【82】話し合いは後だ


 私とディル君はギルド本部を飛び出した。

 冒険者さんに聞いた街外れの酒蔵に急ぐ。


「大変なことになりましたね、主様」

「事が起こるのが早すぎる。ウチみたいなチート施設じゃあるまいし、こんなに早くとんでもない酒が出来上がるなんて」

「急ぎましょう。時間をおけば、さらに大変なことになります」

「うん。そんなことさせない」


 ――端から見れば、危機感を共有した緊張のやり取り。

 だが私は知っている。

 私とディル君の内心は百八十度違うということを。


 私は言った。


「ガスマスクしまえ」

「さすが主様。走りながらでも寸分のブレも情けもないツッコミ」

「せめて私の表情くらいは見てくれないかな。焦ってるよ? 怒ってるよ?」

「そうなんです?」

「そうなんです!!」


 何てことを言うのか。私はこんなにも真剣な顔をしているというのに。

 ……真剣な顔してる、よね?

 え。もしかして私、知らないうちにディル君たちに染まって、とんでもなく不謹慎な表情を浮かべてたりしないよね?

 大丈夫だよね?

 カナディア様への懺悔をこれ以上増やしたくないよ、私。


「その不安そうな顔はすごくそそられます、主様」

「誰のせいだと思っている」


 ――酒蔵に着いた。

 少し古びた建物だ。規模も、街にある他の酒蔵と比べて少々小さい。


 入口に手を掛けたところで、中から出てきた人とぶつかる。


「すみません……って、アムルちゃんのお父様?」

「おや、聖女様。どうなされたのです、こんなところに?」


 目を白黒させるお父様。


 私はギルド本部で冒険者さんから聞いた内容を話した。

 するとお父様は眉をひそめ、顎に手を当てる。


「はて……。例の素材を用いた酒造りはまだこれからです。そのような酒ができたとは私も初めて聞きます」

「え? そうなんですか?」

「はい。今日は杜氏たちと酒造りの方針を話し合う予定でして。よろしければ、聖女様もご同席いただけると、とても助かるのですが」

「いや、そういうことなら構わないんですけど……あれ?」


 どういうこと? 何か話が違うけど?


 するとディル君が前に進み出た。


「話し合いは後だ。まずは酒蔵を見せてもらおう」


 珍しく声に怒気がこもっている。

 彼は建物の中を鋭く睨む。


「我が主、聖女カナデ様のお顔が絶望に染まる光景……それを邪魔する不届き者は、この俺が許さぬ」


 私は無言でわんこの尾っぽを踏みつけた。


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