第2話 依頼を探してみる

「す、すまんライノ。ついさっき盗賊職シーフ魔術師メイジも応募が埋まっちまってな。ま、また今度空きが出たら頼むわ」


「お、おい待てって――」


 翌日。

 俺は新しいパーティーに加入すべく、冒険者ギルドの『仲間募集』の掲示板の前に来ていた。

 そう、来ていたのだが……


 募集を掛けている連中にことごとく断られ続けていた。


「クソ! 一体なんだってんだよ!」


 俺は『冒険者仲間募集中! 求む盗賊職。多少の魔術を使えるとなおよし。』と書かれた紙を、近くのテーブルにバン! と叩きつけた。


 最後に声を掛けた連中は、顔なじみの冒険者たちだったはずだ。

 サムリたちと一緒にいたころ、何度か合同で依頼を受けたこともある。

 それが、俺が募集の紙を剥がして持って行った瞬間、顔を真っ青にしたあげくコレだ。


 そういえば、ギルドの建物に入ったときからあちこちでヒソヒソ声が聞こえていたんだよな。


「おい、アイツ盗賊職じゃなかったのか?」


「死霊術師なのを隠してたらしーぜ。人は見かけによらないってホントだぜ」


「みんなのアイドル、治癒天使アイラちゃんをゾンビ化して好き放題操ってたらしいぞ」


「うわあ。ライノってそういう趣味だったのかよ……」


「なんてうらやま……不埒な真似を! 許すまじっ!」


 お前ら聞こえてんぞ。

 というか、アイラってそんな人気だったのか。

 まあ確かに、細くてちんちくりんだし、護ってあげたくなる感じは分からないでもない。

 職業からして癒やし系だしな。


 だが俺の好みはもうちょっと肉づきがよくて……って、そんなことはどうでもいいな。

 ともかく、俺に死体愛好趣味はない。

 生きてる女の方がいい。絶対にだ。


 しかし、すでに俺が死霊術師だということがギルド内に広まっているようだ。

 あの大騒ぎだからな。無理もないが。


「…………」


 声のした方をじろりと睨むと、こちらを見ていた連中がサッと目をそらした。

 ギルドに併設されている酒場で毎夜暴れている屈強な戦士や、強力な魔術を使う魔術師たちがそろいもそろって、だ。


 なんだよ、死霊術師はそんな忌避される職業なのか?

 まるで罪人でも見るかのような目だ。

 アンデッドや死そのものに関する術が多いとは言え、ギルドで認められている、れっきとした魔術師職の一種だぞ。

 それに、死霊術は死人を操るだけの魔術ではないからな。


 ダンジョンで果てた冒険者の霊魂を喚び出してトラップの在処を尋ねたり、倒した魔物をアンデッド化して操り同士討ちさせたりと、ダンジョン探索における死霊術の利便性には枚挙の暇がない。

 ダンジョン探索時の盗賊職のサブスキルとしては、かなり使い勝手がいいのだ。


 しかし、このままじゃ当分は俺を雇ってくれたり、仲間に入れてくれるパーティーはいなさそうだ。誠に遺憾ではあるが、これはほとぼりが冷めるまで待つしかないか。


 はあ……


 しかたない。

 俺は単独でこなせる依頼を探しに、掲示板のもとに向かった。




 ◇




 依頼掲示板は、受注カウンターのすぐ隣にある。

 見れば、依頼は掲示板をびっしり埋め尽くすほどあった。


 いつもなら、それらのうち適当な依頼書をむしり取って、受注カウンターまで持って行けばそれで受注完了だ。


「ぐぬぬ……」 


 だが、俺はそれらを睨み付けながら、唸るしかなかった。

 なぜなら……


『近くのダンジョンから現れ、村の家畜をさらうトロル数体の討伐依頼です。

 トロルの肉体再生能力を封じる必要があるため、傷を焼く火焔また魔術、あるいは凍結させる氷雪系魔術を行使できることが条件となります。

 激しい戦闘が予想されるため、Cランク冒険者パーティー以上を推奨。

 依頼主:リスル村長 ハンネス』


『二ヶ月前に当領ヘケリス地方で発見された遺跡の調査依頼。

 未知の魔物との遭遇が予想されるため、複数の冒険者パーティーを募集。

 なお、探索は騎士団員との合同となる。留意されたし。

 依頼主:王都聖騎士団長 エーベルハルト・ヴェルナー』


『隣の領地にあるヘルニルの街までの護衛依頼です。

 北方の山脈を越えるため、耐寒装備が必須となります。

 またここ最近、道中で盗賊団による襲撃が相次いでいるため、今回も盗賊団との戦闘が予想されます。

 このため、前衛職が複数名いるCランクパーティーを三組募集します。

 依頼主:ヘズヴィン商工ギルド交易隊』


 パーティー、パーティー、パーティーときたもんだ。

 農作物の収穫手伝いや荷運び、森に生育する薬草の採取依頼など、単独でもこなせるものが見当たらない。


 が、これは当然と言えば当然なのだ。


 ここヘズヴィンの街は、近年周辺にいくつものダンジョンが発見されたことにより、寂れた小さな宿場町から、人口数万人を擁する都市にまで急速に発展した。


 未踏破のダンジョンには、手つかずの財宝や希少な動植物や魔物が存在する。

 一攫千金を夢見る冒険者たちがこの街に大挙して押し寄せるのは、必然だった。


 だから、この街の冒険者ギルドはいつもたくさんの冒険者でごった返しているし、依頼が途切れることはない。

 むしろ、依頼書が掲示板からはみ出しているくらいだ。


 ま、最後の護衛依頼はどこのギルド支部でも定番の依頼だがな。

 傭兵の真似事をさせられるうえ、ダンジョンと違い依頼料以外に実入りがないから不人気依頼でもあるが。


 しかし、見事に単独でこなせるものが見当たらないな。

 今まではずっとパーティーを組んでいたから特に意識したことはなかったが、これは盲点だ。


 しかし、こんなことで心を折る俺ではない。

 それに、別に単独で受けられるものがないわけじゃない。

 大量の依頼に埋もれているだけだ。


「どれどれ……」


 ところ狭しと貼られている依頼書を、ひとつひとつ丁寧にチェックしていく。

 しばらく探していると、掲示板の下の方に単独でも受けられるものを見つけた。


「あった。テオナ洞窟での採取依頼か」


 このダンジョンは、この街に来たばかりのときにサムリたちと一度探索したっきりだったっけかな。普通のダンジョンが五~十階層あるのにくらべ、ここは三階層までしかなかったはずだ。

 危険な場所がないわけではないがたいした魔物も出ないし、言ってみれば初心者向けダンジョンといった趣ではあるが……単独での探索なら、これくらいが無難だろう。

 別に無理をしたい訳じゃないからな。


 依頼書をベリッと剥がして、さらに詳しく内容を見てゆく。


『洞窟の地底湖ほとりに生育するホタル苔の採取依頼。

 道中にはメクラオニムカデの群棲地があるため注意を要する。

 数が多いため、範囲攻撃魔術もしくは殺虫成分を含む毒煙必須。

 単独の場合は気配察知スキルを有する盗賊職シーフ猟兵職レンジャーを推奨。

 依頼主:ヘズヴィン魔術師ギルド治癒術研究室』


 あー、あの初見殺しか。

 見た目がメチャクチャ気色悪いから苦手だ。


 メクラオニムカデは成人男性の身長ほどの長さがある肉食性の蟲型魔物で、普段は岩のわずかな割れ目などに数十匹ほどで群れを作り、潜んでいる。

 目が見えない代わりに振動に敏感で、縄張りに獲物が近づいてくると、そこから一気に湧き出すように襲いかかってくる。

 ちなみに大量のメクラオニムカデが洞窟の壁面や天井を素早く這って四方八方から迫り来る光景は、このダンジョン屈指の地獄絵図、とだけ言っておこう。


 ただ、コイツは見た目だけではなく、魔物としてもそこそこ強力だ。

 気配探知スキルがない場合はどうしても初動が遅れがちになるうえ、牙に致死性の猛毒を持っている。

 おまけに群れで襲いかかってくるため、まだダンジョン探索に慣れていないパーティーだと対処しきれずあっさり全滅しかねない。


 とはいえ、気配感知スキルを持つ盗賊職シーフである俺には待ち伏せ攻撃はあまり意味がないがな。

 それに、事前にこうしてギルドで注意喚起をしてくれている。

 「初見殺し」なんて大層な二つ名だが、ネタが割れていればただのデカい虫だ。

 テリトリーに入る前に、持ち込んだ殺虫成分を含む毒煙でいぶり殺して終わりだからな。

 

「背に腹は替えられないか」


 メクライニムカデは気色悪いが、報酬は悪くない。

 それに、他にもっとマシな依頼がないか探してみたが見つからなかったしな。


 しかたがない、これでいこう。

 俺は依頼書を受注カウンターまで持って行った。




 ◇




「ライノ殿。少し、いいか」


 ギルドを出るとすぐ、背後から声をかけられた。

 振り返ると、ドアの横に女騎士のイリナが立っていた。

 サムリらの姿はない。一人のようだ。


「……なんだ」


 昨日の今日で何の用だ。

 まだ文句が言い足りないのか?

 少しぶっきらぼうな口調で、返事を返す。


「昨日は、すまなかった! そして妹を助けてくれたこと、感謝する」


 俺が無言のままでいると、イリナはいきなりバッ! と頭を下げた。


「……お、おう」


 一瞬彼女の言っている意味を理解するのに少々時間を要したが、そういえばこの女騎士は真面目が服を着て歩いているようなヤツだった。

 本来なら主人にあたるサムリを立てるために、一緒になって俺を糾弾してもいいところを、形だけだが仲裁に入ってくれたしな。


 確か彼女は、仕え先のサムリが勇者になったせいで周囲貴族らの嫉妬を買い、その火の粉がかかるのを恐れてアイラも一緒に連れ出してきたんだっけかな。

 妹への恩に対しては、筋を通したかったということか。

 律儀なヤツだ。


 まあ、俺にしてみれば今更どうでもいい話だが。


「別にいいさ。あのまま治癒術師を欠いた状態で戦闘を続けていれば、俺もダンジョンの肥やしになっちまってたからな。ただ単に、俺は俺自身の身を護りたかっただけだ」


「……そうか。ライノ殿がそう言うのならば、そうなのだろう」


 言って、イリナは顔を上げた。

 こころなしか俺を見る目つきが優しい気がするが、きっと俺の勘違いだろう。


「ライノ殿」


「なんだ」


 イリナは、しばらく俺の顔を見つめたあと、言った。


「もう一度パーティーに戻る気は、ないか?」


「ないね」


 即答した。

 勇者ご一行様にまた加わるなんて、考えられんな。


「……そうか」


 それを聞いたイリナの目が、少しだけ哀愁を帯びた色を見せたが、すぐにいつもの無表情に戻った。


「言いたいことはそれだけだ、ライノ殿。貴殿がよき仲間に巡り会えるよう、陰ながら祈っているよ」


 彼女はそう言うと、街の雑踏の中に消えていった。

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