第12話 大蛇肉の盗賊焼き(古代遺跡風味)

「入るぞ」


 踏み入れた部屋の中は、薄暗い。

 照明は、何本かある蝋燭の明かりだけだな。

 部屋の壁にはゆらめく影が長く伸びていて、なかなか雰囲気がある。


 目が慣れてくると、だんだん中の様子が見えてきた。


 パレルモの部屋を一言で表現すると『魔女の部屋』だ。

 まあ遺跡の……それも『魔王の』巫女だし、大体同じようなものだな。


 机、イス、寝床に大量の小物や書物が突っ込まれた棚と、一通り(?)の家具類が置かれている。

 床には乱雑に書物が積まれており、ちょっとした塔を作っている。


 塔の一番上に開いたまま置かれている書物は、読みかけということかな。

 装丁からすると、何かの魔導書のようだ。

 暗くて背表紙の文字が見えづらいが、古代魔術に関するものだろうか。

 遺跡で見つかる魔導書は貴重だから、あとで読ませてもらおう。


 掃除は行き届いているようで、埃臭くはない。

 このあたりは掃除好きらしいパレルモの性格がよく表れているというべきか。


 ……正直思っていたよりは、普通の部屋だ。

 もっと、人間味の薄い殺風景な部屋か、魔物のねぐらみたいのを想像していた。


 まあ確かに、人(人外を含む)が定住する以上、なにがしかの生活空間は必要だろう。

 まさかパレルモだって、広間や包丁の手入れが終わったら広間の隅っこで膝を抱えて次の掃除の時間を待っているなんてことはないだろうし。

 それじゃ、ゾンビかゴーレムだからな。


 しかし……

 こんな古代遺跡の最奥部に人が住める場所が設けられているというのは、なんというか、俺のダンジョンに対する認識がおかしくなりそうだ。

 基本、ダンジョンは人をエサとしか見なさない魔物が蠢く、危険な場所だからな。

 とても人間が暮らしてゆける環境じゃない。


 そうだ。

 『暮らしていける』というその一点において、この部屋には欠落しているものがある。

 そして、それが今まさに俺が探しているものだ。


「で、台所はどこだ?」

 

「あそこだよー」


 パレルモの指が、部屋の隅にある書棚に向けられた。

 分厚い本が全段にみっしり詰め込まれている、ものすごく重たそうなヤツだ。


「あれは書棚だ。俺は料理のレシピが知りたいわけじゃない」


「違うってー。あの書棚の裏! わたしは食べる必要がないから、封印しちゃったの!」


「はあ? 何も食べないで? お前、三千年くらい生きてるんだよな?」


「そーだよ? でも、あれ? ライノにそのこと言ったっけ?」


「包丁を抜く前に言ってたろ」


「んー? そうだったっけ。でも、たまに水場でお水は飲んだりするよ?」


 あっけらかんとした顔で、パレルモが言う。

 何をそんなに驚いているの、とでも言わんばかりの表情だ。


 人外だとは思ってたが、食料を必要としないのか。

 それはもう、不老不死とかそういうレベルだろ。


 近くで魔物を狩って生きるにはさすがに戦闘能力がなさすぎるとは思っていたが、それなら合点がいく。

 もっとも、彼女が不老不死な時点で、合点がいくもいかないもないのだが……


 それはさておき。


「あの奥が台所だな? 悪いが、書棚はどかせてもらう」


 言って、俺は部屋の隅にある重そうな書棚を横にずらした。

 魔王(?)の力のお陰か、書棚は見た目よりすんなり動かすことができた。


 書棚の奥にはパレルモの言っていたとおり、古ぼけた扉があった。

 扉には、鍵は付いていないようだ。


「じゃあ、開けるぞ」


 ノブにぐっと力を入れる。

 錆付いているのか多少抵抗があったが、想像していたよりはすんなりと回すことができた。

 ギイイと音がして、ドアが開く。


「埃臭っ! って、中暗いな」


 まあ、ずっと使っていない地下の部屋だからな。

 中は真っ暗だった。


「あ、多分その部屋は魔素灯がついてるよ? ちょっといいー?」


 言って、パレルモが暗い部屋に滑り込む。

 ほどなくして、「あった!」という声とともに明かりが点いた。


 おお、暖色系の魔素灯だ。

 天井から吊っているタイプだな。

 貴族の屋敷や大きな街の冒険者ギルドとかでは見たことがあるが、個人宅(?)での運用は初めて見る。

 

「一応、ひととおり揃ってはいるんだな」


 中は、パレルモの部屋より少し狭い。

 板張りの床に、テーブルとイス。壁には戸棚付きの食器棚があった。

 ここは、ダイニングのようだ。

 奥にはキッチンが見える。


 光や風雨に晒されない遺跡内部だからか、家具類はしっかりとしている。

 多少埃を被っているが、きちんと掃除をすればすぐに使えるだろう。


 キッチンに入ってみる。

 ダイニングに面して、コンロがいくつか並んでいる。

 ……おお、これはすごい。

 これは魔力を注ぎ込むことで起動する、発火石仕様のコンロだ。


 発火石は一定量の魔力を込めると燃焼する性質があるからな。

 いちおう貴石の類だから、これはなかなかの贅沢品だな。


 この手の設備はごくまれに遺跡型ダンジョンの奥で見つかったりするが、たいてい壊れていて使えないからな。

 残っていれば、値打ちのある発火石だけ抜き取っていくことが多い。


 さて、こいつはどうだろうか。

 引火しないように念のためコンロの上辺の埃をぬぐったあと、側面にあるノブをひねり、軽く魔力を流し込んでみる。

 

 カチッ

 チチチチチチ……ボッ


 おお、点火した。

 完動品を見るのは初めてだ。


 これで、燃料代わりの松明を抜き取ってくる必要はなくなったな。

 あとは、何か調味料か香辛料があればいいんだが。


 そう思ってキッチン内を見てまわる。

 コンロの隣はシンクだ。

 ここまで水は引かれているかは分からないが、広間に水場があるから問題ないだろう。


 他の棚を調べてみると、鍋、フライパン、計量カップにまな板、包丁などが見つかった。

 さらにありがたいのは、瓶に半分ほどの残った火酒が棚の奥から見つかったことだ。

 数千年前のものと思われるが、強い酒は腐らないからな。ありがたい。


 ひとまず、調理器具はだいたい揃っているようだ。

 もっとも魔物を捌くのなら、祭壇の包丁を使った方がよさそうな気がするが。


 そうだ、まだ見ていない場所があったな。

 それは、コンロの下にある引き出しだ。


 引き出しを開けると、たくさんの小瓶が入っていた。

 ほとんどは空っぽだったが、いくつか中身の入ったものがある。

 そのうちの一つに白い砂のようなものが詰められているものがあった。


 これは……まさか。

 はやる気持ちをおさえつつ、蓋をあけ、中身を少しだけ手の平に出す。


「大丈夫だ。さっき、スキル《猛毒無効》を獲得したしな」


 少々その効果に不安があるが、ここは信じるしかない。

 どのみち、試さないワケにはいかない。


 意を決して、少しだけ舐めてみる。


 しょっぱい。塩だ!


「よし、よしよしよし!」


 胸の奥から、何かが沸き立ってくるのが分かった。

 落ち着け、俺。


 他も調べる必要があるな。

 小瓶を一つ一つ取り出して見ていく。


 お、これは甘い。砂糖だ。

 こっちは……葉っぱのようなものが入っているな。

 蓋を開けてみると、清涼な匂いが漂ってきた。

 これは、ハーブだ!


「おお!」


 思わず声が漏れる。

 これで肉の臭みを取ることができそうだ。


 他も、よく見れば全部調味料や香辛料の類いだ。

 ニンニクチップに乾燥トウガラシ、このへんじゃ珍しい胡椒もある。


 他にも見たことのないものがあるな。

 この黒い液体や、茶色のペーストは調味料なのか?

 これらはあとで試す必要があるな。


 いずれにせよ、残った小瓶の中身は全部、このまま使えそうだ。


 ん?

 でも、なんでだ?


 この調味料類は間違いなく数千年前のもののはずだ。

 いくら保存状態が良かったとしても、即使える状態のままなのはおかしい。

 

 もしかして、何かの魔術か?

 そう思って引き出しの奥を見てみると、魔法陣が刻まれているのが見えた。

 これは……見覚えがある。


「死霊術……防腐の魔術? ……そうか」


 なんでこんな場所に……と考えて、すぐに思い当たった。

 防腐の魔術の本質は、腐敗を遅らせることだ。

 この術の行使で、ゾンビの使役期間をほんの数日ほど延ばすことができる。


 ただ、術の行使に大量の魔力を消費するわりには、伸ばせる期間が少ないので、ほとんど死に魔術と化していたのだが……


 この設備のとおり安定的に魔力が供給されており、かつ効力を及ぼす範囲を極力少なくすれば、長期間の運用が可能ではある。

 もっとも、その安定的に供給されている魔力がどこから来るものなのかは現時点では不明だ。まあ、どこからだろうとここは古代遺跡だからな。

 俺たち人間の常識が通用しなくても別に驚くことじゃない。


 しかし、死霊術を食料の保存に使うという発想はなかった。

 ゾンビと食料。

 あまりにも、真逆の考え方だからな。


 この設備を作ったヤツは完全に頭がイカれているか……それとも、俺たちが『死霊術』と呼んでいる術そのものが、古代においては全く別の運用方法をされていた可能性があるな。

 まあ、それついてはあとでじっくり考えればいい。


 今はなによりもまず、あの大蛇肉を全部食うことが先決だ。




 ◇




「よーし、調理していくか」


 さっそく、台所に持ち込めるだけの肉を持ってきた。


 俺はまず、大蛇肉を拳大にぶつ切りにし、水にさらしてぬめりを取った。

 一口大ではなく拳大にしたのは、食べ応えを重視してのことだ。

 それから黒い液体調味料、火酒、細かく砕いたハーブと塩、砂糖、胡椒、ニンニクチップを合わせた調味液にしばらく漬け込んでおく。


 この二工程で、肉の臭みはかなり抜けるはずだ。

 黒い調味液は味見をした結果、かなり塩味の強いソースだということが判明した。

 独特の風味と旨味があって、なかなかどうして肉に合いそうな気がする。


 しばらく待ったのち、調味液から大蛇肉を取り出し、そのまま熱したフライパンに投入する。最初は大蛇の皮の裏に蓄えられた脂肪を油にしようと思ったが、よく考えると臭みの大半はあの脂肪分にあった気がする。

 だから、今回は使わず直接焼いていくことにする。


 それと、俺は二つ目のコンロに火をおこし、もうひとつフライパンを用意した。

 こっちには先ほどの調味液を移し、煮詰めていく。

 これは、肉にかけるタレだな。


 しばらくすると、じゅうじゅうと香ばしい匂いが漂い始めた。

 食欲を刺激する、なんとも魅惑的な香りだ。


「わあ、すっごくいい匂いがするよー」


 それまで俺の行動を黙って見ていたパレルモが鼻をひくつかせ、声を上げた。

 パレルモの爛々と輝く瞳は、俺の手元のフライパンに釘付けだ。


 なんだ、三千年もの間何も食べずに生きてきた割には興味津々じゃないか。

 肉は山ほどあるからな。

 例の光る文字……数字の端数くらいなら、パレルモに食べさせたところで問題ないだろう。多分。


「まあ、もう少しまってろ」


 言って、俺はフライパンの肉をひっくり返していく。

 いい感じに焼き色がついてきたな。

 念のため、中まで火を通しておこう。

 

 お、調味液はそろそろだな。

 俺は煮詰まりどろっとした調味液をボウルに移し替えた。


 それが終わったら、今度はフライパンから肉をひとかけ取り出して、包丁で二つに切って火の通り具合を確かめる。

 よし、中まで火が通ったな。

 俺は肉に煮詰めた調味液――タレを絡ませたあと、さらにフライパンで焼き、軽く焦げ目を付ける。それを二三度繰り返して、しっかりとタレの味を肉に染みこませる。


 ちなみにこの調理法は街の屋台のおっちゃんから暇つぶしがてら聞き出したものだ。

 もちろん本来は鳥肉を使うものだが、大蛇肉も鳥肉に近い肉質のようだったからな。


 そういえばサムリたちは腐っても貴族だから、こういうジャンクな食べ物を食べようとはしなかった。

 だが俺はダンジョン攻略の後などに、たまに一人で街に繰り出しては、屋台メシを食べ歩いたものだ。

 ……が、ここに来てその知識が役に立ったな。


「よし、これで完成だ」


 棚から出してキレイに洗った皿に、焼きたての肉を盛り付けていく。


「わあー!」


 パレルモが歓声を上げた。

 おう、頑張って作った甲斐があるというものだ。


 まずは、味見といこうか。


 俺は先ほど二つに切った肉にこれまたキレイに洗ったフォークで刺すと、一口囓ってみる。


「……うめえ」


 臭みはほとんどなかった。


 噛みしめるたびに肉からじゅわりと溢れ出る、滋味。

 胡椒、ニンニクをはじめとした香辛料をふんだんに使ったタレの、芳醇な香り。

 それらが渾然一体となり、俺の腔内に優しく広がっていく。


 ほどよく火の通った大きめの肉は歯ごたえがあるが、しっかりと噛みきることができ、これがまた肉を食う喜びを再確認させてくれる。


 しっかりと咀嚼し、ゴクリと肉を呑み込めば、鼻からは焼き上げた香ばしい肉とハーブの香りが抜けて行った。

 俺はその余韻に浸ったまま、ほうっ、と深いため息をついた。


 悪くない。

 空腹に苛まれる中とはいえ、これは悪くない。


 即興とはいえ、これほど魔物の肉を美味しく調理できるとは。


「ねえねえライノ、わたしもお肉、食べていーい?」


 一連の流れをじっと見ていたパレルモが、たまらず、と言った様子で声をかけてくる。


「おう、いいぞ。これはかなり上出来だ。お前も食べるの手伝ってくれ」


 俺はパレルモに肉を盛った皿を差し出す。

 が、パレルモが首をふった。


「んーん。わたし、それがいいの」


「……は?」


 パレルモはススッと歩み寄ると、俺の持つフォークをたぐり寄せ、大きく口を開けて肉にかぶり付いた。


「はむっ」


「お、おい、別にこんな食べさしじゃなくても……」


 と言いかけるが、


「んんー! あふっ、あつっ、おいしーっ!! なにこれっ、なにこれー!」


 パレルモの瞳がキラキラと輝き、はふほふと肉を食べる様子を見ていると、そんなことを咎める気も失せてしまった。


 ま、この子が嬉しそうに食べてくれるなら、まあいいか。

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