第101話 ギルド長アーロンの依頼
「ライノ、イリナ、アイラ。お前たちには元勇者パーティーと見込んでクエストを依頼したい。発注元は、この俺だ」
会議室に戻った俺たちに、アーロンがそんなことを言い出した。
「依頼? まだ私たちを拘束するのかしら?」
アイラがげんなりした口調で言った。
そういえば彼女とイリナは久しぶりの休日を潰されたんだった。
ご立腹というよりは、お疲れのようだ。
「というか、むしろ本命はそっちだ。もちろん例の冒険者たちを診てもらったのは感謝しているし、診察代だって払う。それに、依頼自体は今日すぐ取りかかるものじゃない。概要だけ説明したら、すぐに解放してやるさ。リラ、資料をここに――」
「ちょっと待て」
「……なんだライノ。話の途中だぞ」
話を遮られたアーロンが不服そうな顔になった。
「別に俺は依頼を受けるつもりはないぞ? 確かに証文の用意やら立ち会いやらをしてくれたのは感謝しているが、それは通常業務の範疇だろう。手数料だって支払っているし、恩に着せられても困る。だいたいこれからすぐに店に戻って瓦礫の撤去やら片付けをしなけりゃならんからな」
ちなみにペトラさんと冒険者三人との間では、すでに証文で連中が依頼をこなすたびにその報酬のうち二割をもらう契約を取り交わし済みだ。
もちろん最初は契約のテーブルに就かせるのに苦労した。
なにしろ連中は目覚めた当初はシラは切るは暴言は吐くはで、それはもう反抗的だったからな。
だが例の魔物化した冒険者たちを見せに例の大部屋に連れて行ってやったところ、すぐに顔を真っ青にして大人しくなった。
そのあとは態度が一変し、謝罪の嵐。
まあその中には「あれは魔剣に操られていたせいだから!」「だから俺たちの意思じゃない」「そう! 俺たちは悪くない! へへへ……」とか多分に自己弁護も含まれていたが、大人しく証文への署名に応じてくれた以上、あとは真面目に依頼をこなして金を稼いでくれればいい。
そんなこんなで冒険者たちは解放されると、俺とペトラさんにもう一度形ばかりの謝罪をしたのち、去っていたのだった。しっかり稼げよ、冒険者たち。
それはさておき。
「なんだ、そんなことか」
俺の言い分を聞くなり、アーロンは拍子抜けしたように肩をすくめた。
「そっちは気にするな。知り合いの大工をすぐに手配しておく。もちろん費用も
どうやらかなり重要な案件のようだ。
まあ、ギルド長直々なのだから、当然なのだろうが太っ腹だな。
だが、これで俺とペトラさんで大工を手配したり、店を修繕する必要がなくなった。それはありがたいのだが……
「……アイツら契約し損じゃないか?」
「そのことなら、気にするな。連中は冒険者としてはそれなりに腕のたつ方ではあったが、見ての通り先々で問題を起こしていたからな。良い薬だ」
ニヤッと悪い顔で笑うアーロン。
店の外壁だけの修繕とはいえ、B、Cランク程度の冒険者には結構な金額だぞ?
通常の依頼を真面目にこなし続けたとしても、最短でも二年はかかる額だ。
さすがに連中がちょっと可哀相になってきたぞ。
とはいえ、修繕の手間がないのなら俺としては依頼を受けることに異存はない。
あとは、店を空ける関係上ペトラさんの了解を得ておく必要があるが……
「もともとライノさんは冒険者ですから、そっちを優先してもらって構いませんよ」
とのことだった。
理解のある店主で助かる。
「じゃあ、手短に頼む。どのみち店内部の片付け自体は今日中に俺とペトラさんでやらにゃならんからな」
「ああ、それほど手は取らせんさ。リラ、資料は持ってきているか?」
「はい、ギルド長。ではみなさん、こちらへ」
さきほど証文の準備をしてくれた女性職員が進み出る。
彼女は手に持った依頼書の束を解くと、近くのテーブルにバラバラと広げた。
◇
数日後。
俺たちはアーロンから受けた依頼をこなすため、とあるダンジョンの入り口で装備品の最終確認をしていた。
「ねーライノー。これ、ホントにわたしが使っていーの?」
「む。造りはかなり立派。封じられている魔力は圧縮されていて強い」
パレルモとビトラは、自分の手に持った魔術杖を物珍しそうに眺めている。
それぞれ炎や氷を基調とした複雑なモチーフが随所に彫り込まれた、美しい杖だ。
「ああ。だが、くれぐれも使用限界を超えて『力』を引き出すなよ?」
「わかってるよー。えーと、わたしのは十五回だっけ?」
「む。どちらの杖も、魔術を撃てるのは十回まで。パレルモ、気を付けて」
「うん、りょーかい! ビトラ、ありがとねっ」
依頼元である『ルンドグレーン武具工房』の親方によれば、パレルモとビトラの持つ杖にはそれぞれ中級程度の火焔魔術、氷雪魔術が封じられているらしい。
この二本の杖には特殊な術式が施されており、ごくわずかな魔力で封じられた魔術を発動することができるという触れ込みだ。
もちろんパレルモとビトラの冗談みたいな戦闘能力を考えるならば、今さら中級魔術を撃てたとしてもあまり意味はない。だが、駆け出しの魔術師に持たせれば運用次第でそれなりの戦力が期待できるだろう。
そう思えばなかなかの優れものである。
ちなみに今回の俺たちの
聞いたところによれば、工房内での運用試験は一応パスしているらしく、特に実戦データ記録用の人員は同伴していない。
工房としては実戦データも必要なはずで、少し片手落ちな気がしないでもないが……それだけ自分たちの造りだした武器に自信を持っているということなのだろう。
もっともその方が、俺たちにとってはいろいろな意味で好都合なのだが。
「おっと、俺も一応確認しておかないとだな」
俺は貸与された短剣『風刃』を腰の鞘から抜き、状態を確かめる。
朝の陽光を反射してきらめく刃には、封じられた魔力がうっすらと淡緑色の力場が形成しており、それが複雑な紋様を描き出しながらも時間経過により刻々と変化してゆく様は、控えめに言っても『美しい』の一言だ。
親方は武器を俺たちに渡すときに『弊工房初の魔術武器ですが、どれも自慢の逸品です』とかドヤ顔で
これも魔力を流し込んで刃を振れば、小さな真空の刃を射出する
これがあれば、少ない物資でダンジョン攻略を進めなくてはならない場面でも、魔物に探知される前に倒せる可能性が大幅に上がるため、非常に有用だ。
ただ、微かに「イイイィィィ……」と刃が甲高い音を発しているのが、気になるといえば気になる。
なんというか、この音はどうも本能的な忌避感を呼び起こすのだ。
「……モノ自体は決して悪くないんだがなあ」
とはいえ鞘に納めているときには全く聞こえないほど小さな音だし、実際に使用するのは戦闘時だけだ。気にする暇はないだろう。
「ええと、『風刃』の使用限界は……」
短剣の柄部分には、魔術杖と同じく使用回数を示すカウンターがある。
そこには気取った書体で『50/50』と表示されていた。
二人の持つ魔術杖とは違い、こちらは魔術の威力が弱いかわりにある程度の手数を想定しているらしい。
……武器の確認はこれくらいか。
「二人とも装備は問題ないか?」
俺は自分の装備を点検し終わると短剣を腰の鞘に納め、パレルモとビトラ声をかけた。
「だいじょうぶだよー。はやく、はやくっ! 美味しい魔物さん……待ってて……!」
「む。こちらも準備万端。いつでも行ける。武器の試し撃ち、楽しみ」
二人とも久しぶりのダンジョン探索でテンションが上がっているようだ。
パレルモに関しては、どちらかというと美味しそうな魔物を狩る方が主眼のような気もするが、まあいいだろう。俺もそっちの方は楽しみだからな。
ちなみにどの武器も触れているだけでは何も起こらないのは確認済みだ。
というか工房で武器を渡されたときも、見習いの少年が素手で持ってきたからな。
だが、『使用限界』を越えた力の行使は……先日の冒険者たちが辿った末路を鑑みれば、ろくなことにならないのは間違いない。
……もっとも安全に運用するだけでは、
「よし、じゃあいくか」
俺たちは、ダンジョンに足を踏み入れた。
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