第2話 五年後
事件の場所を聞いた時、佐々木は嫌な予感がした。
五年前と同じ場所だったからだ。
みな、あの事件のことなど忘れようとしていた。実際忘れていた。事件性はいくつもあったのに、迷宮入りした事件。吉川のことも重なり、あの家は呪われていると噂された。インターネット上でも同じだった。都市伝説のひとつとなって、定期的に誰かが紹介する。
そんな呪いの家でまた人が死んだのだ。
五年前と同じように。
死んだのは二十五歳の男だった。本名は金城勇。本来は「ユウ」と読むところを、「イサムの心霊ラボ」という名前で心霊系動画を投稿していた。要は心霊スポットへの突撃だ。元は芸人だったというが、心霊系ユーチューバーとして人気になり、動画の収益で食っていた。
この家を借りたのは三ヶ月前で、事故物件と名高いこの家の心霊現象を調査していた。
この家の現象としては、主に二階から「ずるっ、ずるっ」という何かが這い回る音がするというものだった。時に一階からも聞き取れるほどの大きさで。他にも長い髪の毛が落ちていたり、すりガラス越しに女のような影が映ることもあったらしい。
動画をいくつか見てみると、五年前の事も触れていた。当時の事件を担当した刑事が自殺したことまで説明されていた。吉川の事だった。いったいどこから仕入れた情報なのか。コメントの視聴者も、おおむねそれを事実として受け止めていた。エンタメとしてなのか本気なのか。何にせよ腹立たしいことに違いない。
動画は毎日投稿されていたが、ある日突然更新されなくなった。最後の動画投稿は十日ほど前。「ずるっ、ずるっ」という這いずる音に、いよいよ突撃してくるというものだった。いよいよ翌日は生放送で、謎を解き明かすというところだった。だが生放送はされることはなく、ぱったりと何も無くなった。
逃げたとはやし立てる懐疑派に対し、心配になった友人が警察に連絡して発覚した。
首には指の痕があったが、死因はやはり心臓麻痺だった。
佐々木は金城勇の動画を調べ上げた。
『えー、大家さんに聞いたところによるとですね』
金城勇はフリップを使って、独自の解説を始めていた。
『家は二十七年前に建てられたものですね。――――という男だったそうです』
さすがに人名のところには編集でピーという音が入れられていた。
佐々木の調査によると、教師であった安崎重治だ。
この家には妻の幸恵、そして重治の母親である花代が住んでいた。幸恵はおとなしい女性で、近所づきあいは挨拶程度。いつも義母の花代になにがしか呼びつけられていたが、この花代というのがくせ者で、何かあると激昂して幸恵を虐待していたらしい。重治はそれを無視した。母さんを怒らせるお前が悪い、というスタンスだった。
そんな幸恵が、あるときから姿を見せなくなった。花代によると家出したとの事だった。捜索願は出したのかという近所の声に、花代は嫌な顔をしてみせた。あんなお姑さんがいるから逃げちゃったんだわ、と噂好きな人々は噂した。
『ところがですね、このお姑さんって人が次第におかしくなっちゃって』
突然叫んで物を壊し始めたり、何もない空間に向かって叫んだりしていたらしい。その声は外にまで響いていたという。お節介な住人が重治にそれとなく進言したが、彼は「はあ」というだけであてにならなかった。
その後も、昼間、家に一人しかいないはずの花代は何か叫び続けていた。
「いるのはわかってるんだっ、出てこいっ、このあばずれがあっ!」
そんなことを毎日叫んでいた。
そしてとうとう、こんなことを叫びだした。
「出てこいっ、殺してやる。殺してやるう!」
さすがに近所の者が通報し、警察がやってきた。花代は鬼のような形相で、包丁を片手に何もない空間を刺し続けていた。止めようとする警察に向かって包丁を振り上げたため、やむなく拘束したという。
それから花代はどうなったのかわからない。
心臓発作で死んだらしいというが、詳しいことはわかっていない。だがいつの間にか花代は死んだということになり、安崎重治もいつの間にか引っ越していった。その後、家は売られてしまったということだ。
佐々木は動画を閉じた。
これが、幽霊の正体なのだろうか。
もしかしたら、安崎幸恵はまだあの家にいるのではないだろうか。花代か重治かわからないが、どちらかが幸恵を殺したのではないか。そしてあの家のどこかに隠した。あの家に居着いているのは、安崎幸恵なのか。
安崎幸恵には捜索願は出されていなかった。代わりに失踪届が出されていて、とっくに死んだ扱いになっている。
もう一度、あの家に行かなければならなかった。
佐々木は決意し、五年ぶりにその家に足を踏み入れた。あのとき、吉川は何を見たのか。吉川は二階で発狂し、動画の心霊現象も二階からだった。
一階は金城勇が持ち込んだ機材で溢れ、フォロワー何万人だかで貰える通称「銀の盾」も飾られていた。二階に物は無かったが、監視カメラがいくつか設置されていた。これで霊の姿をおさめようとしたのだろう。しかし鑑識が監視カメラの映像を調べたが、どれもこれも肝心なところで砂嵐になっていた。
結局、何があったのかはまだわかっていない。
佐々木は二階にたどり着くと、一部屋ずつ見回っていった。
昼間だというのに薄暗い。五年前と一緒だった。でも今回は一階を捜索していた時とは違う。陰鬱で不安を覚える。
二部屋目の扉を開けたとき、ずるっ、という音がした。
天井からだった。
引き込まれるように、視線が上に向いた。
ずるっ、ずるっ、という音は、天井を這い回っているようだった。
音を追う。視線が押し入れに向けられる。もしかして。この先に、何がいるのだ。得体の知れない何かか。それとも、この家で死んだかもしれない安崎幸恵か。佐々木は押し入れの扉に手をかけて、ゆっくりと開けていった。
暗い押し入れの中に、わずかばかりの光が入る。
ずるっ、という音が天井から届いた。
佐々木は天井裏を見た。
深い闇の奥から、ずるっ、ずるっ、という音が近づいてくる。
まさか。本当に。
ごくりと喉が鳴る。冷や汗だか脂汗だかわからないものが背中を伝っていく。
押し入れの中に体を少しずつ突っ込み、何があるのか確かめようとする。
かびくさいにおいが鼻をつく。蒸し暑い。目が離せない。
ぽたっ、と顎から汗が滑り落ちた。
その途端、天井裏から伸びてきた青白い手が佐々木の首を掴んだ。
「お、ごっ。あっ!」
咄嗟のことで佐々木は抵抗することもできなかった。
「あっが……、ぐげげ」
ものすごい力が佐々木の首を締め上げる。佐々木は必死になって手を振り払おうとしたが、中途半端に開けた扉にぶつかるだけだった。足下が滑る。しまった、と思ったときには遅かった。佐々木と吉川の違いはたったそれだけだった。
やがて佐々木の体は持ち上げられ、痙攣してから動かなくなっていった。
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