第29話


 思えば八神と初めて会った時からそうだった。

 八神は全てを見透かしたようなことを言う。


 どうやらあの塊の正体が判っているらしいが、麻紀には全くもって身に覚えがない。

 いや、全くというのは正しくはない。


 しかし、こんな気持ちの悪いものが麻紀のせいで生まれただなんてふざけるのも大概にしてほしい。

 八神の言葉に怒りがふつふつと湧き上がり、麻紀はまたじりじりと迫ってくる塊をよそに立ち上がった。




「何だっていうの? あれが私のせい?」



「そうだけど?」




 どうして解らないのかとでも言いたげな態度で嘲笑う八神に、麻紀はさらに怒りが増した。




「あんな気持ちの悪いもの、私のせいにしないでよ! あんなの知ってるわけがないでしょう!」




 ――――。

 麻紀が八神に怒鳴ったとき、突然音がした。

 いや、音というよりは声だったかもしれない。


 何にせよ発している元は判った。

 塊だ。


 あの気持ちの悪い黒い塊から発されたものだった。

 そしてそれは麻紀に向って発されたものだった。


 八神に気を取られて怒りをぶつけている間に、またずいぶんと近くまで迫って来ていた塊を、麻紀は振り返った。

 目と鼻の先に細い腕が伸びてきている。


 どうしたらいいのだろう。

 ここまで近づかれればもう逃げられない。


 目の前にはじっと麻紀を見つめて手を伸ばしてきている黒い塊。

 背後には八神。


 麻紀は思わず一歩引いたが、背後の八神にぶつかって思うように塊から距離が取れない。

 八神は一体何がしたいのか。


 墓参りの時は両方とも助けられたが、今回はそのつもりはないようだ。

 むしろ逃げようとしている麻紀の邪魔をしている。

 もしかして実のところ、八神はあの塊とグルなのではないか。




「……、ちゃ……う」




 そこまで考えたとき、塊がしゃべった。


 そしてさらに麻紀は動揺した。

 その声に聞き覚えがあったからだ。


 信じられない。

 まさか、でもそんなことあるわけがない。

 そう思ったけれども思い当たるその声に、麻紀は問わずにはいられなかった。




「おとう、さん……?」



「せーかいっ!」




 麻紀の問いに答えたのは、塊ではなく八神だった。

 八神は嬉しそうな声でそう言うと、麻紀の肩をがっと掴んだ。

 そして少し身をかがめて麻紀の耳元で囁くように言う。




「それは君のお父さんです。君のせいでそんな姿になってしまいましたとさ。かわいそうにねぇ」




 わざとらしい口調で、八神が肩を竦めるのが視界の端に見えた。

 麻紀は八神の言葉の意味も今の状況も理解できず、塊から目が離せないでいた。


 塊が、麻紀の後ろにいる八神に手を伸ばす。

 八神は麻紀の前に立った。




「これは君が邪険にした、お父さんです」




 八神が塊から伸ばされた腕に触れた瞬間、閃光が走り何かが焦げるような臭いと、耳をつんざくような悲鳴とともにはじけ飛んだ。


 麻紀は唖然として動けない。

 塊は少し怯んだがまたすぐに新たな腕を伸ばして迫ろうとする。

 その度に八神がはじき飛ばす。

 そして一度はじくごとに八神は麻紀に言い聞かせる。




「あれは君が嫌厭した、お父さんです」



「あれは君が恥ずかしいと思った、お父さんです」



「あれは君が面倒くさがった、お父さんです」



「あれは君が――――、」



「もういい!」




 とても耐えられなかった。

 八神が言葉を紡ぐごとに、息ができないほど胸が締め付けられた。

 そしてその度に突き付けられていることが、耐えられなかった。

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