第110話 好き嫌い
「そうか、吾輩が賞金首に、か……ハハハ、落ちぶれたものだな」
存在が消滅しそうになっていたコウガイをそのまま放っておく訳にはいかず、屋敷に無理矢理連れ帰ったあとに現在置かれている境遇を話すと、自嘲気味にそう呟いた。
「ひとまず、この屋敷の中は安全だ。ゆっくりしてくれ」
俺は応接間のソファに身をゆだねながら、両手を広げて言う。
「……いいのか? 賞金首などを匿ってはお主も危険だろう」
「俺の実力は知っているだろう。一山いくらの冒険者が大挙してやってこようが何の問題もない。それに、ダンジョン内部で困っているヤツがいたら、お互い助け合うのが冒険者だ」
それに仮に賊が忍び込もうにも、屋敷の敷地内にはビトラが以前俺の監視(?)用に造り出した謎植物が随所に植えられているうえ、防衛用の魔術なども設置してある。
正面玄関から入って来ずに庭などから侵入することは、事実上不可能だ。
「……何から何までかたじけない」
コウガイが頭を下げた。
まあ、賞金首の件についてはなんとも言えないが……依頼元が依頼元だからな。
コウガイが魔剣やら一連の事件についての情報を握っているならば、アーロンの方針によっては賞金首の件については受理しない可能性もある。
ここは、あとで確認しておこう。
「オヤジ、元気だそーよ。ムシャムシャしたときは甘いものを食べるといいらしーよ?」
「む。元気を出して。女性がダメなら男性もいる。……でもライノはダメ」
「二人ともひとまず口を閉じとこうか?」
はあ……
今度、アイラとは膝を突き合わせて話し合う必要があるな。
マジで一体何を教えているんだアイツは……
あとパレルモ、それは多分ムシャムシじゃなくてムシャクシャだ。
しかし……コウガイは先日会ったときと比べてずいぶん憔悴している。
それにすでに《隠密》とかいうスキルは解けているはずだが、相変わらず存在感が薄すぎる。今にも消えてしまいそうだ。
「なあコウガイ。無理にとは言わんが、ダンジョンで何があったのか話してくれるか」
「大したものではないぞ。妻を奪われた男の……つまらぬ話だ」
「そ、そうか」
その黄昏れまくった一言で、何というかいろいろ察してしまった。
まあ、会った当初にも、ナンタイがコウガイの嫁をさらっていったことは聞いていたが、本当に
どうやらビトラの考えが的中していたらしい……
だが、ビトラ?
いくら当たっていたからって、ドヤ顔で「むふー」するのはやめようね?
「……妖刀『ネネ』は、吾輩の妻である『ねね』の魂が込められているのだ」
コウガイが、訥々と話し始めた。
◇
「……なるほど。つまりざっくりまとめると、ナンタイにはなんとか勝てたものの嫁さんの身体には別人の魂が入っていたうえ、彼女に攻撃を受けたので咄嗟に撤退を試みたが……気がついたらダンジョン最下層にいた、と」
「……まあ、おおむねその通りだ」
コウガイが力なく頷く。
「そ、そっかー。元気、出しなよー……?」
「む……思った以上に壮絶」
さすがにパレルモとビトラも話を聞いて先ほどのテンションではいられなかったのか、空気を読んだコメントだ。……二人にしては、だが。
まあ、それはいい。
ともかく、彼の話によるとナンタイは人間の魂を抜き、他人の身体に入れ替える力を持っているということが判明した。
さらに、ナンタイは『強欲』とか名乗っていたらしいが……となると、ヤツが魔王の力を持っているのは間違いなさそうだ。
人の魂を抜く力……か。
らしいと言えば、らしい権能だ。
確かに魔剣を作るのにはあつらえ向きかもしれない。
「うーむ……」
俺は腕組みをして、考え込む。
しかし、どうりでコウガイがやたら妖刀に執着するわけだ。
なんたって、嫁さんの魂が封じ込められているんだからな。
そう思うと、血肉を喰らい真の姿を現すこの妖刀『ネネ』にも、なんとなく親近感が湧いてくる……気がするな。
どちらかというと、この話をしている最中ずっと真顔で妖刀『ネネ』を頬ずりしているコウガイの方にドン引きだ。
まあ、精神安定作用があるようなので放っておくが……
さきほどまでの煤けた感じから復帰してきているし。
問題は、その『ねね』さんの身体を現在動かしているのが、ヴィルヘルミーナとかいう女だそうだが、その名前には心当たりがある。
そう、『嫉妬』の巫女だ。
もっとも大魔導マクイルトゥスをだまし討ちしたあと遺跡から立ち去ったのは少なくとも千年は昔の話だったはずだから、本当に本人なのかはまだ分からないが。
それに、魔王と行動を共にしていることも不可解だしな。
まあそのへんは、本人に会えば分かるだろう。
だが……
状況はかなり詰んでいる気がするぞ、コレ。
ひとまずコウガイの身の安全は確保できているが、嫁である『ねね』さんの身体に関してはどうしようもない。
さすがに魂を入れ替えるなんて超魔術、魔王の力でもなければ不可能だ。
一応、彼女の身体を奪還する方法として、俺の死霊術が『ねね』さんの身体に効くかどうか試してみるという手はなくもない。
現在の『ねね』さんの状態を『家』に例えるならば、無理矢理追い出されたあげく、よそ者に不法占拠されている状態だと言えるからな。
つまり、ヴィルヘルミーナの乗っ取った身体は、いくら彼女が喋ろうが動かそうが、あくまで抜け殻……死体というわけである。
だから、死霊術により彼女をゾンビ化し、身体の主導権を奪うことはできなくもない気がするのだが……試してみなければ分からない。
しかも、よしんば死霊術が効いたとしても、そのあとにヴィルヘルミーナの魂をどうにかして取り出さなければならない。
となると、あとはナンタイに元に戻してもらうよう何とか説得する必要がある。
まあ、難しいだろうな。
ちなみにヤツを倒してしまうのは論外だ。
それこそ、にっちもさっちも行かなくなってしまう。
うーむ……ダメだ。
いろいろ考えてはみたものの、完全に詰んでるぞ、コレ。
「ぐぬぬ……」
「ねーねーライノー」
俺が頭を抱えながら唸っていると、隣に座るパレルモがつんつんと脇腹をつついてきた。
「……なんだパレルモ。今考え中だ」
「でも、もうお昼だよ? お腹空いてるときは頭の中も空っぽだよ?」
言って、悲しそうな顔でお腹を押さえるパレルモ。
「いや、そう言ってもだな……」
「む。私も空腹。お腹に食べ物が詰まっていないときは、良い考えがまとまらないもの。何かを考えるのなら、お昼の後にするのが良い」
「ねーねー、お昼!」
ゆさゆさと、両隣に座る二人に揺すられる。
だああ! うるせー!
「……そういえば、吾輩も三日ほど何も口にしていなかったな」
コウガイ、お前もか!
確かにここに連れてきたのは俺だけど!
「分かった分かった! 今、昼にするから大人しく……待てよ」
「……急に立ち上がってどうしたのだ?」
コウガイが眉を寄せて聞いてくるが、それどころではない。
……まだ、試せる方法が一つだけある。
「コウガイ。ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
コウガイが応じる。
「妖刀『ネネ』は血肉を喰らう。そうだな?」
「いかにも。それゆえ使いこなすのは至難だ」
「なるほど……それがアンタの血肉である必要は?」
「……必要はないはずだ。魔物を斬ったときに、血を啜らせることもあった。もともとこの妖刀『ネネ』は里で祀られている時には『斬り殺した者や退治した魔物の血を啜ることで力を増す魔性の刀』と忌み嫌われておったからな。ただ、吾輩の血肉を食わせる方が、心地……効率が良いからそうしているだけだ」
「な、なるほど」
…………自分の身体を妖刀に食わせるのが気持ち良い、と言いかけたのが聞こえた気がするが多分気のせいだろう。
もとあれ……それならば、ひとまず問題はないということになる。
「それがどうしたのだ?」
コウガイが不思議そうな顔で聞いてくる。
まあ、当然か。
コウガイには俺が人間を半魔化できることもまだ話していないからな。
その発動条件の一つが、『魔物の肉を喰らう』ことだと言うことも。
「いやなに。『彼女』に好き嫌いがあると困るな、と思っただけだ」
俺はコウガイの持つ『人間』の魂を宿す妖刀を見つめつつ、そう言った。
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