第102話 深いところ

「よし、ここでいいか。休憩しよう」


 ダンジョンに入ってから三時間ほどが過ぎた。

 俺たちはその第十五階層目に降りてすぐの通路部分。


 パレルモとビトラがいるので当然だが、試作武器の威力を試しつつも難なく深層部分であるこの階層まで到達することができた。

 そんな中、ちょうどいいサイズの子部屋を見つけたのだ。


「少しそこで待っていてくれ」


 俺はパレルモとビトラを通路に残し、単身小部屋に入る。

 スキル《気配探知》は常時発動状態だ。

 魔物などが潜んでいればすぐに分かる。


 ここ、『ヘズヴィン第三遺跡』は呼び名のとおり遺跡型ダンジョンだ。


 ヘズヴィンが小さな宿場町だった頃に発見されたダンジョン化遺跡群の中でも最初期に探索されつくしたダンジョンのため、最深階層部分も含め、もうお宝の類いはほとんど残っていない。

 ヘズヴィンが発展するまさにそのきっかけを作った重要な遺跡型ダンジョンの一つではあるものの、今では『出がらしダンジョン』なんていう不名誉な愛称まで付けらる始末だ。


 当然ここを訪れる冒険者もほとんどいない。


 おまけにここはかなり古い年代の遺跡のうえ、古代人の居住施設か商業施設だったらしい。魔物はちらほらみかけるものの、道中に罠の類いを見かけることはほとんどなかった。


 要するに試作武器の運用試験を行うにはもってこいの場所だった。


 とはいえ、古代遺跡というのは、例外なく『ダンジョン化』しているものだ。

 それはつまり、元の内部構造とはかけ離れた迷宮であることを意味する。


 ある程度はギルドに階層情報が公開されているが、それでも緻密なマッピングと索敵は欠かせない。


 どのみち、用心をすることに越したことはない。


「…………」


 部屋の扉を入念に調べたあと、慎重に内部に入る。


 石造りの小部屋は一般住宅の寝室より少し広いくらい。

 内部は雑然としておりモノ自体は多いが、罠も魔物の気配もないようだ。


 うむ。


 三人が腰を落ち着けるスペースを確保するには少し片付ける必要があるが、ここならば安全に休憩できそうだ。


「二人とも、内部の安全が確認できた。中に入っていいぞ。ああ、座る場所は各自で確保してくれ」


 部屋の中から通路で待つ二人に手招きをする。


「ほーい」


「む。了解」


 三人で部屋の中を片付けると、ようやく一息つくことができた。

 荷物降ろし、床に腰を下ろす。


「……ふう」


 落ち着いたところで、周囲を見回す。

 ここがまだダンジョンではなかった時代には、この部屋は物置か倉庫か何かだったようだ。


 部屋の隅には錆にまみれた金属製の空き箱が雑然と積んであり、用途不明の朽ちたガラクタが、壁から剥がれ落ちた漆喰に似た灰色の建材とともに床に散らばっている。

 ここもすでに他の冒険者に荒らされたあとなのか、めぼしいモノはない。


 金属箱には、かすれてほとんど判読不能だが古代文字が印字されている。

 おそらく内容物に関するものか、注意書きのようなものだろう。


 繰り返し現れる規則性のあるシンプルな文字は、古代語における数字か何かだろうか。まあ、どのみち読めないのだが。


 この遺跡の文字はパレルモの遺跡にあった魔導書の文字とは違う。

 それはここが彼女の遺跡があった時代とは異なる文明の遺構であることを意味するが……まあ、冒険者にとって重要なのはここがお宝があるかどうかだ。

 ただの錆びた鉄くずに価値などない。


 それはさておき。


「そういえば二人とも、魔術杖は残りあと何回使える?」


「んー、あと三回かなー? たぶんー」


「む。こちらはあと七回。数度使用すれば、威力の把握には充分。残念ながらこの杖はあまり使い道がない」


 二人はすでに杖に飽きてしまっているらしい。


 パレルモは最初こそ適当に扱っても火の玉が出てくる魔術杖を面白がっていたが、すぐに飽きて自分の魔術で戦うようになった。

 ビトラにいたっては二、三度杖を試して、それっきりだ。


 まあ……正直、二人の魔術杖に見るべきものはなかった。

 なにしろ、魔力消費が極小で中級魔術を射出できるというだけだからな。


 そもそも二人ともそれぞれ空間断裂魔術や植物魔術など強力無比な攻撃手段があるわけだし、こうして依頼のためでもなければ、あえて中級程度の魔術を使う必要もない。


「俺のは……あと十二回か。結構使ったな」


 俺は短剣『風刃』を取り出すと、カウンターに表示されている数字を確認する。

 魔術杖はともかくとして、この短剣はそれなりに便利だ。

 威力は弱いものの風でできた刃を飛ばすので、実際にダガーなどを消耗しなくてすむ。これはかなり大きい。


 回数制限がなければ是非にでも買い取りたいくらいなのだが……消耗した魔力の補充は特殊な器具が必要らしく、いちいち工房に持っていかなければ元通りにならないとのことだった。もちろん補充は有料だ。

 商売だから当然といえば当然なのだが、あざとい商法だ。


 まあ、それは置いておいて。


 あとは、アーロンの依頼である『武器の負荷試験』を行えば終わりだ。

 このダンジョンは蟲系の魔物が多く食いでのありそうな魔物はいなかったので、さっさと帰りたい。


「その包丁、キレイだねー」


「ん? まあ、キレイではあるな」


 短剣のカウンターを確認していると、パレルモが短剣をまじまじと眺めつつそんなことを言ってきた。

 確かにこの短剣の刃に描き出される魔力の紋様はため息が出るほど美しい。だが、花より食い気のパレルモが武器に興味を示すのは珍しい。どうしたんだ?


「む。パレルモ、これは短剣。料理に使う包丁ではない」


「えー? でもこの前ライノ、こーいうのでお肉切ってたよ?」


「あれは牛刀という包丁の一種。武器ではない」


「そ、そーなんだー?」


 おお、ビトラは詳しいな。

 つーかパレルモの遺跡にあった神器が包丁だったよな?

 それに詳しくないのは巫女としてどうなんだ。

 ビトラの説明に、パレルモの目が泳いでいる。

 まあ、彼女らしいといえばらしいが……


 というか。


「おいパレルモ、ビトラ」


「んー? なーに?」


「む。ライノ、どうしたの」


 どしたもこうしたもない。


 二人は、自分の作ったスペースに荷物を置いているのだが、なぜかそこには座らずに俺の両隣に陣取り、武器を整備している様子をじーっと眺めているのだ。


「お前ら、自分で片付けた場所あるだろ。そこに座られると窮屈なんだが」


「えー? わたしは平気だよー?」


「む。私たちは邪魔しない。整備を続けて」


「そういわれてもだな……」


 というか完全にギュッと密着されているし、二人の息づかいが耳元で聞こえる。

 さらには両腕やら肩ごしに二人の暖かくて柔らかい感触が伝わってくるのだ。


 その、なんというか……とても武器の整備がしづらい。


「はふー……」


「おいこらパレルモ、頭、頭! 『はふー』じゃねえよ、重い!」


 ふいに、パレルモが俺の肩に頭を預けてきた。

 彼女の頭部が動くたびにさらさらの銀髪が俺の頬を撫でてゆく。

 そのたびに、ぞくり、と背筋にむずがゆい痺れのような感覚が走り抜ける。


「おい、パレルモ!」


 手に短剣を持ってるんだぞ?

 危ないだろ!


 本当にさっきからなんなんだ。

 様子が変だぞ?

 もしかして腹が減って力が出ないのか?


「む。パレルモずるい。私もライノ分を補給する」


 パレルモに気を取られていると、今度はビトラが反対側から俺の腕にするりと手を回してきた。

 短剣を持っているのは右手だが、動きづらいのは危険だ。

 というか、二の腕からは妙に柔らかい感触が伝わってきて何かがヤバい。

 ビトラの生暖かい吐息がふっ、と耳に掛かる。


 こっ、これは……危険だ!


 とにかくなにか、すごく危険な気がする!

 何が危険かってとにかく語彙が消失するレベルで危険が危ない。


「おいパレルモ、ビトラ、ちょっとまて! タンマ!」


 思わず叫んでしまった。声がうわずっているのが自分でも分かる。

 一体なんなんだこの状況は。


 俺の中のスキルじゃない何かが警鐘をガンガンと鳴らしている。つーか体が熱い。なんだか顔は火照っているし、部屋の中は寒いくらいなのに手の平に汗が滲んできた。短剣が手から滑り落ちそうだ。


 だいたい『ライノブン』ってなんだ。新手の魔素か何かかよ……


「ねえライノー」


 ふいに、パレルモが話しかけてきた。

 さっきまでのふにゃけた声ではなかった。

 なんというか……水底に沈み込むような声色だ。


 俺の肩に頭を預けているので、彼女の表情は見えない。

 ただ、彼女の暖かくて柔らかな重みだけを感じる。


 ビトラもそれ以上のことはせず、そのままこちらをじっと見ていた。


「……なんだ」


 なんとなく今までの雰囲気と違うことを察して、俺は佇まいを正す。


「……ライノは、いなくなっちゃったりしない?」


 なにバカなことを言っているんだ……と言いかけて、俺は口を閉ざした。



 思い当たるふしがありすぎたからだ。



 そういえば、こうして彼女たちとどこかに出かけるのはいつぶりだっただろうか?


 もちろん、二人ともほとんど毎日『彷徨える黒猫亭』に遊びに来ていたし、余った数十人分のカリーをすべて平らげたりとやりたい放題だった。仕事がない日は三人で街に繰り出し食べ歩いたりもしていた。

 二人とも、ヘズヴィンでの日常を楽しんでいたのだと思ってばかりいた。

 同じ時間を、過ごしていたつもりだった。


 だが俺は、それできちんと二人と向き合っていたといえるだろうか?


 最近俺が料理だなんだとそれなりに忙しくしているあいだ、二人が屋敷でどう過ごしていたのかを、考えたことはあっただろうか?


 俺は短剣を床に置いた。

 こめかみをぐりぐりと揉みこむ。

 いつもより、ずっと強く揉みこむ。


 ……はあ。


 彼女たちの心の中の深いところを、俺は全く見れていなかったらしい。 


 空気が読めない男? それはまさに俺のことじゃないか。

 これじゃあ、とてもサムリのアホを笑えない。


 俺だって二人がいない生活はもう考えられない。

 考えたくもない。


「まったく……俺が、お前らの元からいなくなるわけないだろ」


「……うん、知ってる」


「……む。知っていた」


 俺は無言で、二人の体温を感じたまま、じっと座っていた。


 身体の疲れはすでに取れていたが、今はそうしているのが最良だと思った。

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