中島千尋(3)
次の日から千尋と貴史はデートを重ねた。
今まで「真実の世界」で男を騙してきたノウハウを活かし、千尋は慎重に貴史の心を掴む事に情熱を傾ける。深く愛し合う恋人同士になって、自分無しでは生きていけない程好きにさせる。持ち上げて、持ち上げて、それから一気に堕とす。
貴史はすぐには恋人として心を開かなかった。おそらく体目当てで千尋に近付いてきたのだろう。デートをしてもすぐにホテルに行きたがる。だが千尋はたやすく誘いに乗ることはしない。現実世界での風俗経験により、千尋はチャットでも男を満足させる術を心得ていた。しかし、体だけで虜にさせても意味が無い。心まで奪うため、可愛い女を演じ、未経験だと偽って焦らし続けた。
千尋は分かっていた。「真実の世界」は所詮バーチャル世界だ。たとえ女性の姿をしていても百パーセントそうだと信じる男は少ない。疑いも無く信じるのは純粋(バカ)な奴だけだ。焦らして、焦らして、体より心の繋がりを重視していく程、相手も自分を女性と信じる。
男も体目的と言えども、相手はネカマより女性の方がいい。だから信じさせていれば、焦らされても待つのだ。その内に心まで奪ってしまう。千尋は結婚詐欺師なみのスキルを持っていた。
『ごめんね……貴史さんの事が好きです。でも、まだ気持ちの整理が出来なくて……』
もう何度目かの貴史の誘いを、千尋はあくびをしながら優に断らせた。
『ありがとう。俺も優の事が好きだ。大丈夫気にしなくていいよ、俺は優がその気になるまでちゃんと待つから……』
「ちゃんと待つって言うなら、毎回毎回誘うなっちゅうの」
千尋が楽しそうに独り言を言った。
「でも、そろそろ解禁してもいい頃かな。あんまり焦らして逃げられたら元も子も無い」
『あのね……』
千尋は優の顔を真っ赤に変更した。
『何?』
『今度、一緒に旅行に行きませんか?』
『えっ、旅行?』
表情からは分からないが、貴史は驚いたようにそう呟いた。
『大好きな北海道に、大好きな人と行きたいの……その……夜は泊まりで……』
『泊まりって言う事は……』
『そう言う意味で思ってくれていいよ……ずっと待たせたけど決心する』
『優……』
『じゃあね!』
千尋は優をログアウトさせた。
「かー、可愛いね、優ちゃん! こりゃー惚れちゃうよ」
千尋はにやりと笑った。
次の日二人は北海道へ旅行に出掛けた。コースは敦也の時と同じ。同じようにオルゴールを選び、同じように函館で夜景を見る。
その夜、二人は初めて結ばれた。貴史にリードさせ、千尋は処女を装い。
一度解禁するとその後は毎回のように二人は体の関係を持った。千尋は徐々にテクニックを使い出し、昼は純情な少女、夜は淫乱な娼婦と二面性のギャップで貴史の心と体を虜にする。
そろそろ仕上げの時。そう感じた千尋は敦也の時と同じく、貴史に二人で施設を出る事が出来ると話した。貴史は喜んで同意し、いよいよ千尋の復讐もクライマックスを迎える。
施設の使者を待つと言い、貴史のマイルームに集まった。当然、使者など来ない。徐々に貴史が焦る様子を見せ始めた頃、いよいよ千尋が動き出す。
『くっくっくっく……』
『……どうしたんだ? 優? 何かあったのか?』
「ははははは!! 始まった、始まったー!地獄へ叩き落してやるよ、拓海ぃ!」
千尋はディスプレイに喰い付くかのように顔を近づけた。
『頭大丈夫か? 有る訳ないだろ、ここから出る方法なんて』
『優……どうしたんだ? 俺達ここから出て一緒に暮らすんだろ?』
「可愛そうに、可愛そうに。でもこんなもんじゃないよ」
千尋は嬉しそうにカタカタとキーボードを叩いた。
『もしかして本当に信じたの? 頭悪っ。だいたいさー、もし出れたとしてもあんたみたいなキモイおっさんと行く訳ないっしょ』
ディスプレイの中の優は、可愛い笑顔できつい言葉を言い放った。
『キモイって……昨日まであんなに好きだって言ってたのに……好きなんだ……頼むよ、可愛い優に戻ってくれよ……』
貴史は笑顔のままで泣きそうな声を出す。
「効いてる、効いてるぅ!」
千尋の目は爛々と輝き、口から唾が飛んでもお構いなしだった。
「追加爆撃いっちゃうよー」
『可愛そうに……貴史君は本当に優ちゃんの事が好きだったんだね……実はさ、俺は五十過ぎのおっさんなんだよ、優ちゃんは架空の人物でさ、貴史君とテレフォンセックスしてたの、おっさんなんだよ』
「キター!! おっさん攻撃キター!!」
千尋はクッション代わりの布団をバンバン叩いて大はしゃぎだ。
貴史は固まったまま反応がなくなった。
「お! 固まっちゃったね。頭で処理しきれなくなっちゃったのかな」
『なんだか悪い事したねぇ。こんなおっさんでよければセックスフレンドになってあげようか? おっさんまたジュボジュボって言ってフェラしてあげるよ』
『殺してやる……』
「お?」
千尋は急に真剣な表情になりカタカタとキーボードを叩いた。
『殺ってみろよ、出来るならな』
『絶対殺してやる……』
「いいぞ……もっとだ……もっと恨め」
千尋は目を輝かせ、ディスプレイを食い入るようにのぞき込む。
『殺れる訳ねえじゃん。頭悪いのね』
『この恨み忘れないからな! いつまでも恨み続けてやる』
「よし! よし! よしーーー!!」
『おぼえてやがれよ!』
捨て台詞を残し貴史はログアウトしていった。
「よっしゃーあああ!!」
立ち上がり拳を握り締め、喜びを噛み締め大声を上げる千尋。
「ははははは!! 私はやったんだ! 恨めよ拓海ぃ! 私はお前を何回でも殺してやりたいぐらい恨んでいたんだ! お前に恨まれる事が最高の復讐なんだよ!!!」
ばふっと布団に倒れ込み、抱きしめて笑った。
「ああははははははーーー!! 拓海ぃ悔しいか拓海ぃ! はははははーーー!!」
「はははははーー!! 拓海ぃー!!」
布団に顔を押し付けて笑い続ける千尋。
「はははは……拓海ぃ……」
だんだん千尋の笑い声が小さくなって行く。
「…………」
とうとう千尋は布団に顔を押し付けたまま、何も言わず、静かになった。
「う……う……」
千尋は小さく嗚咽を漏らし出す。
「拓海じゃない……拓海じゃないよ……」
千尋は涙声で小さく呟いた。やがて泣き声は大きくなり最後は叫び出すかのようだった。
「ううああああ!! バカだよ! 私はバカだよ! 何が復讐だ! こんな鳥小屋で何の復讐が出来たと言うんだ!」
「拓海(アイツ)は外でのうのうと生きてやがるよ! こんな鳥小屋に閉じ込められた私の事を、笑ってやがるさ!」
千尋は急に立ち上がった。目は焦点が定まらず、正気を保っていない。
「出せよ! ここから出せよ!! 殺してやる! 拓海(アイツ)を殺してやる!」
千尋は大声で叫びながらドアをドンドンと殴り出した。手に血が滲んできても、気にも留めずに叩き続けた。
「出せよ! ここから出せよ!! 拓海ぃぃぃぃーーー!!」
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