【87】あなたを見守っております


 闘技大会とは。

 レギエーラで不定期に開催される一大イベントである。


 街の周辺に広がる広大な荒野を利用して、各地から猛者が集まり、鍛えた己の技を競い合う。

 レギエーラ周辺には凶悪な魔物が封じられている。猛者同士が切磋琢磨することで、いざというとき対抗できる人材を育て、輩出するのが闘技大会の大きな意義。

 また、信仰心の厚い街の人々にとっては、神への忠誠心を示すための行事でもあるという――。


「……という具合に、闘技大会自体はまともです」

「あのねディル君。その説明の中に、私が関係する部分が一ミリでもあるのかな?」

「猛者とか? 神とか?」

「尻尾踏むぞ」

「その辺が猛者ですね」


 私は頭を抱えて、深い深いため息をついた。


 ――闘技大会参加の打診。やっぱりというべきか、それ以外にないというべきか、アムルちゃん一家の推薦によるものだった。

 レギエーラ代表として、シード選手扱いだそうだ。

 実に好き勝手扱ってくれてます。


 私の声が届いていますか? あんたたち。

 一言でも「やりたーい!」と言ったか私は。


 というか闘技大会の『と』の字も知らないよ。

 全然、そんなそぶりなかったじゃんか。

 よもや私をおもちゃにするために適当にでっち上げたのではあるまいな。


「主様。さっきも言いましたが、闘技大会自体はまともですよ」


 心を読むな。


 ――私たちは今、皆でチート城を出ようとしている。

 私が大会に出ると知り、カラーズちゃんたちが「絶対応援に行きます!」と言って聞かなかったのだ。

 運動会じゃないのよ。


 大会の運営委員会――そんなものがあるかはわからないが――に、せめてヒビキの出場は取りやめさせるつもりである。

 その代わりに、私は大会に参加するつもりだ。もう仕方ない。街の皆は大盛り上がりと聞いてしまっては……。


「カナディア様。不甲斐ない私をお許しください」


 寝室。

 出発前。

 私は皆を玄関ホールに待たせて、ひとり、日中から懺悔していた。


「あなたに相応しい人間であろうと思っても、上手くいかず……。このままでは生前のあなたの名声にすら傷が付きかねません。本当に申し訳ありません」


 瞼を伏せる。心から告げる。


「せめて私に(ディル君達を止められるような)力があれば……」


 そのとき。

 天井から眩い光が降り注いだ。

 遠く、懐かしさすら感じる女神様の声がする。


『カナデ様。お久しぶりでございます』

「カナディア様……!」

『いつもお声を聞いておりました。大変、ご苦労されている様子……。心を痛めておりました。力の弱いわたくしには、あなたを慰めることもできなかった……。本当に申し訳ありません』


 ああ……。

 やっぱり、カナディア様は本当の女神様だ……!


 感動で目を潤ませていた私に、女神様は優しく語りかけた。


『ですが、ようやくお許しが出て、あなたに力を授けることができそうです』

「……え?」

『あなたの願い。ここに叶えましょう。さあ、どうぞお手にとって下さい』


 カナディア様の言葉とともに、天井からゆっくりと杖が降りてくる。

 流麗で、美しく、神々しい光を放つまさに聖杖――。


 これぞ力――。


『今、わたくしにできるのはここまで』

「カナディア様!」

『わたくしはあなたを見守っております。どうか、あなたの未来に輝きがありますように……』

「カナディア様ッ! カナディア様ぁああぁっ!!」


 そういうことじゃ!!!

 ないんですううううううっ!!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る