雨男は龍を送る

サーム

第1話

 僕の手には、封筒が握られている。その下部には学校の名前が印刷されている。この前、どうしてもと教師に言われて登校した日に、テストを受けたんだった。——学校には行きたくなかったが、あのテストと言われたら、仕方ないと思った。——きっとその結果が入っているんだろう。もう分かり切っていることだし、気は進まなかったが、今、家には僕しかいない。隙間に指を入れて、糊づけされた封を破っていった。

 

【あなたの魔力量は Bマイナス】

 

 そうしてあっさりと、機械的な文字で、僕には資格がないと告げられた。

 しとしとと音を立てて、雨が窓に当たっている。

 

 ◇

 

 陽射しが目に入って痛い。その刺激をきっかけに、捻じるようにして身を起こした。リモコンでテレビのスイッチを点けようとするが、どうも具合が悪い。機械が、というより、自分の方かもしれない。昨日は遅くまでレポートを書いていて、寝不足だ。魔力の回復が間に合っていないのかもしれない。何度かボタンを押して、やっと電源が点いた。まずは天気予報。


 「今日の東京はおおむね快晴です。気持ちのいい風が吹いて、お天気日和になるでしょう」


 一通り他のチャンネルも確認するが、どこも同じような予報だった。

 どうかそれが当たりますように。

 洗面所に行き、タオルで顔を拭うが、なんとなくスッキリしない。パッケージには「〈協議会〉認定 最新魔法式を採用!水々しい使用感でメイクもスッキリ!」とあったはずだが、やはり量販店で売っているような道具には期待しすぎないほうがよさそうだ。タオルだけで顔を洗うという楽な生活は、僕にとっては夢物語なのだろう。諦めてぬるま湯で顔を洗うことにした。

 シリアルで朝食を済ませて、身支度をして部屋を出る。すぐに快晴の空が見えたが、いくつかの影が日差しを一瞬だけ遮る。さすが都会は飛び交う人の数も並ではない。杖やら椅子やら箒やら、はたまたバイクやキックボードがはるか頭上を飛んでいる。こんな日は気持ちのいいことだろう。

 道端には長い杖を持った〈ポーター〉が客を待っている。最近は副業で〈ポーター〉を営んでいる人も増えているらしい。距離を〈省略〉する魔法は高度で魔力量の消費も大きいが、数人で分担すればそれほど辛いものにはならないらしい。タクシーの相乗りのようなものだと、父が言っていた。

 ——色とりどりの石が埋め込まれた杖。日差しを反射して、辺りに虹色のハレーションを作っている。力も金もある人は楽ができて良い。そうではない人は地を踏んで歩むしかない。

 考えを巡らせている間にも、歩みを止めることは出来ない。僕が外にいられる時間は限られている。アパートを出て目の前の通りを渡り、地下道へ入る。腕時計のタイマーは八分で止まっている。歩く歩道のベルトに手をかけ、一歩踏み出す。この地下道は大学の目の前まで続いているので、しばらくは大丈夫だ。そして地下道を出てから先、大学構内に入るまでは、なんてことのない真っ直ぐな道筋だ。何事もなければ。

 レンガ造りの門をくぐり、しっかりと踏み固められた砂地の道を歩く。この時期はどこのサークルも部員集めに必死だ。今日も朝からビラ配りに声かけにといとまがない。


「ラグビー部!」「サッカー!」「アカペラ!」


 俯いて小走りに通り過ぎようとする僕の目の前に、いくつものチラシが現れては消えていく。カーブの一つでもあれば転んでいたかもしれない。

 校舎まであと数メートル。残り時間は二分。これならいける。そう確信した時に、突然、誰かが飛び出してきた。


「シン・オカルト研究会なんですが、ちょっとお時間よろしいですか?」


 謎のアイマスクをした集団に捕まってしまった。ちょうど通路を塞ぐ形で、三、四人が横並びになっている。その真ん中にいる小太りの男が喋り出した。

 我々は昨今の魔力至上主義に反旗を翻す確信的なサークルであり、魔法ばかりに頼らない生活と、日本に古来から伝わるおまじないを研究するサークルでありまして、云々。

 話している間に何度も避けようとしたが、行先を遮るようにぬるりぬるりと動かれて、どうにもならなくなってしまった。


 10、9、8、7


 タイムリミットが迫っている。なおも彼らの話は終わらない。一刻も早く目の前からいなくなってくれないか。そのためなら研究会に入っても構わないとまで思っていた。(そしてすぐ辞めよう)


 6、5、4、3


 どうしようか、もう押し退けてしまおうか。でもそんなことをしたら、平穏な大学生活にはもう戻れなくなってしまう。人と深い関わりを持つのは嫌だが、悪意を向けられるのはもっと嫌だ。

 

 2、1……


「ごめん!」


 ついに僕は小太りの彼の肩を強く押した。そのまま去ろうと思ったが、彼はふわりと軽く後ろに倒れてしまった。しかも思い切り押した僕自身は、押した力そのままに倒れてしまい、地べたでもんどり打つ羽目になった。

 タイマーは無情にもゼロ。大粒の雨が降り出した。

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