内田善吉

内田善吉(1)

『別に俺は姥捨て山のように捨てられたって訳じゃねえぜ』


 内田善吉はディスプレイに映る竿の穂先を眺めながら、横に座って釣り糸を垂らしている正木繁(まさきしげる)に向かって言った。


 繁はキャラの見た目も自称も四十代だが、善吉は自分と同じ七十代ぐらいの老人だと思っていた。会話していると言葉の端々に、どうしても隠しきれない年齢を感じるのだ。


 繁の面白い所は自分も老人のくせして、この施設の老人を貶めようとする事だ。歳とってからこんな施設に入るのは家族との関係が悪いからだとか、嫌われている年寄りだから姥捨て山に捨てられるんだとか、言いたい放題なのだ。多分誰にも相手にされなくて寂しいのだろう。だからこそ毎日のようにここに来て、俺相手に憎まれ口を叩くのだ。


 善吉は繁をそう分析していた。だが、それでも毛嫌いせず、話し相手になっているのは、繁自身が深い傷を持っているのだろうと思っているからだ。決して同情しているのではない。善吉自身も傷を持っているから、仲間意識のような感情なのだ。


『繁よ、お前も毎日毎日、俺みたいな年寄り相手にするより、歳相応の相手と遊べばいいだろ』

『俺は釣りが好きで来ているだけだ。あんたに会いに来ている訳じゃねえよ』


 素直じゃない奴だ。


 そう心の中で呟いた善吉は、少し意地悪な思い付きをした。


『お前若いのに彼女の一人もいないのかよ』

『俺は彼女なんかいらねえよ』

『まあ、ナンパする勇気もないか……』


 善吉は強がりを言う繁の反応を、ニヤニヤ楽しみながら更に煽った。


『馬鹿にするな! ナンパくらい朝飯前だ』

『ほお……じゃあ見せて貰おうか、そのナンパくらいと言う奴を』

『上等だ! 俺のモテモテぶりにびっくりして腰を抜かすなよ』


 しめしめ乗って来よったわ、と善吉はほくそ笑んだ。


 「真実の世界」の中にはナンパ出来るスポットは何ヶ所かある。だが、年寄りが相手にされる物なのか。普段老人を蔑む繁が、失敗して懲りれば良いと善吉は考えていた。


『一つだけ条件がある。爺さん、お前も一緒に来い』

『えっ、俺も行くのか?』


 繁の交換条件に善吉は驚いた。


『当たり前だ。俺のナンパしている姿を確認する必要があるだろ? で、来る時には姿を若者に変身してこい。そんなよぼよぼの爺さんと一緒に行ったって、若いギャルには逃げられるからな』

『んんっ……』


 善吉は初めからからかう目的だけだったので、ナンパに付き合うつもりなど無かった。 


 確かに繁の言う事も一理有る。かと言って、今更キャラを若作りさせ、ナンパに付き合うのも抵抗がある。


 どうすべきか……。


『……仕方がない。変えてくるよ』


 結局、自分が直接ナンパする訳ではないから良いかと、善吉は了承した。


『じゃあ、今晩八時に飲み屋街に集合な』


 繁はそう言い残しログアウトした。善吉も夜の約束に備える為に、マイルームに戻りキャラの外観変更を選択した。


 善吉は、最初は訳が分からなくて、現実の自分に似せてキャラを作成した。ここで活動する内に、必ずしも自分に似せる必要は無い事に気が付いていたが、だからと言って後から若返らせる事に気恥ずかしさもあった。繁に言われてキャラを変更する事となった善吉だが、いざ男前にいじりだすと面白くなってくる。


 禿げの人がかつらをかぶるとこう言う気持ちになるのか? いや、整形した人の気持ちなのか? 今の自分より外見上良くなると言うのはこんなにも気持ちが良い物なのか。


『うん、良いじゃねえか』


 出来上がったキャラを見て、善吉は満足そうに頷いた。新しいキャラは若返っただけでなく、顔も男前になっていた。


 繁をからかうのが目的でナンパをけし掛けたが、何か上手く行きそうな気がして、善吉は年甲斐も無くワクワクと心が浮かれていた。

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