高橋和人(2)

『よし! 当たった、当たった! 和ちゃんまた当たったよ!』

『はいはい。良かった、良かった』


 知り合ってから一週間。玲奈はあの日から毎日店にやって来ては、和人の横に座りパチンコを打っている。


『ねえ、和ちゃんって外にいる時から、朝から晩までパチンコ三昧だったの?』

『……ここに入る直前の何年間かはそうやったな。朝から晩まで、毎日、毎日打ってたよ』

『勝ってた?』

『いや、トントンや。それでも、生ポ受けてたから生活費は何とかなったけどな』

『ふーん』


 玲奈はなぜこんな事を聞いているのか、和人は気になったが、聞かれた事に嘘を交えず答えた。


『じゃあさ、負けた日とかに誰かに当たったりした? 彼女や奥さんに暴力振るったとか?』

『ああっ? 俺は女子供に暴力振るった事なんか一度もないで。負けて八つ当たりなんかした事ないわ』


 それだけ聞くと玲奈は黙り込んだ。


『パチンコに何か嫌な思い出でもあるんか?』


 込み入った個人の事情には口を挟まない主義の和人だが、妙に心に引っかかったので質問した。


 聞こえている筈なのだが、和人の問い掛けに、玲奈は黙ったまま返事をしない。これ以上無理に聞くのも悪いと思い、和人はパチンコに注意を向けた。


『私の元旦那ね……』


 しばらくパチンコに集中していたら、不意に玲奈が口を開いた。


『旦那がどないしたんや?』


 和人は聞いているのを伝える為に、続きを促した。


『真面目で大人しい、良い旦那だったんだけどね。リストラされて無職になった時に、パチンコ始めちゃってさ。ビギナーズラックって言うの? 最初は勝ってたみたいで……』


 和人が横を見ると、怜奈は視線をパチンコに向けて打ち続けている。


『それからは職探しもせずに、毎日、毎日朝から晩までパチンコしていたんだよ。しかも負けて帰って来ると機嫌が悪くてさ、ちょっとの事で怒り出したらもう殴る蹴るの大暴れで……怖くて、怖くて、いつも怒らせないようにビクビクしてた。それでも、私はバカだから一生懸命働いて尽くしていたんだよ』


 一旦話し出すと、玲奈は堰を切ったように話し出した。


『あほやな、そんな男すぐに離婚すれば良かったのに』

『そう言うけどね、ブスでバカな私を初めて女として見てくれたのが元旦那なんだよ。頑張っていれば、いつか旦那の目が覚めて昔みたいに真面目になってくれる。また幸せな生活がきっと戻って来るって諦め切れなかったんだ』


 和人は掛ける言葉が出てこなかった。今、怜奈がここにいるって事は幸せな生活は戻らなかったのだから。


『でも、長くは続かなかった。私が心も体も壊れちゃってね。そうなると薄情なもんさ。旦那は私を置いて出て行ったよ……』


 怜奈は変わらずパチンコを打ち続けている。和人は自分と目を合わさない事で、怜奈の心の傷が深いのだと感じた。


『パチンコってそんなに面白いのかな? 嫁さん放っといて、幸せな生活を壊してまで続けたい物なのかな?』


 不意に怜奈が和人の方を向く。その顔は笑っていたが、声は震えていた。


『……悪い……その質問には答えられへんわ……』


 玲奈の問い掛けは、和人の古傷に突き刺さっていた。


 二人とも言葉に詰まり、しばらく沈黙が流れる。


『こんにちは、出てますか?』

『おお、敦ちゃん』


 敦也が訪れて、二人の間にあった気まずい沈黙を破ってくれた。


『初めまして、澤田玲奈です!』


 怜奈は気を取り直したのか、明るい声で敦也に挨拶をした。


『あ、初めまして、梶田敦也です。珍しいですね、和人さんが女の人といるなんて』

『何やそれ、俺が全然女にもてへんみたいやん。俺はわざと女を作ってないだけ』

『和ちゃんって可愛そうな人だったんだね……』

『だから違うっちゅうの』


 敦也の登場で、二人の間にあった重苦しい雰囲気が緩んだ。その後、三人は和人を挟んでパチンコを打ち出した。


『和人さんの言っていた通り、パチンコ打っていると嫌な事を思い出さずに済みますね』

『そうやろ。まあ打ってる時だけやけどな』


 和人は敦也から、失恋のざっくりとした事情を聞いていた。敦也が立ち直るには時間が解決するしかないと和人は思っていた。


『ねえねえ、嫌な事って何?』

『初対面でいきなり失礼な奴やな』

『分かった、失恋でしょ』


 なんでバカな女に限って勘がええのやろう……神さんは能力の配分間違えてるわ。


 和人は怜奈が、敦也の心の傷に塩を塗り込まないか心配になった。


『そうです、良く分かりましたね。もう大分経つのに忘れられなくて困ったもんですよ。 今でも思い出の場所に行ったり、未練たらしい男なんです』


 心配させまいと努めて明るく話す敦也が、和人には痛々しく感じる。ちゃんと忠告していれば、と後悔した。


『敦也君も可愛そうな人なのね……』

『「も」って誰の事言うてんの?』

『よし! 明日三人で遊園地に行こう。こんな辛気臭いパチンコじゃなくてパーっと遊びに行こうよ!』


 玲奈は良い事を思い付いたと言うように弾んだ声で二人に提案した。


『いや、遊園地言うても、ここのはな……』

『ですよね……』


 和人と敦也はいかにも乗り気でない口調で顔を見合わせた。


『もう決めた! 明日十時遊園地前に集合よ。 分かった?』

『はあ……』


 結局、乗り気でない二人の気持ちは無視されて、玲奈が強引に決めてしまった。和人はパチンコ以外の場所に行くのは気が引けたが、敦也の気分転換の為になるならまあ良いかと自分を納得させた。

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