【117】足枷ひとつでよろしいですか

 

 ――でも、平和は長続きしない。

 そんな世の中の真理を体現したような光景に、私たちは出くわした。


「なに、これ」


 自室からその光景を見下ろし、呆然としてしまう私。

 チート城君も戸惑ったように立ち止まっている。

 そこから二、三歩(チート城君換算)しか離れていないところに、巨大な穴が空いている。


 半径は……どれくらいだろう。巨大なチート城君に乗って見渡して、ようやく対岸が見えるくらい。

 下に降りたら岸すら見えないと思う。


 何よりびっくりなのが、穴の中だ。

 まるで湖のように、真っ黒い液体が満たされている。

 ほとんどさざ波も立っていない。鏡面のような漆黒の湖。


 ――天気は、相変わらず快晴だ。

 降り注ぐ陽光も強くて、健康的。

 漆黒の湖は太陽の光をぜんぶ吸い取っているようで、反射もしない。

 本当に、文字通り、真っ黒。漆黒。

 初めて魔族の支配領域らしい光景を見た気がする。


『ついに到着したか』


 重々しい口調でパーさんがつぶやく。


 ちなみに今は私の寝室に簀巻きにされて転がっている。首周りと足首には鉄枷がはめられ、私の身長よりもでかい鉄球に繋がれている。簀巻きには『危険物』『触るな厳禁』『この顔にピンと来たら110番』などと書かれた札が何枚も貼られていた。

 ……また私の記憶をのぞいたな。チョイスが適当すぎるのだが。


 加えて、パーさんの頭には立て札がぶっ刺さっていて(!)、実に11条もの禁則事項が書かれている。


 もしかしなくてもディル君たちの仕業だ。

 なんでも、ディル君たちの攻撃を避け続けた新記録のご褒美らしい。

 ご褒美?

 いや、いい加減パーさん怒っていいんじゃないかな?


「パーさん。到着したって、まさか」

『うむ。この黒の湖の奥に、目的の暗黒龍が棲んでいる」


 その状態でよく外の状況がわかるねと思ったが、それはそうと一気にヤバい雰囲気が出てきた。

 不安もあらわに湖面を見つめる私とカラーズちゃんたち。


 その後ろで、かちゃかちゃと音がした。

 ディル君、アムルちゃんがパーさんの拘束を解く音だ。

 さすがにこの状態のままじゃろくに話もできないものね。


「主様。足枷ひとつでよろしいですか」

「ん?」

「わたくしたち、気づきましたの。このまま投げ込めばすべて解決ではないかと」


 やめなさい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る