第40話 家探し
「いらっしゃいませ。『ヘズヴィン不動産』へようこそ! 今日はどのようなご用件でしょうか?」
大通りの一角にあるこぎれいな店に入ると、受付のお姉さんが話しかけてきた。
やたら愛想のいい笑顔だ。
「家を借りたい。ここはまだ空いてるか?」
俺は受付嬢に物件の書かれた羊皮紙を差し出す。
これは表の掲示板に貼ってあったものを剥がして持ってきたヤツだ。
掲示板には『ご自由にお持ち下さい』と書いてあったからな。
とりあえず、よさげなもののうち、『空きあり!』と書かれているものを持ってきたんだが……
「失礼します」
受付嬢は笑顔で羊皮紙を受け取ると、マジマジと眺めだした。
「どうだ? この物件がいいんだが」
すると受付嬢は「うーん」と唸りだした。
「この物件ですね。少々お待ち下さい。今、資料を取って参りますので」
と言い残し、裏の事務室に引っ込んでしまった。
「…………」
取り残された俺たちは、その場で待つことになった。
この『ヘズヴィン不動産』の店内は、実にすっきりとした佇まいだ。
表にある土地や館の売り情報を貼ってある掲示板以外は、ほとんど何もない。
店内には、お客用とおぼしきテーブルとソファがいくつか置いてあるだけだ。
だが、考えてみれば、それも当然だ。
ここはヘズヴィン界隈の土地や家の売買や貸し借りを扱っている店だから、当然のことながら商品は店内に存在しない。
土地や建物はその場から動かすことができないからな。
だから、ここには資料しかない。
そしてその資料とやらも、わざわざお客の目の前に出しておく必要がない。
バックヤードで保管し、来客の際に資料を引っ張り出してくればいいわけだし。
しかし、土地や建物を売り買いするなんて、面白い商売を考えつくものだ。
少なくとも、俺の故郷ではそんなものなかった気がする。
まあ、このヘズヴィンの街に比べればかなり田舎の方だったからな。
土地なんてどこか適当に住み着いて、小屋なり何なりを建てればそれで文句を言うヤツなんて誰もいなかった。
もちろん、冒険者として活動する中で、このような商売がある、ということは聞いていたし、だからこそこの店に来たわけだ。
そんなことを考えつつ、待つことしばし。
「どーもどーも『ヘズヴィン不動産』にようこそ! 私は店主のオズワルドと申します。お客様は冒険者のようですが、一軒家をお探しで?」
出てきたのは、イカツいオッサンだった。
手には、さきほどの物件が書かれた羊皮紙を持っている。
もちろん商人らしく人好きのする笑みを浮かべているが……
なんか顔に疵があるし、笑顔の奥にある眼光はやたら鋭い。
どう見ても、裏社会の人間にしか見えないぞ。
「あれっ? おねーさんがオヤジになった!? もしや……変化魔術?」
「ちげーよ! 失礼なことをいうなパレルモ」
「む。私なら、お姉さんからお姉さんに変化する」
「だから変化魔術から離れろ! つーかお前は外見がそもそもお姉さんじゃないだろ! いや、年齢的にはお姉さんだけど! パレルモを除いた今ここにいる誰よりも超お姉さんだけども!」
「あの、お客様?」
ぽかんとした顔の不動産屋のオッサン。
おっと。
このアホ巫女様どものせいで取り乱してしまった。
「ああ、すまない。……ほら、コレやるからあっちで静かにしてろ」
俺は腰のバッグから携帯食料の残りを取り出して、パレルモとビトラに与えた。
こういう時のため……というわけじゃないが、道中口寂しいときのオヤツだ。
もちろん二人にも同じものを持たせているが、ここに来るまでに全部食べ尽くしているのを確認済みだからな。
「わーい! これはドライフルーツだよ! ビトラ、あっちで一緒に食べよーよ」
「む。同意。この甘いものは私の好み」
二人は店の奥に移動した。
これでしばらくは静かにしてるだろ。
よし。
気を取り直していくぞ。
「……すまない。で、この物件なんだが」
と、さっきの物件を指し示して言う。
するとオッサンは申し訳なさそうな顔になって、こう言った。
「あーその物件ですが、ついさっき別の方に決まっちゃったんですよ! いやー申し訳ない!」
「は?」
「ちょうど先ほどきたお客さんが、その物件で契約してしまいましてね! 今あるのはこちらになるんですよ!」
マ、マジか。
多少希望から外れるところもあるものの、ギルドにも街の中心部にも近いし、部屋数もそこそこだし、そしてなによりもお手頃価格な物件だったんだが……
仕方ない。
「じゃあ、コレはどうだ?」
実はもう一枚剥がして持ってきていたんだった。
それを差し出してみる。
するとオッサンはイカツい顔にさきほどよりさらに悲しげな表情を浮かべ、
「いやー申し訳ない! そっちも契約済みでして!」
「いやおかしいだろ! なんで契約済みの物件が表に貼ってあんだよ!」
「すいませんねーお客さん。ちょっとした手違いでして。以後、気をつけますんで」
なんだ?
抗議したとたん、オッサンの態度がぶっきらぼうになってきたぞ。
「だいたいね、お客さんさあ。あんた冒険者でしょ? 仮にあの物件があったとして、あんな豪邸を借りるだけのお金持ってるんですかね?」
オッサンはカウンターの裏にあるイスにドカッと腰掛けて、足を組んだ。
つーかコイツ、今さらっとさっきの物件がないことバラしやがったぞ。
つーことはアレか。
いわゆるオトリ商品ってヤツか。
ちょっとあくどい商人がよくやる手口だ。
店頭のショーケースには見本用の良い品を出しておいて、それ以外は質の悪いものしか用意していない。
もちろん、その良い品というのはあくまで見本だったり、異常に高値だったりと、とにかく一切売る気がないのだ。
確かに条件がかなりいい物件だったからな。
街の中心部にも近く、冒険者ギルドのすぐそこ。
三階建ての頑丈な石造りで、各階にバストイレ付き。
広々としたオープンキッチン完備。
しかも貴族邸や王宮にしかない魔素灯まで付いて、なんと月々金貨一枚と小金貨五枚。
破格中の破格だ。
そんな物件、そんな激安価格で借りれるわけがない。
よしんば借りられたとしても、最低でも月々金貨十枚は下らないだろう。
まあ、そんなネタ物件につられた俺も俺だがな。
ちなみにもう一つの物件も似たようなもんだった。
「ウチは基本的にそれなりに稼ぎのある商人か、貴族様がメインのお客さんなんですよ。……まあ、冒険者でもSランクの方でしたらお貸しできますよ? 契約期間、保証金込みで全額前払いで、ですが」
ほーん。
確かに商人や貴族ってのは、金がある。
そしてその土地に根を張り、そこで生きていく連中だ。
対して冒険者は出自が貴族や商人でもない限り、いつ死ぬとも知れない金なしの根無し草だ。
だからまあ、オッサンの言い分は分かる。
だが。
「なるほど。話は分かったよ。じゃあ、つまり、だ。あんたの言い分からすると、冒険者は基本ムリ。だが商人ならば問題なく借りれる、ってことでいいんだよな?」
「ん? ああ、そうですねぇ。商人だったら別に問題ないですよ? もちろんお金があれば、ですけどね」
テキトーな感じで応答するオッサン。
冒険者だと思って、完全にこっちを舐めてるな。
まあいい。
「そうか。ならば、全然問題ないな。……ほらよっ!」
俺はさっき香辛料屋の旦那に発行してもらったばかりの証文をバン! とカウンターに叩きつけた。
「俺は商人だ。文句はあるか?」
「……ん? いや、商人だからって……こ、これは……!?」
オッサンはめんどくさそうに俺の出した証文をつまみあげ……しっかりと持ち直すと、目を剥いた。
証文を持つ手がワナワナと震えている。
「こ、これは『香竜屋』の証文だ。店主ハーバートさんの署名もある。ええと、透かしは……ある。あんた、一体何者だ?」
俺と証文の間で視線を何度も往復させながら、引きつったような表情になるオッサン。
は?
なんでそこであの香辛料屋が出てくる?
あのおっさん、そんな界隈に顔の利く人物なのか?
たしかに俺が商人だということは分かってもらえたみたいだが……なんだかそれ以上の衝撃を不動産屋に与えたらしい。
だが旦那のヤツは腰痛持ちにも関わらず変態的な動きをするだけのただの小太りのオッサンだぞ。
つーか旦那、ハーバートって名前なのか。
名前はカッコいいな!
腹出てるけど。
と、そうだ。
こういうときは商人にはハッタリが大事だったな。
「あ? 別になんでもねーよ。俺は確かに冒険者でもあるが、商人もやってる。この街の商人てわけじゃないがな。ハーバートの旦那にはまあ、世話になってる。おっと、そうだ。金もあるぞ。これだけあれば足りるだろ?」
俺はトドメとばかりに、ドン! と革袋をカウンターに置いた。
もちろん中身はさっき旦那に支払って貰ったばかりの金貨だ。
「…………失礼します」
口調が変わったオッサンがおそるおそる袋を開けた。
中身を確かめ、そしてしばし硬直。
まあ、分かるよ。
その中、全部金貨だからな。
それからオッサンはものすごい勢いで俺を見て、ものすごい笑顔になって、
「し、し、失礼しましたァーーーッ! 先ほどの物件については存在しないのでご紹介できませんが、代わりに誠心誠意、ご満足頂ける物件をご紹介させて頂きますので!」
と、ものすごい急角度で頭を下げられた。
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