第128話 霊廟

『ゴアアアアアアアァァッ!!!』


 広々とした地下礼拝堂に、凄まじい咆吼が響き渡った。

 あまりの大音量に、腹の奥までビリビリと震えている。


 咆吼の主は、ガーゴイル。

 大きな皮翼を持ち、醜い悪魔の姿をした魔物である。

 数は三体。


 地下倉庫から続く通路を抜けた先にある礼拝堂の中央部に差し掛かったあたりで、そいつらは俺たちを取り囲むように姿を現した。

 より正確に言えば、礼拝堂の壁面付近に鎮座していた石像に擬態していたのだ。


 もちろんここがダンジョンである以上、この手の魔物が潜んでいることは想定の範囲内だ。だがこのガーゴイルたちは完全に気配を絶っていた。


 そうなると、いくら盗賊職シーフが《気配探知》スキルを所持しているといっても、せいぜい過去の経験から「怪しいな」と警戒するくらいが関の山だ。


 だがまあ、このような状況はリカバーできれば『経験値』だ。

 そしてこの程度のことをリカバーできていなければ、ここまで生き残ってこれてはいない。


 要するに『何も問題ない』ということだ。


「おー、石の魔物さんだねー! じゅるり……」


 パレルモがガーゴイルを見て、目を……いや、口元をキラキラさせている。

 この手の魔物は彼女やビトラの遺跡では見かけなかったタイプだからな。


 ちなみにコイツの肌は黒ずんだ灰色でパッと見では石像と見分けが付かないが、別に石そのものではない。れっきとした生きた魔物だ。


 まあヤツらの肉が彼女の期待に応えうる味なのかは、俺も食べたことがないから分からないが。


『グルル……』


 ガーゴイルたちは長い手足に生えた鋭い鉤爪をまるで俺たちに見せつけるかように周囲を飛び回り、こちらの隙を伺っている。


 ガーゴイルの体格自体はそれほど大きくはない。

 人間より一回りほど小さく……ゴブリン程度だろうか。 


 だがその鋭い鉤爪による一撃をまともに喰らえば、人間の頭部なんぞ畑にできたスイカよりも簡単に刈り取られてしまうだろう。

 当然、用心するに越したことはない。


「俺は前方のをやる。パレルモは天井付近のを墜とせ。後方はビトラに任せた。いけるか?」


 俺は周囲を素早く飛び回るガーゴイルから注意を外さず、二人に指示を出す。


「りょーかい! ……あの魔物さん、ちょっと硬そうだけど焼いたらだいじょーぶだよね?」


 まさかガーゴイルたちも、狙っている相手が殺意でも敵意でもなく、食欲を向けられているとは夢にも思っていないだろう。


「む。大樹の根は岩をも砕く。それが大自然の摂理」


 ビトラはビトラで小難しいことを言いつつも余裕綽々だ。

 二人とも頼もしい限りである。


 ――と、そのとき。


『ゴアアアアアッ!』


 こちらのやりとりを『隙』と判断したのか、ガーゴイルたちが襲いかかってきた。石像に擬態する能力はあっても、オツムの方はあまりよろしくないようだ。


「来るぞ!」


 想定どおり、微妙にタイミングをずらしつつそれぞれの方角から突っ込んでくる。だが、特に問題はない。


「――《時間展延》《解体》」


 ――バシュッ!


 俺に襲いかかってきたガーゴイルが、一瞬で細切れになった。

 一対一で勝てるとおごったのが、運の尽きだ。


『――!?!?』


 あっという間に仲間が屠られたのがよほど意外だったのか、二体のガーゴイルが一瞬動きを停める。

 そしてその隙を見逃すパレルモとビトラではない。


「……すきありっ! うややややっ!」


 ――バシュン!


 上空を旋回していた個体はパレルモの放った空間断裂魔術によって細切れにされ、


「む、逃がしはしない」


 ――ボッ!


 不利を悟って慌てて逃げだそうとした個体は、ビトラの創り出した植物ゴーレムの強烈な一撃を浴び――


『――――』


 二体のガーゴイルは断末魔さえ上げることを許されず、ものの数秒で肉片と化したのだった。




 ◇




「あああ……! こんな、こんなことって……あんまりだよぉ……っ!!」


 パレルモの慟哭が礼拝堂に響き渡る。


 礼拝用(?)に設置された長机に突っ伏し肩を震わせる彼女は、見ているだけで胸が痛くなる。


「む……パレルモ、さきほどもらったおやつは返すから、元気を出すといい」


「うん……ありがと……」


「ま、まあこのダンジョンはちょっと異常だからな。今後もこんなことが続くはずだ。心を強く持たなければ保たないぞ」


「うん……わたしはへーきだよ……」


 なぜこんな事になったかといえば……まあ、理由は一つしかない。


 ガーゴイルの肉片は、地に落ちるとものの十秒ほどで光の粒子となり消え去ってしまったのだ。あとには何も残らなかった。

 この残酷な現実を前にして、さしものパレルモも耐えきれなかったようだ。


 その光景を見届けたあと、この世の終わりを見たような顔で手近な長椅子に腰掛け――そして今に至る。


 正直屋敷でも同じような光景を見たような気がするが、それでもパレルモはこのダンジョンに希望を抱いていたらしい。懲りないヤツである。まあ、そんなところが可愛らしいと言えば可愛らしいのだが。


 どのみち、この現状を打破するには術式を破壊するしかない。

 まあそうなれば、当然街に溢れた魔物もこのダンジョンに潜む魔物も消滅するのは間違いなのだが。


 ……あと、パレルモさんや?


 泣き寝入りしつつも《ひきだし》からこっそりおやつを取り出しては口に運んでいるのを、俺は見逃していないからな。




 ◇




 礼拝堂を調べると同じような隠し通路が見つかった。

 警戒しつつ地下へと続く階段を降りる。

 今度は特に『迷宮』に迷い込むこともなく、下層へと降り立つ事ができた。


 下層の通路は先ほどの礼拝堂とはうって変わりかなり狭い。

 両側の壁面にはベッドのようなくぼみがいくつも掘られており、その内部には年季の入った骸骨が安置されている。


「今度は地下墳墓、というわけか」


 とはいえ、この王国では土葬が一般的だ。

 地下空間に亡骸を安置する風習はない。


 そもそもこんな埋葬方法では、出入りする度にアンデッド化した死体に襲われる危険を冒さねばならない。非効率にもほどがある。


 ただ、少ないながらも複数の古代遺跡でこのような様式の墳墓が見つかっていることから、過去にそういう埋葬方法が存在していたのだ、ということは知られている。


 もっともこの寺院そのものがダンジョン化している以上、実際にこの場所がヘズヴィンの地下に存在しているのかは怪しいところだが。


「うう……アンデッドさんは食べられないからキライかな……」


「む。考古学的には、とても価値がある場所。この副葬品は……瑪瑙メノウの珠。生前はきっと地位のある人物だったはず」


 二人の反応は対照的だ。


 パレルモはげんなりした様子だが、ビトラは何事にも研究熱心というか好奇心旺盛なところがあるからか、安置された骸骨が身につけている衣服やら装飾品やらを丹念に見て回っている。


 俺はといえば戦闘のさいは死霊術でいくらでも戦力が確保できるうえ仮にアンデッドどもに襲われても簡単に調伏できるため、辛気くさい場所だということに目を瞑れば、ダンジョンの中では嫌いな部類ではない。


「ビトラ、さっさと先に進むぞ。術式を破壊しないと街で美味しい晩飯が食べられないぞ」


「む、それは困る。名残惜しいけど、進むのが先決」


 目をキラキラさせながらあれこれ調べていたビトラも、メシの誘惑には抗えないようだ。早々に切り上げて、俺たちのもとに戻って来た。


 しばらくそのまま通路を進む。


 たまに横の壁穴から武器を装備した骸骨が這い出してきたりもしたのだが、こちとら死霊術師である。

 遭遇した瞬間に死霊術でサクっと鎮静化させてしまうので、パレルモとビトラがちょっと驚いて声を上げる程度で、さしたる危険もなく攻略が進んだ。


 そして――


 唐突に、視界が開けた。

 通路の先には、広々とした空間が存在していた。


 これは霊廟、だろうか。


 太い支柱に支えられた天井はさきほどの礼拝堂より低いが、幅はそれより広い。

 立派な石造りの棺を取り囲むように、騎士の彫像を模った墓標が整然と並んでいる。中心に眠るのは、古代の王だろうか。


 そしてその霊廟の床、壁面、そして天井には――所狭しと複雑な魔法陣や呪文が書かれているのが見て取れた。

 それらは強い光を放ち、幻想的な光景を作り出していた。


「きれい……」


 その様子に見とれたのか、パレルモが呆けたような声を上げた。


 初めて見る術式だ。

 だが、それがダンジョン化の術式であることはほぼ間違いなかった。


 なにしろ、記述されている呪文の文字は、古代文字なのだ。

 俺たちが遺跡と街を繋ぐ転移魔法陣にも、同じ文字が使われているから間違えようがない。


「パレルモ、ビトラ、ここから一歩も動くんじゃない。この光からは、とんでもない魔力を感じる。触れたら最後、何が起こるか分からん」


「う、うん」


「む、確かにこの魔力は危険」


 ふらりと霊廟に入りそうになる二人を制しつつ、周囲を警戒する。


 気配探知スキルには、今のところ反応無し。

 というよりも、膨大な魔力が渦巻いているせいか、実際には存在しないにもかかわらず俺たちの立つ場所から全方位に隙間なく魔物の反応が出てしまっていて、探知そのものが不能に陥っているのだ。


 これでは、物陰に何かが潜んでいても察知することができない。


 クソ、どうする?


 しばらく少し様子を見る?

 それとも、危険を承知で俺だけ霊廟に突入するか?


 葛藤を続けていた――そのとき。


『あらぁ? こんな場所にお客様ぁ? もしかして、王様にお参りかしらぁ?』


 霊廟内に、妙に間延びした女の声が響いた。

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