第74話 勇者パーティーは解散しました
「にいさま! こんなところにいたの。待ち合わせの場所にいないから、ずいぶん探したわ!」
「やあ、ライノ殿。遅れてすまない。その肉詰めパン、なかなか美味しそうだな」
遺跡での一件から一週間ほどが過ぎた、とある日。
俺がヘズヴィン商業区にある屋台街で遅めの昼食を取っていると、アイラとイリナが手を振りながらやってきた。
ようやくギルドでの用事が終わったらしい。
「しょーがねーだろ。これでも最初は真面目に待ってたんだ。お前らが遅刻したのが悪い。こっちはパレルモとビトラがいるんだぞ。昼時になってまで悠長に待ってられるか」
二人が指定した待ち合わせの時間は午前の早い時間だったが、それからさらに数刻は経過している。
もう昼時にしても遅い時間帯だ。
腹が減ったらメシにして、何が悪い。
ちなみにパレルモとビトラは、現在近くの屋台で焼き飯を注文中だ。
ここからでも屋台のあんちゃんのドン引き顔が見えるので、二人してアホみたいな量の注文をしているようだ。
問題は、俺が今座っているテーブル席に二人がゲットしてきた料理の数々が載りきるのか、ということだが……それを見越して、一番大きい席をキープしておいた。
屋台街の連中が設置した簡易テーブルだが、一応六人掛けだ。
おそらく大丈夫だろう。
「せっかくだから、我々もここで昼食をとるとしようか。アイラは何か食べたいものはあるか?」
俺の前に並ぶ料理の数々を見て、二人とも腹が減ってきたようだ。
イリナがそんなことを言い出した。
「そうね……あのお店の串焼き、とっても香ばしい匂いだわ。それにあの行列が出来ているドリンク屋台……最近ヘズヴィンで流行っている、黒スライムの卵入りのミルクティーですって! なんだか美味しそうだわ!」
黒スライムの卵ってなんだ胡散臭え。
「では、それにしよう」
イリナが屋台で料理とドリンクを買ってきた。
彼女自身には俺と同じ肉詰めパンとコーヒー、アイラには甘辛いタレに漬け込んだ羊肉の串焼きと件のミルクティーだ。
「…………」
見れば、ミルクティーの中にはなんか名状しがたい黒い物体が浮き沈みを繰り返している。本当に飲んでも大丈夫なのだろうか。
ドリンク売りさばいている屋台のあんちゃんもなんか頬に傷あるし、明らかに冒険者崩れだろ。しかもガラの悪い方の。
「ほら、アイラ。こぼさないようにな」
「ありがとう、ねえさま……このミルクティー自体も美味しいけど、浮かんでいるスライムの卵も甘くてモチモチでいい感じだわ!」
先に席についていたアイラがドリンクを一口飲んで、顔をパアッ! と輝かせる。
そうですか黒スライムの卵は甘くてモチモチでいい感じでしたか。
まったくもっていらん知識を身につけてしまった。
「しかし……俺が言うのもなんだが、本当によかったのか?」
「ああ、もちろんだ。しかし……解散届をカウンターに叩きつけたときの受付嬢とギルド長の驚きに満ちた顔ときたら……存外心地のよいものだ。ククク、ライノ殿も見せてやりたかったよ」
そう言って、イリナが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あれはねえさまが勢いよく書類をカウンターに叩きつけたせいで、ビックリしただけだと思うの……」
アイラは口ではイリナを
本日をもって、勇者パーティーは解散した。
とはいえ、それほど仰々しい話でもない。
ちょっとばかり名の売れた冒険者パーティーがひとつ、解散したというだけの話だ。
個人的な感想を言えば、サムリとクラウスだけでも続ければよかったと思うのだが……それは『けじめ』ということらしい。
正直、ヤツの脳内に『けじめ』なる概念が存在したという事実には驚くほかないが、まあイリナとアイラが居ないパーティーなど、サムリの中では勇者パーティーと認めることはできなかったのだろう。
そういう意味では、サムリにも多少は人間らしい一面があったということだ。
「……そういえば」
俺は近くの移動式カフェで買ってきたコーヒーを一口すすった後、あることに気づいた。
「サムリとクラウスの姿が見えないが……どうしたんだ? 別に連中とは待ち合わせの約束はしちゃいないが、なんだかんだで一緒について来るかと思っていたが」
「ああ、それはだな」
そういってイリナが苦笑しつつ、遠い目をする。
「クラウスがやけに張り切っていてだな……届出が受理されるやいなや、挨拶もそこそこにサムリ殿の首根っこをひっつかんで『武者修行の旅』とやらに出かけてしまったよ」
「そ、そうか」
やはり脳筋の考えることは分からん。
そもそも、弱くなったことの何がうれしいのやら。
付き合わされるサムリはまあ……いい気味だが。
「とはいえ、これが我々との今生の別れというわけでもないからな。ほぼ強制的に連行されたサムリ殿の心中はわからないが、クラウスにとってはちょっとした余暇くらいのつもりなのだろう。それに私とアイラは、この街に居るからな。二人が帰ってくれば、もちろん快く出迎えてやるさ。……今日はそのための第一歩だ。ライノ殿、よろしく頼むよ」
「私の希望通りの物件はあるかしら? できれば、魔術師ギルドに近い場所がいいわ!」
今日俺が二人と待ち合わせをしていたのは、皆でこの街にある物件を見て回る約束をしていたからだ。
「断言はできんが、あるんじゃないか? 以前魔術師が住んでいたような物件には、魔術工房を構えるだけの設備が整ったところもあるだろうからな」
ヘズヴィンの街は冒険者だけではなく、研究主体の魔術師も数多く住んでいる。
周辺に数多くのダンジョンが存在するこの街では、ヘタに王都に工房を構えるよりも貴重な素材も比較的簡単に手に入るからな。
ただまあ、俺たちが今住んでいる屋敷のように地下に古代遺跡付きの物件というのはそうそうないだろうが……
「さて、腹ごしらえも済んだことだ。早速不動産屋とやらに、案内してもらうか」
「ごちそうさま! はあ、黒スライムの卵、美味しかったわ」
イリナとアイラは腹がくちくなったのか、満足げな顔で席を立とうとする。
「ああ、そうだな。だが、実は俺の方からも頼み事があってな。案内はそいつを聞いてもらってからだ。いや、聞いてもらうぞ」
「……? ほかでもないライノ殿の頼みだ。いくらでも聞こう。だが、一体その頼みとは何だ?」
「にいさまの頼みごとなら、何でも聞くわ! も、もちろん夜の……」
アイラは顔を赤らめて何を言おうとしているんだ。
空気を読める俺は何となくその先が読めなくもないが、全然違うぞ。
「そうか、それなら俺もありがたい。頼みとは……あれだ」
そう言って、俺は視線を屋台の方に向ける。
「むふー、ここのお料理はどれもすっごくおいしいね! ライノもいっしょに食べよーよ!」
「む。目移りしてついたくさん買いすぎてしまった。ライノ、一緒に食べて欲しい」
そこには屋台で食事をゲットして、ほこほこ顔のパレルモとビトラがいた。
……両手一杯に、山ほどの食べ物を抱えて、こちらに戻ってくるところだ。
ビトラなんかは、持ちきれない分を召喚した植物に持たせている。
もしかしたらパレルモも《ひきだし》の中に持ちきれない分を収納しているかもしれない。
どう見積もっても、テーブルに載りきるかどうかすら怪しい量だ。
迷子になったりすると困るからそこそこの金額を小遣いとして渡していたが……まさかその全部を食事代につぎこむとは思わなかった。
「ライノ殿!? 我々はもう食事を済ませてしまったぞ!?」
「ちょっとにいさま! あの量を私たちだけで? 三十人分くらいあるわよ? 冗談でしょ!?」
「冗談だと思うか?」
俺の言葉に、イリナとアイラの顔がサーッと青ざめていく。
無論、この非常時に俺が冗談なんぞいうはずもない。
「イリナは病み上がりだろう? たくさん食べて、少しでも体力を付けないとな」
「まて……いくらなんでもあの量は無理だ……」
「む、ムリムリッ! あんな量を一度に食べたら、絶対太っちゃうわ!」
「大丈夫だ。食った分全部を魔力に変換する術式を開発すればいい。治癒魔術ならば、系統的に能力向上系の術式も存在するのだから、可能だろ?」
「そんな王国全女子の希望みたいな魔術、あるわけないじゃない!」
目を吊り上げまくったアイラの魂の慟哭が、屋台街にこだました。
……結局パレルモとビトラが買ってきた料理の大半を平らげたお陰で、アイラの体重が増えることはなかったということを、ここに記しておく。
まあ、俺も頑張って食べたしな。
◇ ◇ ◇ ◇
次話から3章となります。
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