【112】問おう!
湖畔にある一見長閑な集落。
そこは魔族領域で、住んでいるのも人間ではなかった。
理由は不明だが、集落に住む人々は思い思いの『何か』に『埋まる』のを好むらしい。
地面。水底。建物の壁。岩。草原の中。
私はいまだかつて、これほどまでに後ろ向きで、これほどまでに濃い人々を見たことがない。
なにせ魔族です。
推測だけど、この集落も元々無人になったところに住み着いたんじゃないかな。彼らがえっちらおっちら建物を建てたり畑を耕したりする姿が思い浮かばない。
え? その辺りはちゃんとする? そうですか。それは失礼しました。
「――ではそろそろ、貴公らの来訪目的を問おうか」
威厳ある声でそう言ってきたのは、この集落の長。一番立派な建物の、一番綺麗な部屋の中の、一番立派な壁の中心に埋まって顔だけ出してる。
もうやだ。
集落のこととかそれっぽく回想して現実逃避していたけど、やっぱり逃げられなかった。
――私は今、部屋の中央に正座している。入口をのぞく三方の壁には、集落の重鎮と思しき顔がずらりと埋まっている。
その恐怖に気が遠くなりそうな私と対照的に、両隣の仲間たちは意気盛んだった。
「我々はとある人物を捜している。我らが主に不埒を働いた、許しがたい者だ」
「わたくしたちの目的はその者の確保。それさえ叶うのならば、皆様の平穏を邪魔するつもりは毛頭ありません。どんなささいな情報でもかまいません。ご協力いただけませんか?」
ディル君、アムルちゃんが説得にあたる。
二人の声には自信がみなぎっていた。さっきまでの焦り――焦ってた理由は敢えて頭からキックする――が嘘のようだ。
それもそのはず。
彼ら二人は、どこからか調達してきた大きな木の板に穴をあけ、自分たちの顔を突っ込んで立っていたからだ。
わかりやすく言うと、観光地にある顔の部分だけくり抜いた看板だ。あれに顔を突っ込んで写真を撮るんだよね。あれは観光地ならではの良い思い出になるよね。記念になるよね。
今は悪夢でしかない。なにせただの無地の板だ。
なぜに味方まで嬉々として未知の領域へ足を踏み入れるのか。これじゃあ普通に座っている私が一番目立つ。
現に、周辺の壁埋まり重鎮さんたちが「なんだコイツ?」みたいな目で見ている。
おかしいのは私か。そうなのか。
郷に入っては郷に従え――とは、なんと残酷なことわざだったのだろう。今痛感した。
――神様。
こうしてグダグダ考えている間に、どうかこの会談を終わらせてください。さっさと。
「貴公らは魔王を捜していると言ったな。いいだろう」
私は顔を上げる。
これ、話が無事先に進んだ?
「我々が知っていることを教えてやってもよい。だがその前に! 問おう! 貴公らが捜している者の名を!」
「……!」
「畏れ多くも魔王様を捜していると言うのなら、申して見よ! かのお方の名前を!」
――全員に緊張が走った。
頬に汗をひと筋流し、ディル君がうめく。
「なんと……巧妙な策略か」
「そうね……いやそうじゃねえ」
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