第109話 対策を練る

『ダンジョン探索依頼及び賞金首の設定』


《概   要》

 左記似顔絵の者『コウガイ=フドー』は当商会本部に許可無く立ち入り金品その他の物品を盗んだため一時拘束したが、使用人数名に傷を負わせ逃亡した。


 ただし今のところ『コウガイ=フドー』は当商会敷地から出ておらず、潜伏先は地図に示す当商会敷地内で発見された未踏破ダンジョン(種別:遺跡型)と推定されるが、本ダンジョンはかなりの深度(推定三十~四十階層)があり内部構造も複雑なため、当商会の捜索隊のみでは探索が不可能である。


 このため、貴ギルドへダンジョン探索の依頼するとともに『コウガイ=フドー』に懸賞金を設定する。生死は問わない。


 以下省略。



「……これは面倒なことになった」


 ギルドで見たグレン商会からの依頼を思い出しつつ、ため息を吐く。

 すでに屋敷には帰ってきている。


 俺は自室のイスに背中を預け、天井を仰いだ。


 位置関係から考えて、これは間違いなくウチの地下遺跡だ。

 考えてみれば、この屋敷に存在する遺跡への道は、最奥部の巫女の祭壇までの直通である。要するに勝手口だ。


 それはつまり、他に正規の出入り口が存在することを意味する。

 あるいは、第一階層が地上に近い場所にあるために偶然通路を掘り当てたのかもしれない。


 今までことからしても、未踏破ダンジョンが発見されるのはそっちの方が多いからな。で、それがたまたまグレン商会の敷地内で見つかったとしても、別に不思議なことではない。


 まあ、それは別にいい。

 遺跡がこの街の地下にある以上、遅かれ早かれ発見されていただろうからな。


 当然、ギルドはこの依頼を受理するだろう。

 しない理由がない。


 まあ、賞金首の件はどうかは分からないが……


 どのみちこれほど大きな案件だと王都にある本部との折衝やら事務手続きやらなんやらがあるらしいから(以前アーロンが「面倒くせぇ」とぼやいていた)、実際にギルドの掲示板に張り出されるのは数日後だろう。


 それまでに、この状況に対処しなければならない。


「さて、どうしたものか」


 ダンジョン自体を攻略されること自体は、別に構わない。

 そもそもダンジョンの所有権を主張するつもりなんてない。

 すでに天に召された大魔導マクなにがしやらまだ見ぬ『嫉妬』の巫女様を含め思うところは特にないからな。


 問題は別にある。


 祭壇の間の奥には、ショートカット用に転移魔法陣を設置してあるのだ。


 用途は、俺が仕事に出ているときにパレルモとビトラが遊びに行ったりしているようだが……主に遺跡深部の魔物狩猟や素材採取用だ。


 行き先は、もちろん屋敷の地下室。

 これが、非常にマズい。


 転移魔法陣自体が古代の超魔術なことに加え、未踏破ダンジョンの最奥部から人の住む屋敷の地下に転移できるとか……


 どう控えめに見積もっても、ギルドどころか王国を揺るがす大事件である。


 最悪、ホンモノの魔王認定をされたうえ討伐対象に指定されかねない。

 コウガイの賞金首なんぞ鼻で笑えるレベルの懸賞金が俺にかけられる可能性すらあるのだ。


 ……やむを得ん。


 祭壇の広間奥に設置したものはいったん撤去しよう。

 完全に痕跡を消すのは難しいが、ある程度処理をしておけばそれがいつの年代に設置されたのかを特定するのは不可能だ。


 あとは、屋敷に至る通路をしっかり隠蔽しておけば問題ないだろう。




 ◇




「……何してんだ、アンタ」


 翌朝。

 三人で『嫉妬』の遺跡に降りると、祭壇の裏でコウガイが黄昏れていた。


「お主か……吾輩のことはもういい。放っておいてくれ」


 声をかけたら一瞬だけこちらを向いたが、それっきりだ。


 膝を抱え座り込み、腐った魚みたいな目で祭壇の裏を見つめ続けるコウガイ。

 ぽかんと口を半開きにしているし、目の前で手を振っても反応がない。

 完全に魂が抜けきっているな。


 いやホント、どうしたんだってばよ……


 先日までは苦み走った渋いオッサンだったのに、今や場末の飲み屋で昼間っから酔いつぶれているオッサンよりも酷い顔をしている。


 確かに依頼書は見たよ?

 きっとナンタイとも派手にやりあったのだろう。


 今のところ目立った傷はなさそうだが、この様子を見るに、コテンパンにボコられたのかも知れない。


 だが、いくらなんでも生気がなさすぎだ。

 最初見つけたとき、幽鬼レイスか何かかと思ったぞ。


 まあ、レイスはレイスでも大魔導マク某みたいな生前と変わらない精気を漲せたヤツもいるが。


 それはさておき。


「つーかコウガイ、アンタ一体どうやってここまで来たんだよ」


 どう少なく見積もってもこの遺跡、四十階層以上の深度があるはずだぞ。


「…………」


 反応なし。


「ねーねーライノ。このオヤジさん、死んじゃったの?」


 パレルモがひょこっと顔を出して、コウガイの顔を覗き込んだ。

 もちろんコウガイの反応はない。


「む。私には分かる。アイラがこの前、浮気をされたり手酷い失恋をした者は脳を破壊され、生ける屍と化すと言っていた。この者の状態はまさにそれ。こうなってしまえば彼女の治癒魔術でも治せない」


「そーいえば、そんなこと言ってたっけ? ……じゃあオヤジさん、ゾンビさんなの?」


 何を言い出すかと思えばコイツらは!


「言い方ァ! 二人ともシャラップ!」


「むーっ!?」


「……むっ」


 慌てて二人の口を押さえる。


「す、すまんコウガイ、ただの戯れ言だ! 気にしないでくれっ」


 アイラのやつ、二人にいったい何を吹き込んでんだ!


 つーか、二人とアイラはそんな話をする仲だったのが驚きだ。

 まあ、なんだかんだでウチに泊まったり『彷徨える黒猫亭』に食べにきたりと何かしら絡みはあったが……


「………………《隠密》」


 あっ。


 ただでさえ無いコウガイの存在感がゼロになった。




 ◇




 ……はあ。


 もはや存在感だけではなく身体すら半透明になってしまったコウガイを前に、俺はこめかみをグリグリと揉みほぐす。


 確かに、俺が仕事に言っている時間に関しては、パレルモとビトラの行動をそれほど把握してはいない。


 たまに、ふらっといなくなったと思ったら魔物を仕留めてきてその料理をせがんだりするから、地下の遺跡を遊び場にしているんだろうなあ、と考えているくらいだ。


 あとは、街に出かけて食べ歩いたりしているくらいか。

 まあ、そんなときに二人がばったりアイラと会ったとしても、別におかしくはない。


 二人が楽しく日常を送るために、友人を作ることはもちろん大歓迎だ。


 それがアイラならば、俺だって安心できる。それは確かだ。

 素性もハッキリしているし、人となりもよく知っているからな。


 だからまあ、女子会……くらいならば、いくらでも開いてくれればいい。


 だが……


 面白半分で妙な風俗を吹き込むのは、本当に勘弁してほしい。

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