「このゾンビ野郎!」と罵られ勇者パーティーを追放された死霊術師の俺、ダンジョンの底で魔王の力『貪食』を手に入れ魔物を食べられるようになったので、魔物料理を堪能しつつ美味しく最強へと成り上がることにした

だいたいねむい

第1章

第1話 死霊術師は勇者の仲間にふさわしくない

「ライノ! 貴様はクビだ、このゾンビ野郎!」


 早朝の冒険者ギルドに、怒鳴り声が響いた。

 周囲のガヤガヤとした空気が、一瞬だけシンと静まりかえる。


 が、ギルド内でたむろする冒険者たちにとっては、他のパーティーのケンカなんて親の顔よりよく見る光景だ。


 たいして珍しくもないらしい。

 すぐにもとの喧噪に戻った。


「ライノ……貴様、彼女に一体何をしたか、分かってるのか?」


 俺の胸ぐらを掴んで身体ごと持ち上げ罵倒を続けているのは、パーティーリーダーで勇者のサムリだ。


 勇者らしく(?)端正な顔が真っ赤っかだな。

 よほど腹に据えかねたとみえる。


「当たり前だろ。緊急事態だったからな」


 俺は宙ぶらりんのまま肩をすくめつつ、そう答える。


「ふざけるな! 彼女がどんな気持ちで……どんな気持ちで……」


 その先を続けるのに少しだけ戸惑ったのか、サムリが一瞬言いよどむ。

 が、どうやら怒りが勝ったようだ。


「アイラがどんな気持ちでゾンビになったか、お前には分かるのか!」


 叫ぶサムリ。


 彼は俺の胸ぐらから片手を離すと、近くに佇む、ローブ姿の小柄な少女をビシッ! と指さした。仲間の治癒術師ヒーラー、アイラだ。


 知らんがな。


 死んだあとにモノを考えられるなら、それはもうゾンビじゃなく魔王か何かだろ。


 ちなみにその間も俺は宙ぶらりんだ。

 勇者、腕力、つよい。


「アイラか。無事蘇生できたようでなによりだ」


「……ヒッ!?」


 俺は慌てず騒がず、彼女ににこやかな顔を向ける。

 しかしアイラは顔を青くして、サッと目をそらした。


 ずいぶんな態度だな。


 だがまあ、それも仕方ない。

 サムリが言うとおり、彼女はつい二時間ほど前までゾンビだったのだから。


 もちろん犯人はこの俺だ。


「アイラに汚らわしい目を向けるな! というか貴様、盗賊職シーフじゃなかったのか!? 自分の職業を偽るのはギルド規定違反だろうが!」


「いや、確かに俺は盗賊職だぞ。多少死霊術の心得があるってだけだ」


「言い訳するな! このゾンビ野郎!」


「言い訳じゃねえだろ! だいたいゾンビ野郎ゾンビ野郎って……根本的にお前は間違っているぞ、勇者サムリ!」


「僕が間違っているだと? それなら、いったい何だって言うんだ!」


 頬をぴくぴくと引きつらせたサムリに向かって、俺はキメ顔でこう言ってやる。


「女の子だってゾンビになれる!」


「イヤぁ! もうゾンビはイヤぁ!」


 トラウマからだろうか、アイラが頭を抱え涙目で叫ぶ。

 それを見てさらに激昂したサムリが俺から手を放すと、腰に吊した剣を抜いた。


「貴様……ッ! 今! ここで! 叩き斬ってやる!」


「おい、アイツついに剣を抜きやがった!」


「すげえ、流石勇者の剣だ! 光ってやがるぜ!」


「どっちが勝つ? 俺はライノに掛けるぜ! 大穴狙いだ!」


「ケンカか? 表でやれ!」


 聞き耳を立てていた外野の冒険者たちからヤジが飛んできた。

 騒ぎを聞きつけて上階から降りてきたギルド長がカウンター越しに怒鳴る。


 やだなあ、ちょっとした小粋なジョークだろうが。

 状況を的確に判断するのがリーダーってもんだろ。


 勇者の名が泣くぜ、サムリ殿。


「おいサムリ、ここで騒ぎを起こすのはよくないぜ。やるなら外だ」


「サムリ殿、ギルド内での争い事はギルド規定違反だ。ライノ殿も、あまりサムリ殿を挑発しないでほしい」


 勇者サムリを両脇からなだめている(?)連中は、同じく仲間の重戦士クラウスと女騎士イリナだ。二人とも、貴族の御曹司であらせられるサムリ様の守護騎士として付き従う身分らしい。


 彼らは幼い頃からサムリの身の回りの世話や武芸の稽古をしていたそうだが、サムリが十二のときに勇者として覚醒してしまったため、サムリの修行のため一緒に世界を旅して回っているのだとか。

 ちなみに治癒術師のアイラは女騎士イリナの妹だ。


 俺は、少し前にこのパーティーが支援職の募集をかけているところに、途中から入った。


 ちなみにサムリの職業である『勇者』とは、大昔に世界を荒らし回っていた魔王とかいう超常の存在を滅ぼすべく生み出された、由緒正しい存在らしい。


 なんでもサムリが以前住んでいた屋敷の裏庭には、剣が刺さった大岩があったそうだが、サムリが十二の誕生日にちょっとしたイタズラでその剣を抜いてみたらしい。

 すると剣はあっさり岩から抜け、サムリは勇者として覚醒してしまったとのことだ。


 まあ、サムリの異常なほどの身体能力と腰に吊した妙な魔力を放つ剣を見れば、ただの騎士や戦士とは隔絶した存在なのは俺にも分かる。


 ちなみに冒険者ギルドというのも、魔王とやらがいた時代に勇者を支援する団体として発足したらしい。


 ギルドのお偉いさんにがそう言ってたから多分間違いない。

 今じゃ、ただの何でも屋派遣組織だけどな。


「ライノ。僕は貴様がダンジョン探索のエキスパートである盗賊職だから仲間に入れてやったんだ。断じて仲間を平気でアンデッドにするような危険人物を入れたかったわけじゃない」


 俺がそんなことをぼんやりと考えていると、サムリは少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。

 首を振り振り、吐き捨てるようにそう言った。


 上から目線の勇者様がおっしゃるとおり、確かに今の俺は盗賊職だ。

 勇者や重戦士に比べれば戦闘力はないし、強力な魔術が使えるわけでもない。


 だが、気配感知やトラップ回避に逃走術、隠密にマッピングなど、安全にダンジョン攻略を行うには、欠かせない職業でもある。


 それゆえ、サムリたちは俺に仲間にならないかと勧誘してきた。

 数ヶ月前、前の街でのことだ。


 その頃は俺もサムリがこんな頭の硬いヤツだとは思ってなかったから、二つ返事で了解した。




 そんなこんなで、最初はそれなりに順調にダンジョンを探索していた。


 つい先日、とあるダンジョンの最深階層手前で、ミノタウロスの群れに奇襲を掛けられるまでは。

 浅い経験からか焦って剣を取り落としたサムリを、アイラがその身を挺してミノタウロスの石斧による一撃をその身に受け、胴体の半分を吹き飛ばされ絶命するまでは。


 人間の倍以上の背丈と頑強すぎる肉体、そして大人の背丈ほどもある石斧を軽々と振り回すミノタウロスは、たとえ熟練の冒険者パーティーでも治癒術師を欠いて戦えるほど生易しい相手じゃない。


 それが、十数体。


 さすがの勇者でも、それはムリだった。


 だいたい、治癒術師が倒れて一体誰が傷を癒やしてくれるというのか。

 戦闘継続していれば、磨り潰されるのは必然だ。


 俺たちに取れる手段は、逃げの一手のみだった。


 もちろん、追走してくるミノタウロスを躱しながら逃げるには、死んだアイラを背負っていては絶対に不可能だ。

 だが、彼女を放置して逃げるという手段は俺たちにはあり得ない。


 だいたい、姉であるイリナがそれを良しとするわけがない。


 だから俺は、すぐさま死んだアイラをゾンビ化させ、自分の足で動けるようにした。

 この判断が、そのときの最善だったと俺は確信している。




「貴様がまさか、盗賊職の皮を被った死霊術師だったとはな」


 死霊術師だったのは盗賊職に転職する前の話だ。

 それに、過去のちょっとした経験とスキルを活かすことに、一体何の問題があるというのか。


「ああ。サムリの言うとおりだ。俺たちは恐ろしい魔物を仲間にしちまっていたんだ」


 脳筋のお前には区別が付かないのだろうが、死霊術師は魔物じゃないからな?

 れっきとした魔術師職の一種だぞ、クラウス。


「アイラが白目を剥いたまま立ち上がったときは、本当に驚いたぞ。しかも、臓物を振り乱したままにもかかわらずサムリ殿より速く出口に向かって疾走する光景が目に焼き付いたまま離れ……オプッ」


「ねえさま、私が死んだ場面を思い出しながらえずくのはやめて下さいね?」


 四人がくちぐちにその時のことを思い出し、口にする。

 イリナは騎士の割にその手の場面に耐性がないのか、顔を青くすると、その場でうずくまってしまった。


 ソンビはなぜか生きてる人間よりも力が出るからな。

 アイラがあれほど足が速いとは思わなかったが。


 しかし、死霊術がそんなに忌み嫌われるのには納得がいかないな。


 死亡しても、きちんと傷を縫合したり、欠損した部位を持ち帰ったうえで、死亡から半日以内に街の寺院に駆け込めば蘇生魔術を施してくれるだろ。


 もっとも、こいつらが貴族だからこそ払えたくらいには大金だったが……


「ともかく! 今僕とアイラに許しを請い、二度と死霊術なんて邪悪な魔術を使わないと誓うなら、許してやらんこともないぞ。なあ、アイラもそう思うだろう?」


 その邪悪な魔術で助かったアイラは悪魔か何かなんですかね?

 空気の読めないサムリに言葉に、アイラは微妙な顔をしている。


「なあ、アイラ?」


「……」 スッ


 さりげなく肩を抱こうとして、回避されるサムリ。


「ア、アイラ……」


「……」 ススッ


 アイラが、うずくまったままのイリナの陰に隠れてしまった。

 そこからサムリを、道ばたで朽ち果てたゴブリンを見るような目で見ている。


 まあ、気持ちは分からんでもない。


 サムリがやらかしたせいで、アイラは死ぬハメになったんだからな。

 当分袖にされているといい。


「と、とにかく!」


 ごほん、と誤魔化すように咳払いをしたサムリが、バッ! 俺に向かって指を差し、叫ぶ。


「ライノ! 今ここで謝れ! もう、二度と死霊術は使いません、とな!」


 ……はあ。


 もう、限界だ。


 もう、アホ勇者どもに振り回されるのはたくさんだ。

 今までそれなりに頑張ってコイツを支えてきたが、だんだんバカらしくなってきた。


 決めた。


「クビで構わん。俺は抜ける」


「そうかそうか。なら……なんだと?」


 予想していたセリフと全く違ったのか、サムリは一瞬呆けたような顔になった。

 とても勇者とは思えん間抜け面だな。


「俺は抜ける、と言った。勇者サムリ殿。じゃあな」


 しかし、何でもっと早く決断しなかったのだろう。

 それだけが悔やまれる。

 一事が万事、この調子だったからな。


「な……おい待てよ! そんなこと、この僕が許さんぞ!」


「お、おいサムリの旦那! ここで剣を抜くな! ああっ、ギルドの天井がっ!?」


「うう、気持ち悪い……オプッ」


「ねえさま! 背中をさすってあげますね!」


 背後でなにやら騒いでいるが、知ったことか。

 あとは勝手にやってくれ。

 

 喧噪と罵声を背中に浴びながら、俺はギルドをあとにした。




 ◇   ◇   ◇   ◇


 どうもはじめまして、だいたいねむいと申します。

 まずは第1話をお読みいただきありがとうございます!


 もし「おもしろい!」「続きが気になる!」と少しでも思った方は

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 それでは引き続きよよろしくお願いいたします!

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