内田善吉(3)
翌日。善吉はいつもと変わらず釣りをしていた。キャラはログインしてすぐに、今現在の善吉の姿に戻していた。
『そんな事があったんですか。それは災難でしたね』
朝から釣りに来ていた卓郎は、善吉から昨晩の事情を聞いて同情した。
『まあ、自業自得だけどな。繁を煽った罰だ。あいつの方が気の毒だったよ』
『本当にそうだ。お前にそそのかされて酷い目にあったわ』
噂をすればなんとやらと言うタイミングで繁が現れた。二人の会話を聞いていたのか、姿を見せるなり善吉に文句を言ってきた。
『お、お前その姿は……』
二人は繁の姿を見て驚いた。そこには背の低い禿げ頭の老人が立っていたのだ。
『なに化け物を見るような目で見てやがるんだ』
『化け物なんてとんでもない。男前じゃないですか』
卓郎がおどけた調子で繁を持ち上げる。
『調子良い奴だな。おべんちゃら言いやがって』
繁は善吉の隣に座り、釣りを始めた。
『お前ら前から気が付いていたんだろ? 俺が年寄りって事。本当にピエロだわな』
繁が自虐的に言った。
『まあ、そう言うな。誰だって見栄はあらあな』
善吉は繁を慰めた。自分の姿を晒した繁を、善吉は嬉しく思っていた。
『俺はよ、ただパートナーが欲しかったんだよ。エロジジイと言われるかもしれんが』
『みんな本音を言えば同じだろ』
『でも見栄を張りすぎた。相手は若くなくても良いんだ、話が合う似合いの相手であれば。そういう出会いの場が有ればなぁ……』
繁は昨日の事が相当懲りたのか自分に言い聞かせるように呟いた。
『そうか、それだ! 老人同士の出会いの場を作りましょう』
卓郎は何かの悩みが解決したかのように、嬉しそうな声を上げた。
『出会いの場?』
『この施設では多くの老人が生活していますが、殆どの人が生き甲斐を感じられず、孤独に死んでいると聞いています』
確かにそうだろう。老人の比率は高いはずだがあまり明らかな老人には会う事は無い。
おそらくキャラを若く作っているのか、自分の決まった場所にしか行かず交流が拡がらないのだろう。実際俺は釣り以外の場所には行かないし、繁は若作りしていたし。
善吉は卓郎の言葉に頷いた。
『老人限定の、お見合い会や趣味のサークルを作ったりして、生き甲斐を感じられるような、そんな環境を作りましょう。きっと毎日が楽しくなりますよ』
『でもどうやって年寄り集めるんだ。どこ行ってもそんなに見かけないぞ』
繁もこの「真実の世界」で、善吉以外老人の姿をしている人間に会った事が無かった。
『「真実の世界」の専用掲示板で募集します。応募は俺宛のメールで。とりあえず試験的に俺の友達登録の中から、五対五ぐらいのお見合いパーティーを開催しましょう。お二人にも参加して貰いますよ』
明るく楽しそうに話す卓郎に、善吉は違和感を覚えた。
善吉の知る限り、卓郎は老若男女問わずどんな入所者からも慕われ頼りにされている。物知りで話題も豊富、ユーモアもあり行動力もある。過去に傷を持ち、どこか人間的に歪みを抱えている入所者の中にあっては、良い意味で異常と言える存在だ。
なぜ、こんな立派な青年がこんな所に?
善吉の違和感の元はそこだった。卓郎の過去が気になったが、あえて聞いていない。こんなに立派な青年がここにいると言う事は余程の理由があるのだろうから、安易に聞いてはいけないと考えたからだ。
交流サークルの募集は、六十歳以上の男女を掲示板で募集し、卓郎の知り合いを通じても話を拡げて貰う事に決まった。とりあえず初回は小規模で開催し、善吉と繁もメンバーに入る事となった。
『なんか面白そうな事になってきたぞ』
繁はもう飲み屋街での事を忘れたかのように喜んでいる。
『そうだな』
そうだ、何もこんな所にいるからって、楽しんではいけないと言う決まりは無い。年寄りの俺達も、昨日の娘達も、出来る範囲で生きる事を楽しむべきなんだ。
善吉は嬉しそうな繁を見てそう思った。
卓郎の手筈が良く、次の週には男女五対五でお見合いパーティーが開かれる事となった。
参加する女性メンバーのプロフィールはすでに善吉の元にも送られてきている。プロフィールには本名と年齢、婚暦、子供の有無等のいろいろな項目がある。だが本名と年齢以外は自由記述なので書いていない人も多い。特に入所理由の項目は全員が空欄となっていた。
善吉も同様にプロフィールを送っていたので、女性陣の手元に届いているはずだ。内容はほぼ全てに正直に記入したが、唯一入所理由のみは空白にした。相手に知られるにしても、その事だけは直接伝えたかったのだ。
お見合いパーティー当日、善吉はスーツ姿に着替え準備した。会場は多目的に利用できる大きな公園内の、テーブルと椅子が適度な間隔で数セット配置されている場所で行う事になっていた。
お見合いの方法は、女性陣が各テーブルにちらばって座り、男性陣が時間毎にローテーションして女性陣のテーブルを回る。その場で二人きりで会話する。全員回れば好みの相手を2名まで順位を決めて指名し、お互いに指名されればカップルとして成立する。
時間は年齢による疲労も考慮して、三十分の会話とその後十分の休憩をワンセットとして、五セット行う段取りだった。
お見合いが始まり、善吉は卓郎から指示されたテーブルに向かった。最初の相手は栗田明子六十五歳だ。
マップ画面で善吉がテーブルに着くと、リアルモードに切り替わり、明子が席に着いて待っていた。
明子は黒基調のゴージャスなドレスを着た美しい女性で、見た目は四十代にしか見えない。女性としてはこれぐらいの見栄は許容範囲だろうと考え、善吉に責める気は無かった。
『初めまして。内田善吉です』
『初めまして。栗田明子と申します』
挨拶が終わるとお互いの趣味の事など手探りの会話が続いた。会話の流れが変わったのは善吉の軽い一言からだった。
『この「真実の世界」の女性は、皆さんお若くて美しいですね』
『そう、そうなんですよ!』
『えっ?』
明子が強い口調で返事をしたので、善吉は驚いた。
俺の言葉が何か気に障ったのだろうか?
『私それが凄く不公平だと思うのです』
明子はやはり怒っているようだが、その理由は良く分からない。
『不公平と言いますと?』
善吉は明子が何に対して怒っているのか知るために、恐る恐る訊ねた。
『そうです。不公平です』
明子はもう一度「不公平」とはっきり不満を口にした。
『私がどれだけの努力をして若さや美しさを保ってきたか分かります?』
『あ、いや……それは……』
それ以降、善吉は明子から一方的に、自分の努力の成果や五十代で美魔女と呼ばれた過去などまくし立てられた。明子は今でも美しさを保つ為に努力している自分と、何もしていない他人が、同じような美しさを手に入れられるこの「真実の世界」が不公平だと思っているのだ。
結局、明子の関心は全て自分自身なのだろう。今後もお付き合いしたいと、善吉は思えなかった。
三十分経過し相手を交代する時間になった。善吉はヘッドギアを外して休憩した。明子の相手をして酷く疲れたので、この休憩は有り難かった。
十分休憩後、善吉は次のテーブルに移動した。
次の相手は葛西康代(かさいやすよ)七十一歳だった。
『初めまして。内田善吉です』
『初めまして。葛西康代です』
康代はロングヘアーで派手な豹柄のワンピースを着込み、これまたとても七十一歳には見えなかった。
『康代さんは大阪の出身なんですね』
『そうです。大阪のおばちゃんなんですわ』
康代は七十過ぎなのにも関わらず、自分の事をおばあちゃんではなくおばちゃんと言った。そのあっけらかんとした口調の所為か、不思議と善吉は嫌な気はしなかった。
『善吉さんは一度も結婚してないんですね』
最初の明子はスルーしたが、康代はお構い無しに聞く。善吉は生涯一度も結婚していないのだ。
『そうなんです。甲斐性のない話ですが』
『それは寂しい人生でしたね。でも気ぃ落とさんでも宜しいよ。今や三人に一人は結婚せいへんみたいやし』
康代は傷付けようとしているのか、慰めようとしているのか、良く分からない微妙な言い方をした。本人にはまるで悪気は無く、本当に同情しているのだろうが。
終始康代のペースで会話が続く。
善吉の趣味が釣りだと聞くと、地味だと落とした後に一度連れて行って欲しいと頼まれた。口は悪いが、裏表なく好感の持てる人物だと善吉は感じた。
また相手を交代する時間になった。次の相手は山下洋子(やましたようこ)六十八歳だ。
十分の休憩後、善吉が指定のテーブルに着くと、普段着姿の七十歳前後に見える女性が座っていた。特に若く設定したキャラではなかったが、年齢なりに落ち着いた感じの女性だった。
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