第93話 行き倒れ

「ライノーいってらっしゃい!」


「む。いってらっしゃい。また夜に遊びに行く」


 翌朝。

 今日は『彷徨える黒猫亭』勤務の日だ。


 俺はパレルモとビトラに見送られながら屋敷を後にした。


 のんびりと、朝靄漂う閑静な居住区を歩く。

 馬車が一台通れる程度の路地を通るのは、俺だけだ。

 両脇には、広々とした庭を持つ邸宅や歴史を感じさせる佇まいの屋敷が見える。

 早朝のひんやりとした空気が、頬に心地良い。

 人気のなさは同じだが、狭っ苦しい旧市街の裏路地にとは大違いだ。


 ……裏路地といえば、昨日の謎の男だ。

 一体アイツは何だったのか。

 魔王がどうとか言っていたから、おそらく何かされたのだろうが……


 ヤツのせいで、あの区画一ブロック分が、完全に瓦礫の山と化してしまった。

 もともと旧市街のあの区画は完全に無人のはずだから、巻き添えを食ったヤツはいないと思うが。

 衛兵が駆けつけて来る前に現場を離れたから、あのあとどうなったのかは分からない。犠牲者が出ていないことを祈ろう。


 静かな路地をしばらく歩くと、すぐに大通りに出た。

 途端、雑踏に飲み込まれる。


「ごめんよー、ちょっとそこ通るぜー」「おい、待ってくれ! こっちは大荷物なんだ!」「そこの人、すまんが急いでるんだ。先に行かせてくれ」「いてぇ! 誰だ俺の足を踏んだヤツは!」


 ワイワイ、ガヤガヤ。


 まだ早朝だというのに、通りにはやたら多くの人々が行き交っていた。

 出てくる時間を間違えたかのだろうか?

 そう思って辺りを見回す。

 食事処や万屋の類いはすでに開店しているものの、多くの店は閉まったままだ。

 早朝なのは、確からしい。


「おわっ!?」


 通りを人混みに流されながら歩いていると、冒険者らしき連中とぶつかりそうになった。


「おっと、すまん! 荷物が多くて歩きにくくてな。怪我してないか?」


「あ、ああ。気にしないでくれ、大丈夫だ」


 お互い、謝りあう。


 基本的に冒険者同士では、街でもめ事を起こさないよう心がけている。

 いつどこのダンジョンでお互い顔を突き合わせるか分からないからな。


 まあ、ルーキーほど血気盛んなのは世の習いではあるが、そう言った暗黙の了解が分からない連中は、すぐにダンジョンの肥やしとなる。自然淘汰、とかいうやつだな。

 そういった理由から、ベテランになるほど落ち着いた連中が多くなるわけだが……それはさておき。


 よくよく行き交う人々を見てみれば、その中にかなりの数の冒険者が混じっているのが見て取れた。ベテランからルーキーまで様々だ。

 みな大荷物を背負っていたり、荷車を引いていたりする。

 ダンジョンに向かうには荷物が多いし、帰還してきたには時間がおかしい。

 どうやらこの街ヘズヴィンに到着したばかりのようだ。

 何があったのだろうか。


「なあそこの兄ちゃん、あんた冒険者だろ? ギルドの場所を教えてくれないか? この街に来たの、初めてなんだよ」


 そんなことを考えながら通りを歩いていると、後ろから肩を叩かれた。

 振り返れば、若い冒険者パーティーがこっちを見ている。


 五人組の男女混合で、年のころは、全員十代半ばくらいだろうか。

 剣士職と戦士職は男で魔術師二人が女の子。それに盗賊職シーフが一人。こいつは見た目少年っぽいが……ショートカットの女の子だな。

 いずれも基本職ばかりだ。どこかの村から出てきたばかりだろうか。幼なじみの仲良しグループといった様子で、みなあどけなさが残る顔立ちだ。


 そして、やはりどいつも荷物が多い。


 声を掛けてきたのは、生意気そうな面構えの剣士職の少年だった。

 コイツがリーダーのようだ。


「……冒険者ギルドなら、もう一本向こうの通りを中心部に向かって真っ直ぐ行った先だ。ここは人通りが多いから、そこの路地を抜けていった方が早いぞ」


「あーなるほど、あっちの道か……ありがとな、兄ちゃん! おーい、こっちから行った方が早いってさ」


 顔に似合わず素直な調子で、少年剣士が礼を言う。

 そのまま踵を返してギルドに向かおうとするが……


「なあ少年、ちょっといいか?」


「あん? なんだ兄ちゃん。何か用か? 俺たち、急いでるんだけど」


 俺が呼び止めると、少年剣士が面倒臭そうに振り向いた。


「……ライノだ。盗賊職シーフをやっている。急いでいるところすまんが、ちょっと聞きたい事があるんだが……」


「ねえねえアリサ、あの人ボクと一緒の盗賊職シーフだって! というか、アレ? ライノって名前、もしかして……」


 『兄ちゃん』呼ばわりが気に入らないので名乗ったつもりだったのだが、途端、なぜか盗賊職の女の子の目が輝きだした。

 慌てたように懐から紙片を取り出し、俺とそれとを見比べている。


 な、なんだ?


「えっ? まってミリナ。ライノって名前で盗賊職って……えっ、ウソ! もしかして勇者サムリ様のパーティーにいた、あのライノ?」


「そうそう! 似顔絵がそっくりだし!」


 魔術師の女の子が盗賊職の女の子に反応する。

 こっちを見て、まん丸な目がさらにまん丸になった。


 つーかなんだその似顔絵って。


 ……いや、待てよ。

 そういえば以前、旅の途中でサムリが『僕たちは『絆』を残しておくべきだと思うんだ!』とかいきなり寝言を言いだして、どこからか絵師を引っ張ってきたことがあったのを思い出した。

 俺は加入したばかりで、まだヤツとまあまあ上手くやっていた頃だ。


 そのあと、何故かその複製版画が若い駆け出し冒険者とかに大量に出回ったことがあり、しばらく悶絶する日々が続いたんだが……


 まさかこんなところで黒歴史が再来するとは。


「えー? ミリナもアリサも詳しくないー? てゆーか勇者パーティーって解散したんじゃなかったっけ? それにあたし勇者サムリ様と重戦士クラウス様しか分からないんだけどー」


 二人でももう充分なのに、さらにもうひとりのゆるふわ系魔術師女子が話に加わってくる。


「あーターシャはそーいうの疎いからねー。そうそう、その勇者パーティーであってるよ! というか、サムリ様とクラウス様は、さらに力を付けるためにいったんパーティーを離れたんだよ? 知ってたー?」


 したり顔で勇者パーティー談義を始めるボクっ娘盗賊職。

 どうやらパーティー解散の報も方々の田舎に伝わっているらしい。

 

「そーだっけ? やっぱ、冒険性・・・の違いとか? でもそこのライノって人、有名人なんだよね? すごいじゃん! 王都もだけど、やっぱヘズヴィンって都会だよねー。やっぱ思い切って来てよかった!」


「ねー」


「ねー」


 女の子組が何やら合意を得たのか、三人で嬉しそうにコクコク頷きあっている。

 つーか冒険性ってなんだ。


「で? その元勇者パーティーの盗賊職のライノ様がなんスか?」


 おっと、ただでさえ小生意気な少年剣士の顔がさらに険しくなったぞ。

 なんか言葉もぞんざいな感じになった。


「……チッ」


 奥を見ると、もう一人の戦士職の少年も舌打ちしてこっちを睨んでる。

 どうやら女子組が俺を見て色めき立っているのが気にくわないらしい。


 まあ、気持ちは分からないでもないが……


 この街ヘズヴィンは周囲に多くのダンジョンがあるおかげで、なんだかんだで知名度が高い冒険者がゴロゴロいる。お陰で今まであまり人の目を気にせず過ごせてきたが……確か十代半ばの駆け出し冒険者には『元勇者パーティーメンバー』なんてキャッチーすぎる存在だ。クソ。安易に名乗るんじゃなかった。


 とはいえ、それはこれ。

 呼び止めてしまった以上聞くことは聞いておかねば。


「あ、ああ。今日は朝っぱらから随分と騒がしいみたいだが、何かあったのか?」


「ああ、そんなこと……ッスか。なんでも街のすぐ近くにでっかいダンジョンが見つかったってことで、冒険者ギルドでダンジョン攻略の依頼がめちゃくちゃ出てるらしいんすよ。それで俺たちも参加しようって、村から出てきたんすけど……つーかライノ……さん、あんたここ住みッスよね? 知らないんすか?」


 怪訝な顔で、しかし丁寧に状況を説明してくれる少年剣士。

 こいつ、生意気そうな顔と態度だが意外と素直な性格だな。

 言葉遣いはアレだが。


「ほるほど……いや、解散してからは、いろいろとやることが多くてな」


「まあ、なんでもいいッスけど。じゃあ俺たちもう行くけど、いいッスよね?」


「ああ、引き止めて悪かったな」


「……どもッス。おいお前ら、さっさと行こうぜ! 依頼、早い者勝ちだからな」


 少年剣士は軽く頭を下げると踵を返し、仲間を急かす。

 女の子たちは名残惜しそうにこちらを見ていたが、どうやら直接俺に話しかける勇気はなかったらしい。

 ミリナとかいうボクっ娘盗賊職シーフだけが遠慮がちに手をヒラヒラ振ると、仲間のあとを急いで追いかけていった。


 若者冒険者たちの姿は、すぐに雑踏に紛れて見えなくなった。





「…………」


 新しいダンジョンが発見された、か。

 俺は『彷徨える黒猫亭』に向かいながら、少年剣士の言葉を反芻する。


 ヘズヴィン周囲では、定期的に未踏破ダンジョンが発見されているからな。

 街の空気が沸き立つ感じになんとなく引っかかるものが無いわけではない。

 だがまあ、えてしてダンジョンが発見されたときは、いつもこんな感じだ。

 今回もそういうアレだろう。


 しばらく路地裏やら資材置き場やらを猫溜りなどを抜け、『彷徨える黒猫亭』も目前に迫った、そのとき。


「……ん?」


 狭い路地のそのまたさらに狭い路地の奥に、誰かがへたり込んでいるのが見える。遠目にだが、どうやら怪我をしているらしいことが見て取れた。

 急いで駆け寄る。


「おい、あんた。大丈……ぶ、か……」


 そこに居たのは、血まみれのボロボロの黒装束を着た男だった。

 腰には小太刀を差している。


 おいおい、こいつは……

 

 忘れもしない。

 昨日戦った妖刀使いじゃねーか!


 あのあと現場から姿を消したあと、ここまで逃げ延びてきたのか。


「…………お主は……昨日の、魔王……」


 声を聞いて意識が戻ったのか、男が顔を上げる。

 だが、こちらを見る目は虚ろだ。


「ぐ、ぬ……」


 呻き声をあげつつ腰の小太刀に手を掛けるものの、力が入らないのか抜くことができないらしい。


 腹の傷は癒えているように見える。

 だが息は浅く不規則で、荒い。

 かなり衰弱しているようだ。


「腹……減った……」


 がくり、と男の顔が下を向く。

 どうやら力尽きたらしい。


 ……空腹で。

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