第125話 集合した

「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがと~」


 眼を輝かせて手を振る子供たちと名残惜しそうな様子のマルコら三人組に見送られながら、先を急ぐ。

 

 可能ならばマルコらと一緒に逃げ遅れた住人の捜索に参加してもよかったのだが、今はイリナ、アイラと合流するの先決だ。


 しかし、余計な道草というわけではないが少々時間を食ってしまった。

 二人に怒られなければいいが。







「にいさま、おっそーい!」


 待ち合わせ場所に到着すると、ふくれっ面をしたアイラが出迎えてくれた。

 案の定おかんむりのようだ。


 よく見ると、周囲には戦闘の痕跡がある。

 魔物の残骸はすでに消えていたが、直後だったらしい。


「待ちかねたぞ。準備に手間取っていたのか?」


 イリナがカチン、と剣を鞘に納めながら尋ねてくる。


「すまんな、来る途中で逃げ遅れた住人を救助していた」


「……なるほど。さもありなん、といったところか。私たちもちょうど先ほど、魔物の一団を片付けたところだ。ずいぶん奥に入り込まれているようだ」


 確かにこの広場は、ほとんど街の中心部だ。

 もっとも、ダンジョン化の影響のせいか俺たち以外に人影は見えないが。


「魔物が湧いてきているのは、主に旧市街からだったか」


「ああ」


 イリナが首肯し遠くを見た。

 視線の方角には、旧市街がある。


 ダンジョン発見によりひなびた宿場町から王都に勝るとも劣らない大都市へと急成長を遂げたこの街だが、急激に発展したせいか歪な都市構造を形成しており、旧市街地には広範囲にわたり廃屋や廃墟が立ち並ぶスラム地帯が存在している。


 ギルドの報告によれば、魔物どもはそんな場所の一角からどんどん湧き出ているようだ。


 もっとも街全体がダンジョン化しているとはいえ、今のところ魔物を生み出すことができるほど完全に「ダンジョン」と化しているのは旧市街だけ……というのは不幸中の幸いだ。

 ロッシュからの情報を鑑みると、それも時間の問題かも知れないが。


「では、そろそろ出発しようか。高ランク冒険者も対処に当たっているそうだが、押しとどめるのにも限界があるそうだ。実際、こんな場所でも遭遇するほどに取りこぼしが発生しているからな」


 確かにここは商工ギルドやさきほどのサイクロプスとの遭遇現場よりも発生源から離れている。

 そんな場所まで魔物が浸透してきているということは、もうほとんど押しとどめることができていないということを意味する。

 先に向かった冒険者たちが全滅していないといいのだが。


「さあいくわよ! 負傷者がたくさんいると聞いているから、腕が鳴るわね!」


 アイラがグルグルと腕を回しそんなことを言ってくる。

 戦場で治癒術師として活躍できるのがよほど嬉しいらしい。


「私も少々身体が鈍っているからな。本来の調子を取り戻すのは難しいかも知れんが、勘だけは取り戻しておきたい」


 イリナもまだ戦い足りないようで、そんなことを言っている。

 二人はやる気十分のようだ。


「…………」


 だが……このまま現場に直行することが正しいのだろうか?


 確かに次々と湧き出てくる魔物が街に広がりきる前に潰していくのは、正しい対処法と言える。

 だが、それはあくまで対症療法だ。


 最終的には魔物が湧き出る「元」――言い換えれば「ダンジョン拡大の術式」を潰さなければ、いつ終わるとも知れない魔物退治を延々と続けることになる。


 もちろん魔物を討伐しきれば術式が崩壊、あるいは消滅するのなら問題はない。

 だが、おそらくそうはならないだろう。

 術式へ魔力の供給源は、ほとんど無尽蔵といっていい『嫉妬の遺跡』なのはほぼ確実だからだ。


 また、「ダンジョン化の術式」は旧市街に存在しないと考えられる。


 理由はいくつかあるが、その第一の理由は「魔物や冒険者に破壊される恐れがある」からだ。


 ナンタイたちにとって、それは第一に憂慮すべき点だろう。

 つまり、術式が人に見つかりにくく破壊されにくい場所にあるのは間違いない。


 だが「それがどこにあるか」というのは、さすがに当人たちでなければ分からない。遺跡内部か、地上か……


 おそらく遺跡内部ではないと思われる。

 もし術式を敷く場所があるとすれば、魔物が誤って破壊するおそれのない第1階層か最下層の祭壇の広間だ。

 だが、祭壇の広間にはヤツらは来ていなかった。


 第1階層も違うだろう。

 あそこはナンタイの工房があったらしいが、さすがに「ダンジョン拡大化の魔術」なんて大仰なものを実行するには、あまりに目立ちすぎる。


 それ以外に、人に邪魔されず、魔物にも破壊されない場所はどこか。

 地上の可能性が一番高いが、当然、旧市街ではない。


 よそ者でも簡単に入り込めて、それでいて閉鎖的な場所。

 人気がなく、かといって無法者や魔物がのさばっていない場所。


 そんな場所、あるのか?


 ……いや、一つだけある。


「ねえねえにいさま大丈夫? なんだか難しい顔をしているわ!」


「らしくないと思うが、体調でも崩しているのか、ライノ殿?」


 少し考え込みすぎていたようだ。

 アイラとイリナが心配して声をかけてきた。


「ライノー、もしかしてお腹壊しちゃった? きっとお昼に食べ過ぎたから……」


「パレルモ、それはないぞ」


 そもそも毒物が効かない身体なのに食あたりなんて起こすわけがない。


「アイラ、イリナ、悪いが先に現場に向かってくれ」


「……なんだと?」


 イリナが怪訝な顔をする。


「にいさま? やっぱり具合が悪いんじゃないのかしら? 最近の治癒魔術はかなり進んでいるから、食あたりでも風邪っ引きでも、一発で治っちゃうわよ! さあさあにいさま、恥ずかしがらずにお腹を出して? 大丈夫よ、大人しくしていればすぐに済むから……」


「だから食あたりじゃねーって!」


「あうっ」


 やたら嬉しそうな顔で迫ってくるアイラをぐいっと押し返す。

 つーか、どんだけ俺が胃腸が悪いことになってんだ!


「ともかく!」


 ごほん、と俺は一つ咳払いをしてから続ける。


「俺とパレルモ、それにビトラはお前たちと一緒に行動しない。行くべき場所ができたからな」


「なら、その行くべき場所というのは、どこなのかしら?」


 治癒魔術を掛けそびれたせいか、ちょっと残念そうな顔のアイラがそう尋ねてくる。


「それは、俺たちがよく知っている場所……死者蘇生を行ってくれる『寺院』だ」

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