27話 【呼び出し手】と王都の威容

 

 どこかの街へ行くと言っても、あまりあてずっぽな場所へ行く訳にもいかない。

 行くならそこそこ物が集まりそうな場所で、なおかつ財宝の換金もできそうな場所がベストだ。

 となれば、それなりに広い街がいいだろう。

 そう提案したところ、何やらローアにアテがあるようで。


「それじゃあお兄ちゃん、行こっか?」


 ドラゴン姿のローアが俺の前に座り、背中に乗るよう促していた。


「飛んでいくのか?」


「それはそうだよ、わたしドラゴンだもん。それに歩いて行くと遠いけど、飛んでいけばすぐだから。ほら、遠慮せずに乗って?」


 俺はローアに促されるまま、その背に乗った。

 ローアに乗って飛んだことは何度かあるけど、近場に飛んで行ったくらいなので実は結構ワクワクしていた。

 それに良く考えれば、この山に引っ越してから遠出するのも初めてだった。


「【呼び出し手】さんがローアに乗るとなれば、飛べないわたしはフィアナの背に乗ることになるのかしら?」


「ええー、ケルピー乗せて飛ぶのか……。仕方ないなぁ」


 種族的な相性なのか、フィアナはげんなりした表情になっていた。

 フィアナは渋々といった雰囲気で不死鳥の姿になると、その背にマイラがちょこんと乗っかった。

 それから不安げにこう呟いた。


「……絶対に上から水かけないでよ? 下手したら落ちるから」


「心得ておくわ」


 フィアナやマイラも(多分)問題なさそうなのを確認して、ローアが大きく翼を広げた。


「一気に昇るよ。わたしの力でお兄ちゃんを風から守るようにはするけど、ちゃんと掴まってね!」


「ああ……うおぉっ!?」


 ローアの羽ばたきは凄まじく、体が沈み込むような感覚と共に空へと舞い上がっていく。

 気が付いた時にはもう、我が家が小さくなっている高度だった。

 後ろからフィアナやマイラも付いて来て、俺たちはローアが先導する方向に向かって行った。


「こりゃ凄いな、雲だって掴めそうだ……!」


 地上にいた時には手が届かなかった雲も青空も、今なら間近に感じられる。

 ローアの飛行速度は凄まじいが、ローアの力のおかげか俺に吹いてくる風は心地よく感じられる程度になっている。

 それにこうしてローアと飛んでいると、とんでもない開放感を覚える。

 これがローアの住んでる世界、竜の目線。

 俺は近くにある雲を突ついてみる気持ちで、長剣を抜いて掲げてみた。

 首を曲げて俺の方を見たローアは、ふと話し出した。


「そうやって剣を掲げていると、まるでお兄ちゃんも伝説のドラゴンライダーみたい」


「ドラゴンライダーか……」


 俺はその呼び方を、憧れも込めて口にした。

 ドラゴンライダー、それは竜に跨り如何なる戦場をも戦い抜く伝説の存在。

 圧倒的な竜の権能と乗り手の力によって魔の手から世界を救う、そんな言い伝えもあるくらいだ。

 男の子なら誰もが憧れる英雄的存在の象徴、それがドラゴンライダーなのだ。


「ちなみにわたしも詳しいことは知らないけど、これまでのドラゴンライダーも大半が【呼び出し手】だったみたいだよ?」


「ん、そうなのか」


「うーんと、あくまでわたしの考えなんだけどね? 【呼び出し手】以外でドラゴンと巡り会える人間自体、ほぼいないからじゃないかって思うの。わたしの故郷もそうだけど、ドラゴンの住処って人間が入れないような場所が多いから」


「言われてみればそうかもな……」


 ダンジョンがあった渓谷、あそこがローアの故郷に似てるって話だったけど、ああいう場所に踏み込む人間はそういないに違いない。

 【呼び出し手】の力でドラゴンを引き寄せなければ、ローアの言うように人間とドラゴンが会うことは難しいだろう。

 そう思えば、こうやってドラゴンに乗って空を飛ぶ人間というのも歴史上少なかっただろうし、自分がその中の一人というのは何とも不思議な気分だ。

 それから俺はしばらく「語り継がれる伝説のドラゴンライダーもこんな気持ちだったんだろうか」と思いながら青空の世界や地上の風景を楽しんでいたところ。

 ふとした拍子に胸元がもぞもぞと動き出した。


「んっ?」


「みゃー!」


 俺の服からぽん! と勢いよく顔を出したのはミャーだった。

 留守番させていても食べ物とかに困るだろうと思って連れてきたけど、ずっと俺の服の中っていうのも退屈だったらしい。


「どうだミャー、お前も気持ちいか?」


「みゃーぉ!」


 元気よく答えてくれたミャーを片手で撫でていたら、ローアがそう言えばと話し出した。


「今更だけど、ミャーちゃんはやっぱりあのダンジョンの主から捨てられた魔物だったみたいだね。だからダンジョンがなくなってもこうして元気一杯!」


「確かに主を倒してダンジョンが消滅すると、子分の魔物も消えるって話もあったっけ。でも捨て魔物は違うのか……いてて。ミャー、悪かったって」


 捨て魔物って言葉が癪だったのか、ミャーが軽くかぶりついて来た。

 ローアはくすくすと笑った。


「捨てられてダンジョンから完全に切り離された時点で、ミャーちゃんはダンジョンと無縁になった筈だから。逆にダンジョンがどうなろうとミャーちゃんにはもう関係なくなったってこと。……あっ!」


 雑談をしながら飛んでいるうちに、ローアが声を上げた。


「見て見て、お兄ちゃん! おっきなお城ー!」


「……お城?」


 ローアの言うように、遠方に何やら巨大な城が見えてきた。

 また、この時点で俺は「ん?」と薄々おかしな予感がしてきた。

 と言うのも、少し遠いが街の建物が豆粒にしか見えないような大きさの城なんて、辺境貴族のものにしては大きすぎるだろう。

 それくらいは辺境暮らしの俺にだって分かる。

 つまりあれだけ巨大な城となれば……多分王城とかじゃなかろうか。


「……ってことは、もしかしてあの街って王都か!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げた俺に、ローアが首を傾げた。


「おーと? よく分からないけど、お兄ちゃんの言ってた広い街ってここでも大丈夫? 前に飛んでた時におっきな街があるなーって思ったからここに来たんだけど」


「ああ、大丈夫だ。だけども……」


 俺は遠方ながら、視界の先に広がる大都市と城の威容に圧倒されていた。

 というのも、俺は辺境生まれの辺境育ち。

 まさかここまでの大都会を目にする日が来るなんて、思っても見なかったのだ。


「流石に神獣、辺境から王都までひとっ飛びとかスケールが違うなぁ……」


 それからとりあえず、俺たちは王都から少し離れた森に降りていた。

 ローア曰く「王都に直接降りたら大騒ぎになっちゃうかも」とのことだった。


「なら王都から少し離れた場所に降りて、人間の姿で歩いて行くのが無難ってことか」


「そういうこと〜」


 遠出したからか、人間姿になったローアはとても上機嫌だった。

 俺たちはローアに手を引かれ、そのまま王都へと向かって行った。

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