世界最強の神獣使い

八茶橋らっく

プロローグ 外れスキルを授かった

「大変残念ですが、あなたが天上の神から賜ったスキルは【デコイ】になります……」


「えっ……?」


 幼い頃から顔見知りだった神殿の神官に告げられたその事実に、俺は呆然となってしまった。

 俺ことマグは、この神殿のある辺境の街で生まれ育った。

 両親は早くに亡くしたから街の人たちに助けてもらいながら、十五歳の成人の儀を迎える今日までなんとか生きてきた。

 そしてこれから先はスキルを駆使して働き口を増やし、どうにかやっていこうと、そう思っていたのに……。


「デ、【デコイ】ってあの【デコイ】ですか……!? 常に魔物に狙われ続けるって言う、あの!?」


「……左様ですな」


 神官は重々しくそう言った。


 この世界では十五歳となった日、成人の儀を神殿で受けることで神さまから一人一つのスキルを得ることができるとされている。


 そんなスキルにも剣術を飛躍的に向上させるものから医術を習得できるもの、果ては料理上手になれるものまであるらしいが……中には外れスキルとされる、デメリットをもたらすものすら存在する。

 俺のスキルとなった【デコイ】は、デメリットをもたらすスキルの筆頭として有名だ。


 何せ聞くところによれば【デコイ】は授かったその日から常に「周囲の強大な魔物を呼び寄せる」という囮スキルらしい。

 だからこそ【デコイ】のスキルを持つ人間は魔物に常に狙われ、永くは生きられないのだとか……。


「こんなスキル、どうにかならないんですか!?」


 一縷の望みにすがる思いで、俺は神官に訴えかけた。

 神官は首を横に振って、静かに言った。


「残念ながら、スキルをもう一度賜ることは不可能です。これも、神のおぼしめしと考えるしかありません。そのスキルを授かることが、あなたの運命だったと。たとえそのスキルによってあなたが不幸を被ろうともそれが定めだったと、受け入れるしかないのです」


 神官の言葉は死刑宣告のように、重く深く俺の心に残った。


 ***


 俺が【デコイ】のスキルを授かったことは、どこからか神殿の外に漏れ出し、半日もしないうちに街中に伝わっていた。

 小さな辺境の街だ、噂が広がるのも早い。

 けれど重い足取りで家に戻った時には、流石に参ってしまった。


「……何を、しているんですか?」


「何って、お前の荷物をまとめて荷車に乗せている」


「お前はこれから、山奥の狩り小屋で暮らすんだ。何度か狩りの時に泊まっているから、場所は分かるだろう?」


 家に戻ると、そこには街の人たちが集まり、俺の家にあった荷物を荷車にまとめて紐でくくっているところだった。

 俺が「何を勝手なことを!」と言おうとするより先、街の長が人だかりの中から出て来た。

 それからしゃがれた声で、俺に言った。


「マグ、お前は【デコイ】のスキルを授かったようだな」


「……はい」


「それはつまり、お前は今この時も常に魔物を引き寄せ続けているということ。もっと言えば、もしかしたらお前を狙う魔物が野山から溢れ出て次々に街へ雪崩れ込んでくるかもしれないということだ」


「それはそうかもしれませんが……! ……だから、俺に街から出て行けと?」


「そうだ。儂らとしても、村に少ない若者であるお前にこんなことを強いるのは心苦しく思っている。だが、これもお前が不遇なスキルを得たせいだとして、諦めて分かってはくれぬか」


 長は、それきり黙って俺の方を見ていた。

 そして人だかりの中からは「早く消えろ」「疫病神が」「魔物が出たらどう責任を取るつもりだ」と言う声が次々に聞こえて来た。


 俺は、拳を握りしめた。


 俺だって、こんなスキルが欲しかったわけじゃない。

 ずっとこの街でのんびり暮らしていきたいと思って生きてきたし、街の皆ともそれなりに上手くやって来たつもりだ。


 狩りの時も、土砂崩れに知り合いが巻き込まれて家ごと生き埋めになった時も、魔物のいる山を越えた隣街への配達の時も、病人用の薬草採取も、俺は全部命がけで引き受けて来た。

 だからこんな仕打ちを受けるのは正直、納得がいかない。

 だけど……。


「……分かりました。俺だって生まれ育った故郷が、魔物の群れに踏みにじられるのは嫌ですから」


 この街は俺の故郷で、俺のせいで滅んでしまうのは我慢ならなかった。

 ……今は天国にいる両親も、この街で育ったんだから。

 きっと父さんも母さんもこの綺麗な街並みを残しておきたいと、そう思っているはずだ。


「……今まで、お世話になりました」


「こちらこそ、今までありがとう。山奥で一人となると色々不便ではあるだろうが、幸い山の恵みはある。では、達者でな」


 街長はそう言ったが【デコイ】スキルを俺が持っている以上、永く生きられるとは思っていないだろう。

 何て汚い方便だと思ってしまった。


 俺は用意されていた荷車を引いて、街を出て山へと向かって行った。

 後ろからは何人かの村人が見送っている気がしたけど、何も言ってこなかった。


 それから山の中ほど、もう誰も見ていないだろうと思ったあたりで。


「……っ」


 俺は久しぶりに、頬に涙がつたうのを感じた。

 長の判断は、街を守る者として仕方がないことだったと頭では分かる。

 けれど、俺の心が納得していなかった。


 神から与えられたスキルひとつのために、俺は故郷を追い出された。

 その上、常に魔物から狙われているという死刑宣告付き。


 一体何がいけなかったのだろうかと、俺は途方に暮れていた。


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