第82話 歯の浮くセリフと甘々空間

「おかわりー! 次、これお願いしまーすっ」


「む。私もおかわりする。次はこの『海老いっぱい海鮮カリー』を所望する。……パレルモには負けない」 


「は、はい、少々お待ちくださいっ!」


 店に入るやいなや、パレルモとビトラの大きな声が聞こた。

 続いて、ペトラさんの声が店内に響き渡る。


「ペトラさん、悪いがもう二人追加で……」


「あ、ライノさん。お話、終わりましたかっ!? ううっ……す、すいませんけどすぐに厨房入って手伝ってくださいっ!」


 カウンター越しに厨房から顔を出したペトラさんが、俺の顔をみるや必死な形相でそうまくしたててくる。


 な、何があった……?


 よく見れば、幸せいっぱいな様子でカリーを頬張っているパレルモとビトラのテーブルには、所狭しと食べ終えたあとの皿が山のように積まれている。

 皿の枚数をざっと数えてみる。

 ひとりあたり十五人分は平らげている計算だ。


 し、しまった。

 こいつらの食欲を甘く見ていた。


「い、今そっちに行く。イリナとアイラは適当に座ってくれ」


「あ、ああ。そうさせてもらおうか」


「この子たち、遺跡の時から思っていたけど、ものすごい食欲だわ……」


 イリナとアイラがドン引きした様子で席に着くのを横目で見ながら、俺は急いで厨房に入る。


「すまない。待たせた」


 だが返事はない。

 ペトラさんは死んだ目でカリーを皿に盛り付けながら「ううう……たくさん注文出て嬉しいですが、こんな忙しいのは初めてですう……」とか「あの小さな身体のどこへこんなたくさんの料理が消えていくんですか……胃の中に無限収納魔術でも刻んでいるんですか……」とかブツブツ独り言を呟いている。

 すでに俺の声は耳に入っていないようだ。

 これはもう、手遅れのようだな……


「はあ、はあ……『野菜ごろごろカリー』と『海老いっぱい海鮮カリー』お待ちどうさま……です……」


 息も絶え絶えに、ペトラさんがワクワク顔の二人に皿を差し出す。


「わーい! じゃあ、今度はこの『マトンの挽肉カリー』くーださーいなっ! えーとえーと、トッピングのチーズは山盛りでおねがいしまーすっ!」


「む。私も同じのを。チーズの量はパレルモよりすこし多め。付け合わせの米とポテトは山盛りがいい」


「は、はい。少々……お待ち……下さい……」


 あっ。

 今、ペトラさん(の精神)が灰になった。




 ◇




「……ごちそうさま。美味しかったわ」


「馳走になった。ライノ殿、これは何という料理だ? ドロドロとした見た目に反し存外に美味であったが、近くの食事処でも貴族どもの晩餐でも見かけたことはなかったが」


 食事が終わると、イリナが持参したナプキンで口元を拭いつつ、店じまい中の俺に話しかけてきた。

 アイラもフードを深々とかぶったまま、コクコクと頷いてイリナと同調する。


 そういえば、パレルモとビトラが今日仕込んだほぼ全てを平らげてしまったせいで、二人にはメニュー表を出さずに作れるものを作って出したんだった。


「ああ、これは『カリー』だ。なんでも、先代がダンジョンで見つけた古代料理らしいぞ」


 俺は厨房のすみっこで灰のごとく真っ白に燃え尽き動かなくなったペトラさんの代わりに厨房の片付けをしながら、イリナに答える。


「ダンジョン、だと…?」


 イリナが変な顔になった。

 まあ、普通はそうなるわな。


「これがメニューだ。最初の方に書いてあるだろ?」


 俺はイリナにメニュー表を差し出した。


「ああ、なるほど。確かにそのような物語が書いてあるな。だが、それはそういう『触れ込み』というやつだろう? ……だがまあ、どこにでもあるごく普通の食事どころという位置づけから、そういった物語付けで頭一つ抜きん出ようとするのも悪くない戦略ではあるな」


 ぺらぺらとメニューをめくりつつ、訳知り顔で頷くイリナ。


 おっと、これは信じていない顔だな。

 まあ、俺も別に完全に信じこんでいるわけではないが。


「先代はそれなりに腕利きの冒険者だったらしいぞ」 


 俺は店の壁に掲げられた大きな魔物の角を指し示して言う。

 他にも、ダンジョンで狩ったとみられる魔物の牙や毛皮などが、年季の入った武具とともに誇らしげに飾られていた。

 パレルモとビトラが来襲する前にペトラさんが自慢げに語っていたが、そのどれもが先代が実際に狩ってきた魔物や使用していた武器だそうだ。


「ほう……これはまた立派な角だな。ミノタウロスだろうか? これほどの魔物を仕留めることが出来るのならば、少なくとも個人の冒険者ランクはB以上だったろう。となれば、ここの店主は本当に冒険者稼業から足を洗って、この土地に根を張った者なのか。……そう考えると、確かにダンジョン深層を彷彿とさせる奥深い味わいだったような気がするな」


 ……現金なやつだ。

 まあ、カリーを口に運んだ瞬間、浅黒肌の踊る古代人を幻視した俺も人のことをとやかく言えた筋合いではないが。


「つ、つの……ううっ、このままの姿だと、わ、私は狩りの対象だわ……」


 一方アイラは『角』というキーワードに過敏に反応して、フード越しに自分の角をそっと押えながらプルプルしている。


「ハハハ、心配などするなアイラ! お前に迫ってくるような不埒者は、片っ端から魔法剣のサビにしてくれるわ!」


 そんなアイラに、歯の浮きそうなセリフをキラリッ! と白い歯を見せながら言うイリナ。おまけに『腰に帯びた剣をポン』付きだ!


 ……前から思っていたが、コイツイリナは明らかに生まれる性を間違えている気がする。そう思わずにいられない漢っぶりだ。

 見た目はすこぶるつきの美女なんだがな……


 ちなみに俺がそんなセリフを無理にでも吐き出そうとしたら、代わりに血とか心臓とかを吐いて死ぬ。


「……アイラ。どんなことが起きようとも、お前は私が護ってみせる」


「ねえさま……っ!」


 ひしっ! と抱き合う姉妹二人。

 カリーのスパイシーな空気漂う店内が、甘々な世界に侵略されてゆく。


「…………」


 ……いや、まあ。

 

 元勇者パーティーという経歴を抜きにしても、Sランク冒険者の魔法剣士と半魔化して魔物並の身体能力を手に入れた治癒術師という最強タッグと対等以上に渡り合える猛者がこの街にどれだけいるかという話だ。


 もちろん、今の二人にそんな非情・・な現実を突きつけることはしない。

 俺は空気が読める男だからな。


 さて、黙って店じまいを続けるとしようかね。

 そろそろペトラさんも復活する頃合いだろうし。


 それと、まるまると膨らんだお腹をさすりながら、店のすみっこで動けなくなっている巫女様二人から食べた分の代金をきっちり徴収しておかねばなるまい。

 そうしなければ、今日働いた分の賃金が出ないからな。


 まあ、俺の渡した金なんだがな……

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