【106】いますぐ解放してあげて!


 それから私たちは、魔族の支配領域を目指して出発した。

 四足歩行状態になったチート城が、ずしん、ずしんと闊歩する。

 チート城君、意外と繊細な性格なのか、ごつごつした岩場や危険な斜面を可能な限り慎重に移動している。おかげで、城にいる私たちは快適そのものだ。


 思わず良い子良い子したくなる。チート城君の頭はどこだろう。わからないので、とりあえず今立っている窓の手すりをさすさすした。


 天気は良好。

 風も気持ちいい。

 絶好の旅行日和だ。チート城君も心なしか上機嫌に感じる。腹に響く歩行音は無視しよう。


「気持ちいいですねえ、お姉様」


 私の隣に立ったアムルちゃんが笑顔を向けてくる。私も笑顔を返す。


「本当にね。こういうのんびりな旅もいいなっと思う」

「お城様、とても楽しそうですわ」

「そうだね。……それはそうとアムルちゃん」


 きょとんと私を見上げる赤髪の少女。


「アムルちゃんはよかったの? 私たちに付いてきて。レギエーラからずっと離れてしまうし」

「心配ご無用ですわ。お父様とお母様にはお話しして、ご了承いただいています。むしろ激励されましたわ。『モノを得るまで帰ってくるな』と」

「……もしかしなくてもお母様のおことば?」

「はいです。もし手ぶらで帰ってきたら酒飲んで暴れてやると言っていました」

「激励とは」


 けらけらと楽しそうに笑うアムルちゃん。


「それに、お姉様たちが設置して下さった転移陣のおかげで、帰ろうと思えばいつでも帰れますので。わたくしにとってはなんのデメリットもありません。むしろ――」


 ふと可憐な少女の表情が闇に染まる。


「あのにっくきパーをこの空気中から完全消滅できると考えると、血湧き肉躍りますわ」

「もしかしてお母様より過激派?」

「すべてはお姉様のために」


 くすくすくす……と楽しそうに笑うアムルちゃん。

 私は輝きを失った瞳で言った。


「お茶にしようか」

「はいです!」


 ちゃんと甘さを感じるかな、私の身体。いつか心労で吐血するんじゃないだろうか。


 食堂に行くと、そこには全員が揃っていた。

 割烹着姿のディル君がクッキーの乗った皿を運んでいる。


「さあ主様。どうぞこれでお茶を」

「読心術が遠隔化している……まあいいや。ディル君、その格好珍しいね」

「ありがとうございます。俺もここらでキャラ付けを強化しようかと思いまして」

「キャラ付け言うな。じゅうぶん濃いよ君たち」


 アムルちゃん、ディル君、ヒビキ、カラーズちゃんたち。

 いまや家族同然の面々と穏やかなお茶の時間を過ごす。


 ――微かな、違和感を覚えた。


 ヒビキはいい。カラーズちゃんたちもいつもどおりの可愛さだ。

 しかし……ディル君とアムルちゃん、少々機嫌が良すぎないだろうか?


「ねえ」

「はい?」

「今日はパーさん、出てこないね」

「ああ、それでしたら」


 にっこり、とイケメンスマイルを爆発させるディル君。


「先ほど簀巻きにして放り出しておきました。長いロープを城の足にくくりつけておいたので、良い感じに引きずり倒していると思いますよ今頃」

「いますぐ解放してあげて!」

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