第73話 遺跡攻略⑲ お断りします

「断る」


「そ、そうか! それならよかった! じゃあ、これからは…………んんんっ!?」


 俺のシンプル極まりない一言に、サムリの顔が一瞬パァッ! と輝き……すぐに困惑の表情に変わった。


「待てライノ。お前は今、何て言った? よく聞き取れなかった。『こんな俺でいいのか?』だったか?」


 こいつはロバの耳でも付いているのか。

 全然違うぞ。


「こ・と・わ・る、だ。これで聞こえたな? 分かったら寝ろ。夜が明けたらすぐに出発するからな。寝不足で倒れても知らんぞ」


「なぜだ!」


 だがサムリは俺の忠告を無視して、なおも食い下がる。


「この僕が、『勇者サムリ』が恥を忍んで頭を下げているんだぞ! それを断る? ありえない! そんなことはありえないはずだ! 大体お前だって、パーティーを抜けたのは本意ではなかったはずだ! あのときお前が見せた寂しそうな目を、僕はハッキリと覚えている! 勇者の眼を誤魔化すことなんてできないぞ!」


「断じてそんな事実はねーぞオイ!?」


 勇者の目、完全に節穴じゃねーか!

 もしかしてまだ、トレントの影響が残っているんじゃねーか? コイツは。


 つーかその『勇者』の看板はもう地に落ちて大分ドロドロのような気がするが……


「はあー……」


 俺たちのやりとりを遠巻きに眺めつつ、こめかみをぐりぐりと揉みほぐしているのはアイラだ。

 彼女の大きな大きなため息から、「あちゃー」とか「言わんこっちゃない」というニュアンスがハッキリと読み取れる。


 というかよく見れば、イリナとクラウスも互いに顔を見合わせ肩をすくめているな。

 アイラと同じく、二人にとってもこの結末は予想されたものだったららしい。


「……なあイリナ。言っちゃなんだが、あのときのサムリ、ライノに向かって思いっきり『ゾンビ野郎』とか罵倒してたよな」


「にいさまが『ゾンビ野郎』なら、私なんて完全に『ゾンビ少女』だったわ」


「うむ。それに激昂した上『謝れば許してやる!』と叫んでギルドの天井を聖剣で破壊していたな。あのあとギルド長に平謝りだったのは良い思い出だ。サムリ殿はぷりぷり怒って先に宿に帰ってしまったから、知らないだろうが……」


「三人とも少し黙っててくれないかッ!?」


 仲間全員からの予期せぬバックアタックに、サムリが悲鳴じみた声で抗議する。


 はあ……


「すまんが、もう決めたことだ。それに、俺にはもう大切な仲間がいるんだよ。そいつらを裏切ることはできん」


 そうとだけ言って、俺はたきぎの側ですやすやと眠る二人の少女に目をやる。

 パレルモとビトラ。

 彼女たちとの、さまざまな思い出が浮かんでは消え……


 浮かんでは、消え……


 んん?

 おかしいぞ。


 なぜか屋台巡りと、買い食いと、つまみ食いの記憶ばかりが俺の脳裏を満たしてゆく。

 というか、それ以外の思い出が浮かんでこないんだが……


 だが。


 そのどの場面でも、パレルモとビトラは幸せそうな顔をしている。

 嬉しそうに、俺の作ったメシや、屋台で買った串焼きを頬張っている。


 まあ、つまりはそういうことだ。

 俺はそんな二人を、ずっと眺めていたいのだ。


「ま、待てライノ、決断を急ぐんじゃない! というか何だそのほっこり顔は! そ、そうだ、パーティーの指揮はお前に任せよう! それに特別にお前の仲間二人も一緒にパーティーに入れてやろう! これだけの待遇ならば、さすがのお前も異論はないだろう?」


「サムリ。もう、いいんじゃねーか?」


 なおも食い下がるサムリの肩をぽんと叩いたのは、クラウスだった。


「なっ……なぜだクラウス! お前だって、ここまで戻る道中でイリナと一緒にダンジョン攻略におけるライノの役割について熱く語っていたじゃないか!」


 そんなことを話していたのか……

 照れるじゃねーか……HAHAHA。


 実を言うと、ここまでの道中ではあまり他の連中の会話に耳を傾ける余裕はなかった。

 疲れて爆睡しているパレルモを背負ってたからな。

 道中ずっと「焼き串……お鍋にステーキ……えへへ……もう食べられないよ……じゅるり」とか寝言を耳元で囁かれ続けたら、仮に両手が塞がっていたとしても、誰だって『心の耳』を塞ぎたくなるというものだ。


「サムリ殿。貴殿もすでに分かっているだろう。ライノ殿が首を縦に振ることはない、と」


「イリナ! お前まで仲間に対する想いを失ってしまったのか!」


 お前がそれを言うのか……


「そうではない。むしろその逆だ。ライノ殿の気持ちを考えるならば、当然のことではないのか?」


「でも!」


「それに、だ。実は私も、パーティーを抜けようと思っているのだ。アイラと共にな」





「……は?」


「……は?」





 サムリが凍り付いた。

 それは俺も初耳だ。

 あまりに予想外すぎて、このアホ勇者と声がハモってしまった。


「いや、別段サムリ殿に嫌気が差したというわけではないのだ。だが……すでにアイラと話し合って決めたことでな」


「それについては、私から説明するわ」


 少しバツに悪そうな顔になったイリナに変わり、アイラが前に進み出て、言った。


「ねえさまはビトラちゃんのお陰で元気になったわ。でも、それはあくまでも対症療法だわ。つまりねえさまは未だにトレントの根に全身を侵食されている状態なの。この状態では、以前の半分も力を出すことができないわ」


「それは僕やクラウスも同じだろう! それに、ビトラ……さんが言っていただろう? 彼女の魔術で生成された植物は、体内の魔力が枯渇しない限り半永久的にトレントを抑制することができるんだって!」


 そういえば、ビトラがそんなことを三人に説明していた気がする。

 まあ、香辛料屋に卸すビトラ謹製生胡椒の実とかも、別に消滅したりしないからな。


「それでも、このまま旅を続けて高難度ダンジョンに挑んだりすれば、なにかの拍子に魔力が枯渇することがあるかもしれない。そうなれば、再びトレントの侵食が始まってしまうわ。ねえさまを、そんなことで喪うわけにはいかないの。だから、ねえさまと私はヘズヴィンの街に留まって、完全にトレントを除去する治癒魔術の研究をすることに決めたの。それに、トレントに対する治癒魔術が確立されれば、サムリとクラウスだって元通りになるわ。悪い話ではないと思うの」


「私としても、サムリ殿の足手まといになってしまうのは本意ではない。この身体が治れば、また共に戦える日が来るだろう」


「…………そうか」


 そうまで言われれば、さしものサムリも黙るしかなかったようだ。

 ぐっと唇を噛みしめ、それ以上反論をしようとはしなかった。


 となれば、サムリの心配は残るメンツに移るわけだが……

 

「ク、クラウスはどうするんだ……? ま、まさか」


 サムリが縋るような目でクラウスを見る。

 さすがにちょっとかわいそうになってきたぞ。


「俺か? 俺はお前の剣の師匠だぞ? そんでもってサムリ、お前は俺の弟子だ。その関係は、お前が俺を打ち倒すまで変わらねえ! そうだろ?」


 だが、クラウスはあっけらかんとした顔で、ガハハと笑いそう言い放つ。

 どうやらクラウスは、サムリの元を去る気は毛頭ないらしい。


「クラウス……お前……」


 クラウスのズッ友ならぬズッ師宣言に、サムリが涙声になった。


「剣技はともかく、戦闘力はもう僕の方がずっと強いけどな……」


「それは言わねえ約束だ!」


 クラウスは気にした風もなく、さらに続ける。


「大体、だ! 弱体化ってのはそう悪くねえぜ? 体に枷が付いた状態? 上等だろ! それはつまり、俺らより強いヤツが増えたってことだ。逆にたぎってくるじゃねーか! いずれアイラが治してくれるみてーだしな!」


「お前はそういうヤツだったな……」


 言うまでもなくクラウスは脳みそまで筋肉戦闘狂だ。

 むしろ今の弱体化した状態を楽しんでいるらしい。

 俺には到底理解出来ない考えだが……本人がいいならいいか。


 サムリもクラウスの超絶脳筋具合に頭を抱えつつも、安堵した表情を見せている。


「よし、サムリ! せっかく弱くなったんだ! 俺たちは俺たちで武者修行の旅に出よーじゃねーか! うおおおぉ! こうしちゃいられねー! 手始めに感謝の素振り一万回だ! おいサムリ、なんかいい感じの木を見繕ってお前の聖剣で斬り倒してこい! 俺には素振り用の丸太が必要だからな!!!」


 素振り用の丸太ってなんだ。


「お、おい! クラウス待てって! お前病み上がりだろ! ちょっ、まっ、アッーー!?」


 弱体化してなぜかテンションがマックスになったクラウスがサムリの首根っこをひっつかみ、ものすごい勢いで森の奥に消えていった。


 う、うん。

 まあ頑張れ、サムリ。




 と、そんな感じで夜が更けてゆき……


 日の出と同時に、俺たちはそれぞれパレルモの出したワイバーン(首なし)に乗り込ぬと、ヘズヴィンの街へと戻ったのだった。

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