第14話 ダンジョン探索に出かけた

『――イイィィィィッ!』


 甲高い威嚇音を発しているのは、俺の三倍はありそうな蜘蛛型魔物だ。

 巨大な牙を剥き、ダンジョンの通路の横幅いっぱいに両前脚を広げ、今にも俺に襲いかかろうと攻撃体勢を取っている。


 ここは祭壇の間から数えて、五階層ほど上のフロア。


 周りは白い糸で覆われており、その裏側には干からびた魔物の残骸や、おそらく数千年前のものと思われるおびただしい量の人骨が絡め取られているのが分かる。


 通路や地面には縦横無尽に粘着質の細い糸が張り巡らされており、一度触れてしまえばたちまち身体の自由を奪われ、なすすべもなくそこの蜘蛛型魔物の餌食となってしまうだろう。


 もちろん、俺がただの冒険者なら、の話だが。


 知覚と身体能力が常人の数十倍に引き上げられているうえ、スキル《時間展延》を発動した俺にとって、それらはなんら障害にならない。

 むしろ弱点をさらけ出したままのその姿は、俺にとって好都合だ。


 彼我の距離は、おおよそ三十歩。

 肉薄するのに、瞬きほどの時間すら必要ない。


「――スキル《解体》」


 張り巡らされた糸をかいくぐり、一瞬でその懐に入る。

 魔物の体表に現れた光の筋に沿って、長く伸ばした包丁を差し入れていく。


 抵抗感はほとんどない。

 まるで水を切っているような手応えだ。


『…………ッ!?』


 《時間展延》の効果が切れると同時に、蜘蛛型魔物は体節ごとにバラバラになった。

 自身に何が起こったのか分からなかったのだろう、一瞬だけ魔物の複眼が戸惑ったように赤く明滅したが、すぐに沈黙した。


「ふう。全然余裕だな」


「おおー。ライノ、すっごい! あっとゆーまだよっ!」


 後ろでパレルモが感嘆の声を上げた。


 最初にコイツラに遭遇したときは見た目の禍々しさと巣の凄惨な光景にドン引きしたものだったが、戦ってみればなんてことない、ただのザコだ。


 ただ問題があるとすれば、いずれコイツも食わなければならないということだが……


「しゃーないな。パレルモ、コイツも頼むわ」


「ほーい。じゃあ、《ひきだし》にしまっておくねー」


 おう、と返事して、その様子を見守る。

 パレルモが蜘蛛型魔物の近くに駆け寄り、なにやら呪文を唱える。

 するとバラバラになった魔物が光に包まれてゆき、その場から消滅した。


「さっきから見てるけど、それスゲーな」


 すでに数十体分のさまざまな種類の魔物が、彼女の魔術、《ひきだし》とやらの内部に格納されている。

 さっきの蜘蛛型魔物といい、結構な大きさの魔物を、数十体分だ。

 しかもまだまだ余裕があるらしい。


「えへへ」


 照れ笑いするパレルモ。

 なんかくねくねしててちょっと気持ち悪いぞ。

 やっぱり大蛇が乗り移ってんじゃねーのか。


 それはさておき。

 こうして二人でダンジョン探索に出て、分かったことがある。


 パレルモは時空魔術の使い手だ。

 さっきの《ひきだし》のほか、


 《どあ》

 《ばーん! てなるやつ》

 《ごみばこ》


 などがあるらしい。

 本人がアホなのでイマイチ要領を得ないが、実際に見せてもらったところ、


 《どあ》はごく近距離の転移魔術、

 《ばーん! てなるやつ》は空間断裂魔術、

 《ごみばこ》は《ひきだし》と同じく亜空間生成魔術だった。


 ちなみに広間のゴミやホコリは《ごみばこ》で亜空間に捨てていたらしい。

 大蛇の残りは、とりあえず《ひきだし》に入れて保管してもらっている。


 多分、《ひきだし》と《ごみばこ》は別の空間を生成するものの、同じ魔術だと思う。


 時空魔術は、古代文明の魔術だ。

 ごくまれに遺跡から時空魔術が記述されたスクロールが発見されることがあるが、たいていは魔術師ギルドが超高額で即座に買取り、封印してしまうと聞いた。

 いわゆる禁術というやつだ。

 少なくとも、俺の知っている高名な魔術師でも使えるヤツは聞いたことがない。


 もっとも彼女の生まれた時代を考えれば、別に不思議ではないのだが……


 時空断裂魔術も亜空間生成魔術も、運用次第では重騎兵一個大隊を瞬殺できるレベルの殺傷能力がある。

 これは、パレルモたった一人で、小国程度ならば容易く攻め滅ぼせるということを意味する。

 文字通りの人間兵器だ。人外だが。


 要するにパレルモは、挑戦者とやらにいいように虐待されていた理由が全く思いつかないレベルで強力な魔術師なのだ。

 だが、この人なつこい天真爛漫な性格のパレルモのことだ。

 そもそも自分の魔術で、他人に危害を加えるという発想がないのだろう。


 それを思うと、過去にいた挑戦者という存在の悪辣さに吐き気を覚える。

 が、それも数千年前のことだ。

 もう、彼女を傷つける連中はいない。


 とりあえず今は、大量の狩った魔物を持ち歩かなくて済むから楽でいい。

 それだけが分かれば十分だ。


 通路、狭い場所もあるしな。


 最初パレルモがダンジョン探索に付いてきたいと言ったときはどうしようかと思ったが、いつ魔物に侵入されるか分からない広間で一人でいるよりは、俺の側に居た方が安全だと思ったのだろう。

 実際、彼女の魔術は役に立っているし、それで大正解だった。


 で、肝心のパレルモといえば、


「ライノ、すっごく強いね! さすが魔王さまだよ! ねえねえ、次はどんな魔物が出てくるかなー?」


 と興奮気味に胸元でぎゅっと両手に拳をつくり、キラキラした瞳で俺を見つめている。

 ものすっごい期待に満ちた目だ。

 その様子はまるで子犬だな。

 見えない尻尾がパレルモのお尻あたりに幻視できる。

 犬だか蛇だかよく分からん生き物だな、コイツは。


「そうだな、もうちょっと先に進んでみようか」


 次は魔物よりハーブ的なものが生育している場所があるといいんだが……


「うんっ! じゃあ、あっちー。でっかい魔物がいるよー」

 

 言って、パレルモがてててっ、と先に駆け出していく。

 ……あれ?


「おいパレルモ、ちょっと待て。お前……魔物の位置、わかるのか?」


「なんとなくだけど、分かるよー?」


 それって、スキル《気配感知》のことか?


「パレルモ、その魔物ってどういう風に見える?」


「なんか、うねうねのでっかい影が見えるよー」


 なるほど。

 これはおそらく《熱源感知》の方だ。

 《気配感知》ならば、魔物の気配が光点のように感じられるハズだからな。


 やはり、彼女はニーズヘッグを食べたことによりスキルを取得したようだ。

 他のスキルも同じように取得しているのか?

 いずれ検証したいところだが……


 《物理攻撃耐性》や《魔法攻撃耐性》などは彼女の最初の状態が分からないから、取得しているか否かを判断するのは難しい。

 だからといって一番客観的に判断が容易な《猛毒無効》を試すのは、彼女の境遇を考えるとやりたくない。


 何か、判別できるスキルか魔術があればいいんだが……

 まあいい。

 今は、先にいる魔物を狩る方が優先だ。


 俺のスキル《気配感知》でも《熱源感知》でも、この通路のずっと奥に巨大な魔物がいるのが分かる。

 この《熱源感知》は《気配探知》の亜種スキルと考えていいだろう。


 通路の先にいる魔物は体温がほとんどない。

 黒い影としか認識できないが、うねうねとした動きがあるから周囲との差で、それが魔物と判別できる。


 うねうねとしているならば、不定形スライムか、植物系の魔物だろう。

 まあ、《時間展延》と《解体》があれば特に問題ない。


「じゃあ、いくか」


 俺はパレルモの後を追ってダンジョンの奥へ進んでいった。




 ◇



 

 ――ビュン!


「うおおっとぅ?」


 植物型魔物のムチのようにしなる触手が、俺のすぐ側を高速でかすめてゆく。

 さらに、もう一撃、二撃、三撃……数えきれんな。


 一瞬のうちに数十、いや数百にも及ぶ触手が襲いかかってくる。

 その光景はまるで槍衾ファランクスのごとし、だ。

 だが俺はそれら全てを躱し、包丁で斬り落とし、なんとか凌ぎきる。


 一瞬遅れて、背後からガラガラと壁が崩壊する音がした。


 おお。

 かなりの速度と攻撃力だ。

 いわゆる飽和攻撃というやつだな。


 こっちは《時間展延》を発動しているからいいものの、普通の人間ならば反応すらできず蜂の巣だ。


 通路の先にあった祭壇の間に似た広間に足を踏み入れたと思ったら、これだ。

 広間の中央にあった蔦というか、緑色をした巨大な触手の塊が鎮座していた。


 俺の制止も聞かず「大丈夫だよー」と先に広間に入ったせいで触手に絡め取られ、あわや魔物の胎内に取り込まれそうになったパレルモを慌てて助け出した。


 で、それに怒ったのか、発狂したように大量の触手を繰り出して俺に攻撃を加えているというのが、現状だ。


「ライノっ、横、よこっ」


「おう、見えてる!」


 背後で見守るパレルモが叫ぶと同時に、液体弾が多数の触手から射出された。


 これは大きめに身体を躱す。


 ――ジュジュジュジュジュッ


 俺を捉えそこなった液体がまたしても遠くの壁面に命中し、嫌な音とともに壁を腐食させていく。


「っぶねー……」


 強酸は、《物理攻撃耐性》スキルで防御できるんだろうか?

 正直、あえて試したいとは思わない。

 ああはなりたくはないからな。


 俺は魔物の腹に当たる部位を見て、心の中で呟く。


 そこには、半透明の薄膜に覆われた胎内を満たす、黄褐色の液体が見える。

 その底に沈殿するのは大量の魔物のものらしき骨だ。


 ついでに、消化途中とおぼしき魔物の残骸が液体の中で浮き沈みしている。

 正直、かなりエグい絵面だ。


 一刻も早くこの冒涜的な姿の魔物を倒してしまいたい。


 しかし……


「ライノ、頑張ってー」


 後ろで応援してくれるパレルモが無傷なのはありがたい。

 俺は冒険者だし、ダンジョンでの戦闘経験はそれなりにある。

 だから、自分の能力を過信しない。


「攻撃力が、足りないんだよなあ」


 それが俺自身の問題点だ。


 今持っている包丁は、攻撃力の面では申し分ない。


 ただし、それは一対一でのことだ。

 一体多数だと、どうしても火力が足りない。

 理由は単純で、俺の腕が二本、包丁が一本、それだけだからだ。


 それに、俺の使える魔術もスキルも、攻撃用のものがない。

 死霊術にしても、死体をゾンビ化して戦わせる以外、運用用途がないし……


 ……うん?


 あっ。


 そういえば死んだ魔物ならば、大量にいるじゃねーか。

 俺としたことが新しい力にかまけて、こんな単純なことを忘れていた。


「パレルモ!」


 俺は無数の触手を包丁で迎撃しつつ、背後のパレルモに向かって叫ぶ。


「なーにー?」


「今ここに、《ひきだし》に入ってる魔物を全部出せ!」


「なんでー? もったいないよー」


 パレルモの不満そうな声が耳に届く。

 クソ!

 あの食いしんぼうめ!


「あとでまた狩ってやるから! いいから早くしろ! 全部だぞ、全部!」


「えー。でもライノがそう言うならー」


 しぶしぶといった声だが、すぐに大量の物体が現れる気配が背後でした。

 よし!


 攻撃が途切れたのを見計らって、俺はパレルモの側に戻る。


 蜘蛛型魔物十体、ほかの蟲型魔物もろもろ二十体、目玉に触手が付いて浮遊しているヤツが四体、それにニーズヘッグと鳥型魔物が二体ずつ。

 しめて三十八体か。

 それでも、かなりの数だ。

 もちろん、バラバラに解体したものは除外しての数だ。


「よっしゃ。魔王やその巫女の力も確かにスゲーが、死霊術師の本気も見せてやるぜ!」


「へっ? シリョージュツシ? 何?」


 ぽかんとするパレルモ。

 ……まあいいや。


「――《クリエイト・アンデッド》

   《リインフォース・アンデッド》

   《アンデッド・リジェネレーション》」


 仄暗い光が、魔物の死骸を包み込む。


 キシキシキシ――

 ズズン――


 ゾンビと化した魔物の大群が次々と起き上がり、広間を埋め尽くした。

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