第一章8「夕食」

「あれは『刻魔石』って言う時間を知らせる魔石だ。早朝が青で、朝が水色。昼頃がオレンジ色で、そのまま夜になるごとに色が濃くなる。そんで、今が茜色だから夕飯時。大体みんなこんぐらいの時間に飯を食うんだ」


 リゲルはん、と俺の傍に掛かっている変な石に目を向ける。

 俺の部屋にもあったもので、照明代わりに廊下に点々と付いている。

 その石は夕日と同じく茜色の色をしているのだが、あれは単なる照明器具じゃ無かったのか?


 リゲルの後ろを追って、ぺたぺたと階段を下ったり廊下を渡ったりする。

 屋敷全体が広いというよりも、恐らく、別館があるせいだろう。

 長い渡り廊下を隔てた先にあるのが本館で、俺の部屋があるのは別館。

 この屋敷はどうやら五階建てらしく、リゲルの話によれば殆どの設備が長い間使われていないそうだ。


 三階の、別館への入り口のある階が、食堂らしい。

 大きな扉を開けると、そこには大きな部屋があった。

 黒と白のチェック柄の大理石の床、長方形の長い机には、各々の顔ぶれが伺える。

 どこに座れば良いのだろうか、そう迷っているとリゲルが隣の席にぽんぽんと手を叩く。


 案内された席に座って、俺は目の前にあった豪華な夕食に目を見張った。

 ソースが乗った、程よく焼かれたステーキが中央に、右にパン、左に小盛のサラダ。

 中央にはパンが乗った籠があり、付属のジャムやマーガリンもある。


「凄っげぇ……」


 貴族というのは伊達じゃないんだな。

 道すがら、歴代の当主の肖像画がちらほらとあった辺り、かなり有名な貴族だったりするのか?


「キューバ家は宝石類と骨董品なんかを扱う由緒正しき大貴族ですよ。一昔前は『世界貴族』にも名を連ねていました」


 隣の席に座っていたユキが、俺の疑問にそう答えた。

 成程、『世界貴族』が何なのかは分からないが、相当な金持ちなのは確かだろう。

 しかし驚いたのはユキの成長速度だ。俺が意識を彷徨わせている間にも、ユキはこの屋敷での居場所をちゃんと見つけて、尚且つ勉強までしているのだ。


「凄いなユキ。もうそこまで勉強しているなんて……」

「勉強って楽しいんですね。色々な事、もっと知りたいです」

「尊敬するよ、俺も後で教えて貰っても良いかな?」

「はい! 一緒に学んでいきましょうね」


 ユキは朗らかな笑みを浮かべてそう言ってくれた。

 そんなこんなで話してると、奥の方から三人の人物がやって来た。

 一人はグリアさんだった。その後ろにいるのは、青髪の少年と――。


「い、犬っ!?」

「そこら辺の犬っころと一緒にすんなぁ! ワイは立派な獣人やで!」


 目の前には、二足歩行をする犬がいた。

 いや、犬というよりかは……『獣』だった。

 茶色の体毛をした、筋骨隆々の恰好。厳つそうな顔はそれだけで相手の性別が分かる程だった。


「すまないね。さあ、君たちも座ってくれ」


 グリアさんが上座の方の席に座りながら立ち尽くす二人にそう案内した。

 少年の方は無表情でこくりと頷くと、俺たちがいる席から大分離れた所に着席した。

 そこには料理が無いんだが……。


「ヒューネル。そらグリア嬢に失礼やろ」

「でも……」

「今日は無礼講言うてたし、なぁ?」


 その獣人は何故か大阪弁で愉快気に話しており、恐らく雇用主であるであろうグリアさんの事を『嬢』と呼んでいた。それに対するグリアさんも、気にしていないのか、あぁと頷いて少年に言った。


「ヒューネル。座ってくれ。一緒に食べようじゃないか」

「……はい」


 そう言うとヒューネルと呼ばれた少年はこくりと頷くと、黙って近くの席に座った。


 ……あれ?


「あの、もう一人いるんじゃないんですか?」


 俺の一言に、グリアさんは一瞬怪訝な顔をするが、直ぐに元に戻して。


「あぁ、あの子に会ったのか。心配はいらないよ、直ぐに来るさ――」


 その時、見計らったかの様に、大きな木製の食堂の扉の半分が開いた。

 中から表れたのは、つい先ほど出会った、金髪の幼女。


「あ、クリスちゃん」

「クリス……ちゃん……?」


 リーシアがそう小さく手を振りながらそう呼んだ。

 恐らく、彼女の名前なのだろう。

 こそりと隣に座っているリゲルが言った。


「この家に住んでいる、大精霊だそうだ。オレが来た時からここにいるぜ」

「はー、なるほどね……」


 確かに、妙な貫禄とか超常的な力を持っていそうな感じは、正しく精霊っぽい感じがする。あれ、だけど精霊って人型になれたっけ? 俺が見たことがあるのは微精霊だけだけど、大と付いているのだから、恐らくなれるのだろう。多分。


 クリスは俺をちらりと一瞥すると、みんなとは一席開けた所で座った。

 それに対して、他の人は何も言わなかった。あのグリアさんでさえ少し困った様な顔をしながら、何も言わない。少しだけ、この子がどう扱われているか分かった様な気がする。


「……さて、食べ始める前に、みんなに聞いてもらいたい事がある。もう既に話は聞いていると思うが――今日、遂に私は悲願を手に入れた」


 燭台の上にある蝋燭から火が燃え始めた。

 その炎を眺めながらグリアさんは言う。


「今日をもって、我々の仲間に一人、入る事になった。私が直々に選んだ者だ。異論はないな?」


 その言葉に異を唱える者はいなかった。

 グリアさんに対する信頼度が伺える。

 古くからある由緒正しき貴族――その当代であるグリアさんの貫禄は凄まじいもので、普段の言動からは予想だにしない妙な圧迫感プレッシャーが、場を包み込んだ。


「アサガミ君、自己紹介を」

「は、はい!」


 立ち上がるべきなのだろうか、こういう時のマナーとか、どうするんだっけ?

 取り合えず俺は姿勢を正しながら全員の顔を見ながら簡単に自己紹介を述べた。


「アサガミ・ユウです。ユウが名前でアサガミが性です。記憶喪失です。至らない部分も多いと思いますが、これからよろしくお願いします」


 頭を下げて、俺はそう言った。最初は面白おかしく、ユーモア溢れた自己紹介を考えていたのだが、予想以上に場が真剣なもので、正直言って若干チビっている自分がいる。


 俺の自己紹介にグリアさんはうんうんと満足気に頷くと、


「そう言う事だ。まだ常識等が足りないが、そこはユキと共に勉強させておくとして、素質は十分にある。魔法の適正なんかは明日、検査する予定だ」


 ユキの紹介はやってたのだろうか。グリアさんは両手を合わせて言う。


「――それでは始めようか。星の賛歌、大地の恵み、愛と炎の女神メニクスから賜りし糧を、今ここに捧げよう」


 手を組み、目をつむってグリアさんは何事か呟き始める。それにならうリーシア達。ユキも目を瞑って復唱しているので、それが食前の祈りだと気付くと慌てて俺も所作を真似る。言葉は知らないので、ただ黙って手を合わせているだけだ。一応心の中で『頂きます』とだけ言っておく。


 キリスト的な、こういう祈りは、異世界転移しても共通なんだなと素直に感心。

 熱心に祈りをささげる姿から、意外と信仰に厚いのかもしれない。

 確かに貴族だしな……宗教に関しては良く分からないけど、意外とキリスト教みたいに広く広まっているものかも知れない。


 というか、龍国と言っているのなら、他の神様を崇めても良いのかな……?


「まだ言っていなかったね。この国は龍を崇めているが、『世界神』だけは別だ。愛と炎の神メニクス。豊穣や商いの神でもあるから、夕食の時に祈る者も多いよ」


 俺の疑問に答えるかの様に、グリアさんがパンを千切りながらそう言った。


「世界神?」

「世界神とは、この世界が創造された時にいた四神だよ。炎と愛の神メニクス。大地と山の神イグニス。海と空の神カレウス。時間と空間の神テンプス。そして――知恵と勇気の神オムニス。これら四神が世界と、そして人間を生み出したとも言われている。詳しい事は、また後程」


 成程……こっちで言うオリンポスの神々ぐらいメジャーなものなのか。

 俺は備え付けのナイフとフォークを使ってステーキを切り分ける。


「ユキ、これはこう使うんだよ」

「す、すみません……」


 ユキは作法が分からずに、見様見真似でナイフを持ってはいるものの、困惑の表情を浮かべていた。俺が教えると彼女はあっという間に作法を憶えてしまった。


「美味しい……」


 パンも、ステーキも、サラダも。その全てが美味しかった。

 素材が美味しいのだ。そしてその素材を十分に、十二分に生かす味付けだった。

 これには唸る。美味しさのあまり口角がピクピクする。


「美味いだろう? 丁度いいヒューネル、ガディ、アサガミ君に挨拶を」


 そんな俺を見たグリアさんは、少し笑いながら、そこで先ほどの少年と獣人の二人に目を配らせた。


「紹介するよ、この屋敷の厨房を任せている、ヒューネルとガディだ」


「おう、ワイがガディや。よろしくな」


「……よろしくね、お兄さん」


「よ、宜しくお願いします……」


 驚いた。この二人が、こんな凄い料理を作っていたのか。

 俺は素直に料理の感想を言うと、ガディはガハハと豪快に笑い、ヒューネルは止めてよ父さんと、そう言いながら、しかし嬉しそうにはにかんでいた。


「と、いうかお父さん?」


 そういえば、ヒューネルがガディの事をそう呼んでいた様な……。


「おう、血は繋がってないけどな。基本的にこいつが飯全般を作っている。俺は素材調達だな。今食ってる肉、今朝獲ってきた新鮮ものだぜ?」


「まさかの狩りハンティング!? 」


 ガディの陽気な笑い声に、俺は今しがたフォークに刺さっている肉片を見る。


 ……頂きます。


 改めて、そう思った。


 ==


 夕食が終わると、俺はグリアさんに後で執務室に来て欲しいと言われた。


 ――結局の所、あの場にいた全員に挨拶が出来たが、何故かクリスだけは紹介されなかった。


 夕食が終わるとそそくさと帰ってしまったので、彼女に対する謎だけが残った。

 執務室は二階にあり、西側の一番奥の方に位置している。

 ここだけ、他のドアとは違い高級感あふれる代物だ。

 ごくりと、唾を呑み込みながら俺はノックした。


「アサガミ・ユウです。失礼します」


 部屋に入ると、こげ茶色の机の奥で、グリアさんが外の景色を眺めていた。

 グリアさんはくるりと椅子を回転させてからこちらを見ると、口に加えていた葉巻をそっと口から外した。


「明日は王都に行って、冒険者ギルドで検査を受けてもらう。ついでに、何かそこで装備品などを見繕うつもりだ。勿論ユキ君も同行させよう」

「あ、あの……! それはありがたいんですけど、ユキは、ユキも俺と同じ冒険者になるんですか?」


 ユキは俺と違って魔法が使える。

 いやゼロンが言うには、俺も魔法が扱えるそうなのだけれど。

 グリアさんは実力が高ければ誰であろうと引き込む性格だ。

 こんな怪しさ抜群の俺の何を見たのかは知らないが、仲間として受け入れてくれた。

 ならば、俺よりも実力が高い、そして恩があるユキはどうなるのか――。


「あはは、そんなことさせないよ。彼女は誰かを殺す事なんて出来ない」

「……そう、ですか」


 その言葉にホッとする。

 だが……それなら、グリアさんから見て俺は、誰かを殺せる人間だと思われてるって事か……?


「それじゃあ、ユキは……」

「無論、賓客としてもてなすという訳でもない。そもそも、彼女はそれを望まなかったからね。勿論彼女にもここで働いてもらってる」


 それじゃあユキはここでどんな事をやっているのか。

 その言葉に、グリアさんは朝になれば分かるよと、そう言った。


「……あの、俺の隣室にいるクリスって言う子の事なんですが……」


 どうしても気になってしまった俺は、グリアさんにそう訊こうとした。

 グリアさんは明らかに、少しだけ動揺しながらも、言葉を選ぶように言った。


「彼女に関しては、少しだけ詮索しないでくれるかな? その方が君も彼女も幸せでいられる」


 いきなり不穏な言葉が出た。

 だが、俺が何かを呟く前に、グリアさんは続けて言った。


「彼女は四百年前から生きる、大精霊だよ。精霊はね、長い年月を経るごとに知恵を身に着け、人に近づく。まあ、彼女の出自は少しだけ特殊だから、通常の精霊とは逸脱しているけどね」


 なるほど……それじゃあ、あの小さな光が何百年という時間を掛ける事で、クリスみたいに人型になれるのか。確かに、ラノベでも大精霊って言う存在は基本的に人の形をしているな。


 その後は、ちょっとした世間話をして、俺は礼を言ってから執務室を出た。


 ==


 その後、広すぎる大浴場を一人で堪能し尽くした俺は、自室のベットの上にいた。

 屋敷から一歩も外に出ていないのに、なんだか疲れた。

 今日だけで色々な事が変わった気がする。

 不安と、この先に対するちょっとの期待に心を疼かせて、俺は柔らかい枕に頭をうずめた。


「……朝、起きられるかな」


 俺は朝、超低血圧で目覚めが悪いのだ。

 この世界に目覚まし時計があるかは分からないが、目覚まし時計があったとしても起きられるかどうか……。そのくせ体内時計は正確で、睡眠時間きっかり十時間で目覚めてしまう。


「おやすみ……」


 微睡の中、俺は薄れゆく景色の中、誰に宛てたか分からない言葉を吐いて、俺は静かに眠りに就いた。


 ==


 チチチチ……と、鳥の鳴き声が窓の外から聞こえてきた。

 その声と、柔らかな朝の光に当てられた俺はぱちりと目を開ける。

 室内は薄暗く、右側の壁に掲げられた刻魔石は鮮やかな青色の光を薄く放っていた。


 青色……という事は、早朝という事になる。


「お、おぉ……年中遅起きの俺が、遂に一人で起きられるようになったか」


 もしかすると、これが俺の異世界転移ボーナスなのか?

 朝、早く起きられる……いや地味だな!


「……んあ?」


 セルフツッコミをしながら、俺は僅かに違和感を覚える。


 ……布団の中が温かいのだ。


 それも、高温という訳でもない、ぬるいという訳でもない。

 そう、それは人の体温の様な……子供のころ、母親と一緒に寝むる時の、あの温い感じの温度。


 その時、俺の脚元に何かが当たった。


「~~~~~~~~~っ!?」


 因みに言うが、俺は心霊とかそう言うのが大の苦手だ。

 なに、なに、なに!?

 俺は恐怖心と好奇心で一杯の心を何とか落ち着かせて、意を決して掛け布団を取っ払った。


「…………は?」


 視界に飛び込んできたのは、煌めくような、滑らかな金色の髪。

 そこにいたのは、ピンク色の可愛いふわふわとしたパジャマを着た小さな幼女——。


 ――クリスだった。彼女は死んだように、俺の隣で静かに眠っていた。

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