第4話 人類滅亡後
それから、数え切れないほどの月日が経った。
家の建て方が変わり、家の概念が変わり、家そのものの意味が変わっても、呪いの家はそこにあった。
青白い女は立ち入るものを許さず、入ってくるものを殺し続けた。
人類は呪いの家に関する記憶を失ってしまった。なぜこの前時代的な建物で人が死ぬのか、誰にもわからなくなっていた。何らかの汚染物質があるということになった。
日本が衰退の一途をたどると、解明する方法は永遠に失われた。
幾度もの季節が過ぎ、日本だけでなく世界が衰退した。
周囲の建物がただの瓦礫と化し、コンクリートで固められた道が自然に還り、人類という種が絶滅に向かっても、呪いの家はまだそこにあった。
瓦礫は土に埋もれ、やがて広い草原となり、森となった。世界には姿形の変わった動物たちが溢れた。大地の形もすっかり様変わりした。だが動物たちは家の異様さに気付いており、立ち寄ることはなかった。
地球が次世代の生物に支配されたあと、他の星から調査隊が訪れた。彼らはてらてらとしたイルカのような青黒い肌を持ち、魚のようなエラを持った二足歩行の宇宙人だった。彼らは、彼らの言語で地球を表す「ンジョボイ」という星の人間だった。彼らは独自の宇宙服に身を包み、未知の大地に降り立った。
大地と海の別れた星を、ンジョボイ人たちは興味津々で調査を進めた。何度目かの来訪の後に、調査隊はその家を見つけた。
「見ろ、人工物だ。なんの巣だ」
「すごいな。建物のようだが、ずいぶん立派に残ってる」
「こんな建物を作れる生命体がここに居るっていうのか?」
「わからないぞ。我々のような知的生物が生き残っているのかもしれない」
彼らは陰鬱な家の中に入ると、周囲を興味深く観察した。キッチンに残された用途不明の台を興味深く見ていく。
「小さな建物だな」
「生物反応は無さそうだ」
「虫や動物に荒らされた形跡もないな。やっぱり、もしかしたら知的生物の生き残りと会えるかもしれないぞ」
「でも、誰か住んでいる気配は無いぞ」
彼らは扉が開くということに気付いてから、更にいろいろと探索しはじめた。階段の存在も珍しかった。水の無い大地を移動するには当然だったが、ここでは日常的に使われていたのだと深く感動していた。
二階は暗くて、彼らでも明かりを必要とした。年月が経ち、窓は薄汚れ、成長した蔓も窓を覆い隠していたのだ。
ずるっ、と音がした。顔を見合わせる。
「失礼。どなたかいらっしゃるのか」
「言葉は通じるのか? F3。はじめて見る生物かもしれないんだぞ」
「翻訳機能を信じるしかない」
小さく区切られた部屋の中で、音の出処を探す。
「ここからか? これは横に開くみたいだ」
一人のンジョボイ人が押し入れを開けた。あたりを照らすと、天井部分が開いているのが見えた。向こうには暗闇が広がっている。海の底のような景色に、ンジョボイ人は顔をしかめた。
「何かいるか」
「どうだろう」
身を乗り出す。水の中でないのが恨めしい。大地の上では泳げないからだ。いかめしい宇宙服をむりやり押し入れの中に入れ込むと、何かが「ずるっ」と音を立てた。
彼らにとっては見た事も無い、青白い肌で頭から毛を垂らした人間だった。
驚いたのもつかの間で、次の瞬間にはその青白い手がンジョボイ人の首らしき場所を掴んでいた。
「おぐぐぐぐ」
「おい、どうした。そこから出ろっ」
もう一人が叫んだが、ンジョボイ人は詰まって出られなくなっていた。それどころか、宇宙服の上からだというのに苦しげに喉をひっかこうとする。ばたばたと両足を動かす。
「F3を離せっ!」
ンジョボイ人が押し入れの中にビーム兵器をねじ込み、天井に発砲した。
しかし、ビーム兵器は容易く女の体をすり抜け、天井裏を焦がした。闇雲にビームを撃ち続けたが、F3と呼ばれたンジョボイ人は次第にぱくぱくとエラを激しく揺らした。
「くそっ、くそっ。いったいなんだっていうんだ」
やがてF3の体がぐったりとする。もう一人のンジョボイ人が泣きそうな顔で押し入れの中からF3を引きずり出した。F3の首には、痣が出現していた。
「ちくしょうっ、いったい何を使いやがった。もう容赦しねえぞ!」
ンジョボイ人は押し入れの扉を破壊すると、今度こそ押し入れの上に体をねじ込んで、ビーム兵器を天井に向けた。その瞬間、深い沼のような瞳と目が合った。
ンジョボイ人たちの死は、宇宙服に搭載されたAIから調査用の母船に連絡された。他の調査隊は万全を期して家に入り込み、二人の死体を回収した。
死因は心臓麻痺だった。宇宙服を着ていたにもかかわらず、その首元には何かの痕があった。探索に危険は付きものだったが、調査結果に誰も納得しなかった。襲われている最中に心臓麻痺になったとでもいうのか。記録映像も見たが、いったい何が彼らを殺したのかついぞわからなかった。
調査が進み、地中からかつての知的生物の面影がわずかばかりに発見されたが、あの建物に住み着くものについては誰もわからなかった。とにかく得体の知れないものがいるから、不用意に立ち寄ってはならないと結論付けられた。
やがてンジョボイ人たちの時代が過ぎ去っても、呪いの家はまだそこにあった。
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