好で街中を歩けば、間違いなく逮捕されるだろう。俺は慌てて視線を下に向けた。
「あーあ。せっかくお気に入りだったのに汚れちゃったじゃん。どうしてくれんのよ」
「やっぱりお前もそう言う事言うんだな!」
「そう言う事とはなによ!」
大和撫子って感じじゃないけど、一言目で謝ってくれたしやたらとエロいから当たりだと思ったのに!
俺は再び空を見上げた。そして空から降ってきたのは、一人の女の子だった。
女の子は空中をくるりと回転し華麗に着地を決め、俺を見ると「こんにちは♡」と言ってきた。
俺は言葉を失った。なぜならば、彼女の姿が俺が想像していた大和撫子そのものだったからだ。長い黒髪に白い肌。清楚な雰囲気が全身を包み込み、穏やかな笑みが浮かんでいる。着物姿の似合うまさに昔ながらの大和撫子といった感じだ。
だが落ち着け。俺。
まだ当たりかどうかはわからない。今からまた服が汚れてどうのこうのと言ってくるかもしれない。俺は自分にそう言い聞かせながら、女の子との対話を試みた。ちなみに今まで降ってきたのはどうしてくれんのよとか無視しないでよとか俺に文句を言いながらどこかへ歩き去っていった。
「こ、こんにちは。よろしくお願いします」
そう言って手を差し伸べると、女の子は俺の手を取り、そのまま俺を引き寄せ抱きしめた。
「えっ!?ちょっ!?」
「ふぅ……。ようやくここまで来れました……♡ もう少し、このままでもよろしいでしょうか……?」
来た! 来ました俺の好みの女の子! 俺はニヤけそうになるのを何とか我慢しながら「大丈夫だよ。何ならずっとこのままでもいいよ」と言った。
すると、俺の言葉を聞いた女の子は小さく微笑むと、さらに強く抱きついてきた。
「ありがとうございます……。とても優しいのですね♡」
「あ、ああ……ありがとう?」
「実は空からあなたの事を見ていたのです。その……素敵な方だなと思いまして。降りてきちゃいました♡」
「そ、そうなんだ……」
「はい♡ それであの……お名前を教えていただけますか?」
「ああ……。俺は、タケル」
「タケル様……。素敵なお名前ですね♡」
俺は感動に打ち震え、この奇跡のような出会いに感謝した。完全にこの子は当たりだ!
「君はなんて名前?」
「申し遅れました。私は、ユイと言います。以後、お見知りおきを♡」
「ユイちゃんか。いい名前だね」
「あ、ありがとう……ございます」
「そうだ! 折角こうして出会えたんだし、二人でどこか遊びに行かない?」
「はい! 喜んで!」
やったぜ!
こうして俺は、勢いのままにユイちゃんとデートをする事になったのだった。俺はユイちゃんと手を繋ぎ、肩を寄せ合い、街中を歩いていった。こうしているとまるでカップルみたいだ。
「どこへ行きましょうか?」
「んー……。どこでもいいよ。ユイちゃんが行きたいところに行こう」
俺は適当に答えた。正直なところ、俺は毎日ぐうたら家で過ごしている暇人なため女の子と二人きりで出掛ける経験など人生の中で一度もない。つまり、何をすればいいか分からないし知らないのだ。
「そうですか……。では、まずはお洋服屋さんに行きたいです」
「分かった。じゃあそこに行こうか」
「はい♪」
ユイちゃんはとても嬉しそうに返事をした。どうやら、彼女はファッションに興味があるらしい。
俺たちは早速服屋に行き、彼女に似合う洋服を探した。今は着物を着ているから、洋服を着たらどうなるのか楽しみだ。
「あ、これなんかどう?」
俺は白を基調としたワンピースを手に取り、ユイちゃんに見せた。
「あ、可愛い……。私に、着こなせるでしょうか?」
「大丈夫だよ。試しに着てみてくれないかな?」
「分かりました♡」
そう言うと、ユイちゃんは更衣室に入っていき、数分後、着替えて出てきた。
「ど、どうでしょう……?」
俺は思わず息を飲んだ。そこには、天使がいたからだ。清楚な雰囲気が漂う中、可憐さも持ち合わせており、俺の心を掴んで離さない。
「すごく、綺麗だよ」
「ありがとうございます♡」
「よし! じゃあこれに決定! 次はどこに行きたい?」
「えっと……では、アクセサリーを見に行きたいです♡」
「了解! じゃあ行こっか!」
「はい♡」
俺は天使になったユイちゃんの手を引き、軽くなった財布を気にしつつも次の目的地へと向かった。その目的地とは、宝石店だ。服の次はやっぱり宝石のアクセだよな。いや待て宝石なのか宝石でいいのか!? 毎日ぐうたら家で過ごしている暇人の俺には正直よくわかんないけど、それはともかくとして俺はユイちゃんを連れて、宝石店を訪れたのだった。
「いらっしゃいませ」
店員さんが笑顔で挨拶してくる。
「彼女へのプレゼントを買いに来たんですけど、何かおすすめの物はありますかね?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言うと、店員さんは店の奥の方へと歩いていった。
「タケル様……彼女だなんて……ありがとうございます♡」
「いやそういう意味じゃなくてね? いや別にそういう意味でもいいんだけどね?」
「そういう意味にしましょう♡」
「ああ、うん……」
出会ったときから薄々感じていたけど、なんか随分押しが強くないかこの子? 可愛いからいいんだけど。何ならむしろ大歓迎だけどね? そう思っていると、店員さんが何かを手に持ってこっちに戻ってきた。
「お待たせしました。こちらのペンダントなどはいかがでしょうか? こちらはとても人気がありまして、恋人同士で身に着けると永遠に結ばれると言われています」
「へぇ……。じゃあそのネックレスを二つください。いくらですか?」
「ありがとうございます。えーと、合わせて三十六万五千円になります」
高いな。俺は毎日ぐうたら家で過ごしている暇人だぞ。そんな金額出せる訳ないだろう。
「あの、もう少し値段とか、何とかなりませんかね?」
ユイちゃんに聞かれないように、俺は店員さんに小声で訊いた。
「うーん……。そうですね……では、半額の三十万円にしましょう」
「いや、それでも高すぎると思いますけど。ていうか全然半額じゃねえじゃねえか!」
「お客様……。実はこの商品はずっと前から当店の目玉商品となっているのですが、誰にも買っていただけないんですよ。だから、どうかお願いします!」
「売れ残りを目玉商品と言うんじゃねえ!」
「タケル様……私はこのネックレスで構いませんよ?」
「ユイちゃん……。君が良くても、俺は嫌なんだ。これは男としての意地だ。売れ残りをプレゼントなんてできるか!」
何てかっこいいことを言ってみたが、本当は金が無いだけである。
「タケル様……♡」
「あ、あのぉ~。そろそろ決めていただけますでしょうか」
「分かった。どうしても俺に買わせたいと言うのならもっと安くするか何とかしてくれ」
俺は店員に囁いた。
「ぐっ! 仕方ありませんね……。では、七万円で結構です!」
「もう一声!」
「六万八千円! これ以上は無理ですよ!」
「そんなこと言うなよ! もう一声!」
「くぅ……五万七千円です! もうダメですって!」
「断る! 親の脛齧りにも買える金額になるまで引かないからな!」
「お客さん、それ以上は本当に厳しいんですよ!」
「分かったよ。じゃあ二千円でいいよ!」
俺は渋々妥協した。すると、店員はほっとした表情を浮かべる。
「良かったぁ……。じゃあ、二千円でいいです」
「いいのかよ!? ていうか二千円でも利益出そうな顔すんじゃねえよ!」
ともかく、こうして俺はユイちゃんに似合いそうなネックレスを購入することが出来たのだった。そしてそれを身につけたユイちゃんと再び一緒に街を歩いていた。そして、あることを思い出す。
「そういえば、まだ昼飯を食べていなかったな」
「あ、そうですね……。ではどこかで食べましょうか」
「そうだな。どこが良い?」
「私、一度で良いからレストランというものに行ってみたいです」
レストランか。何度も言うが、俺は毎日ぐうたら家で過ごしている暇人だから良いレストランとか知らないんだが……。まあでも、とりあえず適当に探してみるか。
俺たちは街を歩きながら、レストランを探すことにした。そうしてしばらく歩き回った末、ある店を見つけた。
そこは、洋食屋のような見た目をした店で、看板には『オシャレなお食事処』と書かれていた。
そのまんまじゃねえか!
……まあいいか、他に店も見つからないし。
「ユイちゃん、ここにしよう」
「はい。分かりました♡」
俺らはそのオシャレなお食事処へと入っていった。
「いらっしゃいませー!」
元気な挨拶が聞こえてくる。俺とユイちゃんは案内された席に座り、メニュー表を開いた。
「どれにするか迷ってしまいます……」
「確かにな……」
俺はユイちゃんにどの料理が美味しいか教えてあげようと思ったのだが、そもそも俺は毎日ぐうたら家で過ごしている暇人だからどの料理が美味しいのかもわからない。なので、ここはユイちゃんに任せることにした。ユイちゃんはうんうんしばらくメニュー表とにらめっこしていた。可愛い。可愛すぎる。まさに空から舞い降りてきた天使だこの子は。
「お待たせしました! ご注文はお決まりですか?」
「はい。えっと、ハンバーグ定食で」
ユイちゃんが店員さんに答える。
「じゃあ俺もそれで」
「かしこまりましたー」
そう言って店員は厨房の方へ消えていった。しばらくして、料理が運ばれてきたので早速食べることにする。まず一口目を口に含んでみると、肉汁が溢れ出してきてとてもジューシーだ。これはなかなかに旨い。俺は夢中でその料理を食べた。そしてあっという間に完食してしまった。
「ふう……。さすがに腹一杯になったな」
「そうですね……」
「ところでユイちゃんは、今までどんなものを食べて生きてきたんだ? 俺が言えた口じゃないけど、レストランに行ったことないなんて人そうそういないだろうに」
「私は……ほとんど何も口にできませんでしたから」
「え?」
「いえ、何でもありません。それよりタケル様はどうしてそんなにたくさんご飯を食べるんですか?」
「ああ、それは生きるためだよ。俺は毎日ぐうたら家で過ごしている暇人だけど、一丁前に腹は減るからな」
「そうですか……。それが人間なのですね……」
ユイちゃんが少し悲しげな顔をする。まるで自分が人間じゃなくて本当に天使みたいな言い方だな。どこからどう見ても完璧な黒髪美少女そのものなのに。
「そ、それよりタケル様、デザートも頼みませんか?」
「おっ、いいね! 頼むか!」
俺は店員を呼び、チョコレートパフェを二つ頼んだ。
「お待ちどおさまです!」
それから間もなくして、俺たちの前に二つのチョコレートパフェが置かれた。
「うわぁ……! これがチョコレートパフェなんですね!」
「そうだよ。ほら、食べてみて」
「は、はい!」
ユイちゃんはスプーンを手に取り、チョコレートパフェを一口食べた。すると、ユイちゃんの目が輝く。
「お、おいしいです! こんなの初めてです!」
「良かったな。俺のもやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は自分の分のチョコレートパフェを差し出す。するとユイちゃんはそれを頬張った。
「ん~♡ 幸せですぅ……♡」
ユイちゃんの笑顔が眩しい。俺の分まであげた甲斐があったってもんだ。こんなに幸せそうな顔を見ることが出来たんだから。
「ご馳走様でした♡」
二つのチョコレートパフェを食べ終えたユイちゃんは行儀よく両手を合わせてそう言った。そして満足そうな表情を浮かべている。
「さて、会計を済ませるか」
「はい♡」
俺は伝票を持ってレジへと向かった。
「すみませーん。合計金額を教えてくれますか?」
「はい。こちらになりまーす」
表示された金額は、二千円ぴったりだった。これならユイちゃんと二人分払える額だ。というよりネックレスと同じ金額じゃねえか! それはともかく、俺は財布を取り出し、千円札を引っこ抜いた。しかしそこで、ユイちゃんが俺の手を掴んだ。何事!?
「あのっ、タケル様……」
「な、なにかなユイちゃん……?」
「その……、私が払います!」
「え?」
「私、タケル様にご迷惑をお掛けしてしまいましたし……。それにタケル様には私の面倒を見てもらっている恩があります。なので、どうかお金を支払わせてください!」
ユイちゃんが必死に訴えかけてくる。別に迷惑だとは全く思わないし迷惑と思ったことは一度も無いんだけど、ユイちゃんが? 払いたいって? 言ってくれるんだったら?
「じゃあ頼むよ」
そう言うしかないじゃないか! だって俺は毎日ぐうたら家で過ごしている暇人だし財布に負担を掛けたくないもん!
「はい! 任せてください♡ ……えいっ♪」
ユイちゃんは俺の手を離すと、いきなりワンピースを脱ぎ始めた。
「ちょっ、ちょっとユイちゃん!?」
「お、お客様!?」
ユイちゃんの突然の暴挙に俺らは大慌てした。いきなり何やってるのユイちゃん!? 突然服脱ぐとかどうしたの!? 何を考えてるのこの子は!?
「ふぅ……。はい、もう大丈夫ですよ」
「な、なにが……?」
俺は恐る恐るユイちゃんの方を見てみると、そこにはさっきと同じように真っ白なワンピースを着たユイちゃんの姿があった。
「えっと……。どういうこと?」
「私は天使なので、羽さえ見えなければ普通の人間に見えるんです。だから、こうすればタケル様にご迷惑をかけることなくお支払いが出来るんです♡」
「いや何を言ってるんだユイちゃん!? 君が何を言いたいのが全然理解出来ないんだけど!? 今服脱ぐ必要あった!?」
「はい、ありました♡ 天使は服を着ていない方が自然体なんです。天使の証である翼が見えたら、みんな驚いてしまいますから」
「ありました♡ じゃねえよ!? お金を支払うために服を脱ぐ必要があったかどうか聞いてるんだけど!?」
「それはもちろんタケル様のためです。天使の格好をしていると目立ってしまいますが、裸になれば目立たないでしょう?」
「裸の方が目立つわ!」
「でも、タケル様は私の身体に興味があるんですよね?」
「え……、ま、まぁ……それはある」
正直めっちゃ興味ある。ユイちゃんはスタイル抜群だし、肌も綺麗でスベスベしてそうだから触り心地が良いだろうなって思う。
「あ、あの……そろそろお支払いを……」
「あっ、すみません……」
レジの店員さんに言われてハッとする。もういいや俺が払おう。
「す、すみません……」
俺は千円札二枚をトレーに置いた。そしてレシートを受け取った。
「ありがとうございましたー」
俺は店を出ると、ユイちゃんを連れて自宅へと向かった。家に帰るっつってんのに私はタケル様について行きます♡ なんて言いだすから連れて帰る他無くなってしまった。ていうかやっぱり人間じゃなくて天使だったんじゃん。空から降ってきた時点で想像はついたけども親になんて説明しよう……。そう考えながら俺は自宅に帰り、玄関を開けた。
「ただいまー」
「おかえりなさいタケルちゃ……」
母さんの言葉を遮るように、俺は大きな声を出した。
「父さーん!! 大変なんだよー!!」
「🤨」
リビングでくつろいでテレビを見ていた父さんはビクッとして立ち上がった。
「実はさ、散歩してたら空から女の子が降って来たんだ」
「🤔」
「その子がなんと! 天使だったんだよ!」
「😧」
「で、その子がこの子!」
「ユイです。これからよろしくお願いします♡ お義父様♡」
「🥰」
ユイちゃんが父さんに向かってウィンクをした。すると父さんは頬を緩ませながら鼻の下を伸ばしている。
「ちょっとあなた! やっぱり若い子に乗り換えたいんじゃないの!?」
「🥶🥺」
しかし母さんに怒られてガタガタ震えてしょんぼりしてしまった。そして母さんは微笑んでいるユイちゃんと向き合った。
「ユイちゃん? だっけあなた。タケルのお友達か何だか知らないけど、なんでうちまでついてきてるのよ」
「えへっ♡ タケル様と一緒に暮らすためです♡」
「タケルちゃんと? どうして? こんな穀潰しのどこがいいのよ」
「今のひどくない?」
「タケル様は私の命を救ってくれました。なので、その恩返しをするべくタケル様のお側に居させていただきたいのです」
別に救ってねえよ。ツンデレとか照れ隠しとかじゃなくてマジで救ってねえよ。
「あらそうなの。……うん、分かったわ! タケルちゃんは?」
それであっさり了承するのかよ!
「えっと……。まぁ、良いんじゃないのかな?」
俺にも拒む理由は無いけどね!
「やったあ♡」
ユイちゃんが俺の腕に抱きついてきた。むにゅっという感触が腕に伝わる。
「ちょ、ちょっと!? 何してるのユイちゃん!?」
「えへへ……。タケル様成分を補充しています♡」
俺の右腕にはユイちゃんの大きな胸が押し付けられている。ユイちゃんが動くたびに、柔らかいものが形を変えて俺を刺激してくる。
「タケル様成分?」
「はい♡ タケル様の温もりを感じることで、私にとって最高の栄養になるんです♡」
「そ、そういうものなのか……?」
「はいっ♡ なので、もっとギュッとさせてください♡」
ユイちゃんはさらに強く抱きしめて来た。やばい、理性が崩壊しそうだ……。
「タケルちゃんが困っているでしょう? 離れなさい」
「えぇ〜、もう少しだけ〜」
「ダメったらダメ!」
母さんは強引にユイちゃんを引き剥がした。
「あぁん♡」
そしてユイちゃんは残念そうな顔をこちらに向けてくる。
「🤯🤪🥰🤩😇」
「ほらまたニヤけてる!」
「🥶🥺」
父さんはまたしょんぼりしてしまった。
「それよりタケルちゃん、ご飯出来てるから食べちゃいましょう」
「いや、さっきレストランで食べてきたから……もう腹一杯だよ」
「そ、そう……」
母さんは悲しそうだ。でも仕方がないんだ。さっきユイちゃんと一緒に食べてきちゃったし。
「タケル様、お腹空きましたよね? 私が何か作って差し上げます♡」
「今の話聞いてた? 俺もう腹一杯だって言ったよね!?」
「いえ、私はタケル様のために料理を作りたいのです!」
「作ってもいいけど俺もう食えないからな!?」
「全部食べなきゃダメですよ。すぐに作りますね♡」
ユイちゃんはキッチンへと向かう。
「ちょっと待ちなさい! ここはタケルちゃんの家なんだから勝手なことしないでもらおうかしら!」
が、母さんに制止された。頑張れ母さん! 俺の胃袋のために頑張るんだ!
「大丈夫です。私の家もここと同じようなものでしたので慣れています」
「そう。なら精々お手並み拝見といかせてもらおうかしら」
「なんでそうなるんだよ!?」
その展開はおかしいと思うんだけど!? なあ父さん!?
「🤤」
父さん!? めっちゃニヤけてんじゃねえか!
「そういえばユイちゃんってどこから来たの? 日本?」
「いいえ。天界から来ました」
「テンカイ?」
「はい」
「そう。いい所?」
「はい♡」
「なら、今度旅行に行こうかしら」
「何でそうなる!? ていうか今ヤバいこと言ってるの自覚してる母さん!?」
「え? 何が? ユイちゃんみたいな可愛い子のふるさとなのよ? 行かないわけないじゃない」
「いやいやいやいや天界って何なのかわかって言ってる!? 天国だよ!?」
「分かってるわよ。私を誰だと思ってるの? 死んでも生き返ることくらい簡単にできるわよ」
「そうなの!?」
二十年以上ずっと一緒に暮らしてきて初めて知ったぞそんな事!?
「ええ。だから安心して。母さん死なないから」
「そっか……。それを聞いて少しホッとしたよ……」
って口には出したけどホッとしたっていうかヒヤっとするというか……母さんって一体何者……?
「それじゃあ、始めますね♡」
なんて俺が考えていたら、ユイちゃんが料理を始めた。包丁でトントンと野菜を切っていく。
「タケル様ぁ♡」
ユイちゃんが甘い声で俺を呼ぶ。俺はドキドキしながら返事をした。
「ど、どうしたのユイちゃん」
「タケル様のために愛情を込めて作らせてもらいますね♡」
「ああ、うん……」
食えないって言ってるんだけどね。俺の話聞いてるのかなこの子。聞いてないよね多分。
「はい♡ できました♡」
「早っ!」
まだ十分と経ってねえぞ! どんだけ早いんだよ!
「えへへ……。頑張って作りました♡」
ユイちゃんは照れくさそうにしている。俺のために作ってくれたのか……。食えないって言ってるんだけどね……。
そうして、出来た料理は、
「オムライスか……」
美味しそうな匂いがする。見た目も完璧だったしケチャップで♡も描かれている。が、今の俺にはボリュームが多すぎるし、そもそも洋食続きだと何となく食べる気も湧かない。
「ごめん。もっと食べやすい料理にして欲しい……」
だから俺は、もう一度ユイちゃんに料理を作ってもらうように頼んだ。
「わかりました♡」
ユイちゃんは怒る素振りも見せずに、再び料理を始め、そしてまたすぐに完成させた。
「はい、どうぞ♡」
そうして、出来た料理は、
「……お粥?」
「はい♡」
卵粥である。食欲がない時とかに食べたりするやつ。頼んでおいて何なんだが、オムライスからこれは極端すぎないか……。でもまあ、これなら食べられると思うし別にいいけどさ……。
「どうぞ♡」
そうして俺は、お粥をスプーンで一口すくって口に運んだ。
「……美味しいよ」
程よい塩味が効いた優しい味わいのお粥は、満腹の胃袋にもスッと入っていった。
「よかった♡」
ユイちゃんは嬉しそうだ。俺が美味しく食べられてることに喜んでくれているようだ。喜んでくれるならもうそれでいいよ。うん。
「おかわりありますよ?」
「んー……とりあえずこれでいいや。ていうかもう腹一杯だってずっと言ってるよね?」
「そうですか……。ではお皿下げちゃいますね」
「うん。そうしてくれると助かるよ」
「いえいえ。タケル様のためならお安い御用です♡」
「そういう意味じゃないよ!? やっぱり話聞いてないよね!? ねえ!?」
ユイちゃんはキッチンへと戻っていき、食器を洗い始めた。俺が使ったスプーンを恍惚とした表情で思いっきり舐めているのは喜んでいいのか正直もうわからなかったが。
「ふぅ……。ちょっと休もう……」
何かもう色々疲れた……。俺は二階にある自室に入ると、そのままベッドに倒れ込んだ。すると、眠気が襲ってきた。もういいや、このまま寝よう。明日も明後日も明々後日もずっと休みだし、昼まで寝ていても誰も怒らないし。そう思いながら目を閉じた。
**
***
チュン、チュッチュッ! 雀の鳴き声が聞こえてくる。
「う〜ん……」
眩しさと腕に柔らかいものが当たっている感触を感じて、俺は目を覚ました。
「おはようございます♡ タケル様ぁ♡」
目の前には目尻が下がっているユイちゃんの顔があった。
「ユイちゃん? あれ? ここどこだ?」
見慣れない光景のせいか、一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。だがすぐに思い出す。ここは俺の部屋だ。そしてユイちゃんがいるということは……。
「やっぱり、変な夢とかじゃ無かったんだな……」
「はい♡」
ユイちゃんが俺の腕にむにゅうと胸を押し当てながら笑顔で言う。
「天界に帰らないの……? ユイちゃん……?」
「はい♡ タケル様に生涯を尽くすことにしましたので、一生お供させて頂きます♡」
「そう……」
「はい♡ 早速、朝ご飯を作らせて頂きますので待っててくださいね♡」
「ああ……うん……」
そう言ってユイちゃんが部屋から出て行くと、俺は考えるのをやめて部屋の窓を開けて、空を見上げた。
すると、空から何かが落ちてくるのが見えた。
それは、白い羽を持った天使のような女の子だった。
その少女は、俺の家の庭へと落ちてきた。
「痛ったぁ……」
……またかよ! そしてまた、空から何かが落ちてくるのが見えた。
それは、黒い翼を持つ悪魔のような少女だった。彼女は、俺の家の前で地面に激突した。
「いったぁ……。何なのよ一体!」
今度は悪魔かよ!
そしてまた、空から何かが落ちてくるのが見えた。
それは、緑色の大きなカエルだった。
「危なかった……。あと少しで負けるところだった……」
喋れるのかよ。それに一体何と戦っていたんだよ。
それから、俺と天使二人と悪魔とカエルによるてんやわんやな毎日が始まったのだが、それはまた別の話だ。そういう訳で、暇すぎて退屈していた日々からもう色々と思い出すのも疲れる日々に変わってからあっという間に月日は流れていった。
そしてやがて、
「タケル様♡ 私たちの子どもの名前、どういたしましょう?」
「そうだな……父さんは何かいいの思い付く?」
「🥳🤓」
「それはちょっと却下で」
「😑」
そんな訳で俺とユイちゃんは、先日俺たちの元に生まれた子どもの名前を考えていた。
しばらく考えた末『カイ』と提案してみた。海のように広い心で育ってほしいという願いを込めて。
「ユイちゃんはどんな名前がいいと思う?」
「私はタケル様がつけてくれた名前なら何でも嬉しいです♡」
「いやだからそうじゃなくてね!? ユイちゃんはどんな名前がいいのかって聞いてるんだけど!?」
「私……ですか? そうですね……えっと……」
ユイちゃんはしばらく考え込んで、
「……タケル様が決めてくれませんか?」
と困り顔で言った。
「もう分かったよ! カイでいいよ! うん! カイで決定!」
「ありがとうございます♡」
そんな訳でユイちゃんは相変わらず俺の話を聞いているのか聞いていないのかわからないのだが、それはそれでいいかと俺は思うようにもなっていたのであった。
空から来たユイちゃん 夜々予肆 @NMW
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