【86】おのれ卑怯なり


「ヒビキー」

「だあー」

「良い子ですねー」

「あーぅ!」

「よしよしよしー」

「きゃっきゃっ!」

「主様」

「私は何も聞こえぬ」


 寝室でヒビキをあやしながら、私は断固として主張した。

 ディル君が頬をポリポリとかく。


「今のお返事、とても魔王っぽかったですね」

「うるさいよ!? 誰のせいだと思ってるの!?」


 私は断固として主張した。

 こうも毎回毎回毎回、私の胃と精神とカナディア様への思いを踏みにじられて、平気なはずないでしょうが!


「私は引きこもる! ここでヒビキと永遠に戯れるんだからっ! ぐすっ……」

「主様。何も泣かなくても」

「うるさーい!」


 マジ泣きしながらヒビキを撫でる。

 ディル君がため息をつき、部屋の隅にある椅子に腰かけた。


「しかし確かに、ここのところのんびりとした生活とは無縁でしたね。ゆっくりと静養するのも必要なことかもしれません」

「……ぜったい休むもん」

「しばらく放置していた稲にも、また手を付けていきましょうか。城周辺は聖女様の魔力の影響で気候がいいので、時間を気にせず田んぼの様子を見るのもいいですね」

「……ベンチ。どうせゆっくりするなら、日陰で座りたい。だからベンチ作る」

「ああ、いいですねそれ。じゃあヒビキ用には、何か肌触りがよくて丈夫なシートでも作りますか」

「……久々にお弁当作ろうかな」

「はは。それは楽しみです。でも、カラーズの仕事は取っておいてあげてくださいね。彼女たち、主様のお世話をするのが生きがいなんですから」

「……ん」


 まるで駄々っ子のように枕に顔を埋める私。

 ヒビキが遠慮がちにぺちぺちと私の肩を叩き、それから隣にころんと横になった。

 ディル君は立ち上がり、ベッドに寄りかかるようにして床に座った。


 しばらくの間、ディル君の尻尾がシーツを打つ、ぱさ、ぱさという音が静かに響く。


 ……泣いたら少し、うとうとしてきた。


「そうそう。主様に闘技大会への参加要請が来ていましたので、承諾の返事をしておきました」


 眠気が隕石魔法でぶっ潰されたゴブリンのように消え去った。


「いい経験なのでヒビキも参加させます。まさかこの子を仲間外れにするわけにはいきませんから」

「おのれ卑怯なり!!」



◆◇◆


第86話までお読みいただきありがとうございました。

ということで闘技大会です。

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