第一章7「隣の部屋の金髪幼女」

 広い廊下をなめくじの様に進む。理由は簡単だ、指定された部屋の番号とドアに表示されてる番号を照らし合わせてるからだ。


 そう、あれから俺はなんと部屋をもらったのだ。


「君は我々の仲間になるんだ。遠慮はいらない」


 そう言って鍵を渡された。メイドには部屋まで案内すると言ってたが、そこは遠慮しておいた。今になってはその判断を下した俺を引っ叩きたい。

 横一列に番号が並んでいれば、ある程度の予測は立てるが、なぜかこの列だけがバラバラの番号で、そのため非常に探し出すのは面倒臭い。


「お、これかな?」

 

 鍵を回して開けようとしたが、何故か閉まってしまった。

 おかしいな……もしかして、鍵掛かっていなかったのか?

 不思議に思いつつも、鍵を半回転させて開ける。

 

「…………は?」


 まず驚いた事は、その部屋の中は何も無かったという事だ。

 部屋にぽつんとある巨大な天蓋付きベッド以外、何も無かった。

 白いカーテンに覆われた巨大なベットには、無数のぬいぐるみ達が転がっていた。


 犬や猫やドラゴンまで。

 その種類は多彩で、またどれも可愛く作られている。

 数は十を余裕で超えており、そんなぬいぐるみ達の山の中に――彼女は、いた。


「女の子……?」


 絹の様に柔らかな金髪の髪をした、ピンク色のパジャマを着た可愛らしい少女だった。いや、少女というよりかは幼女と言った方が良いのかもしれない。

 それほど彼女の年齢は幼く見えて、彼女はすやすやとぬいぐるみ達に囲まれながら静かに眠っていた。


「え、人形……なのか?」


 先ほど俺はすやすやとと言ったが、それは間違いだ。

 正確に言うならば、息をしていない。動く気配を、僅かな呼吸すらも見せずに、その姿はまるで大きな人形ドールの様に思えた。

 俺はそおっと彼女の頬に手を寄せる。もしこれで何も感じられなければ、これはただの精巧な人形だという事になる。


「――――」

「のわ――っ!?」


 もう少しで触れる、正にその時。

 ぱちりと、その目が開いた。

 サファイアをそのまま埋め込んだみたいな、その綺麗な瞳に俺は思わず唸ってしまった。


 数秒間、俺と彼女は見つめ合っていた。

 まだ寝起きだったからか、とろんとした瞳が徐々に光を帯び始め、意識がはっきりとしていくのが分かる。

 彼女は俺を瞳に捉えると――大いに驚いた顔をした。


「な、何で…………?」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 部屋を間違えたんだ、本当にごめん――」


 その時、俺の顔面にぬいぐるみがぶつかってきた。

 目の前の幼女が投げつけてきたのだ。

 俺はごめん! と連呼しながらそのぬいぐるみの投擲の嵐に耐えると、やがて収まったのか、周囲にあるぬいぐるみを粗方投げつけた幼女は、デディベアを胸に抱きしめると、赤い顔をして息を荒げながらこちらを見つめていた。


「……ごめん、本当に間違って入っちゃんだ」


 俺は落ち着くのを見計らってそう彼女に謝る。

 あの鍵の時点で中に人がいると気づくべきだった。

 猛省。もはやただの犯罪者だ。


「えと、自己紹介がまだだったよね。俺の名前は――」

「アサガミ」

「あ、あぁそうだ。俺の名前はアサガミ・ユウ。今日付けでここで住む事になったんだけど……」


 あれ、何でこの子俺の名前を知っているんだろう……と思ったけど、グリアさんに事前に教えてもらったのだろう。黒髪と言えばここでは俺しかいないと思うし(多分)。


 彼女は俺の顔をじっと見つめると、ぼそりと言った。


「部屋……隣」

「あれ、あ、ほんとだ!」


 俺は鍵に付属してあった番号を見ると、直ぐに彼女の部屋の番号を見る。

 確かに一つ違いだった。彼女の隣室が俺の部屋だった。

 彼女はやがて深く息を吐くと、俺に凛とした眼差しを向けて口を開いた。


「――出て行って、今すぐに」

「え、あ、そ、それは、その……」

「出て行って!」

「はい…………」


 最後に抱えていたデディベアを高々に持ち上げるのを見て、俺は直ぐに彼女の部屋から飛び出た。物凄い勢いで、彼女から視線を逸らして、バタンと扉を閉めた。


 だから。


「そう……、貴方もいなくなってしまったのね」


 ――そんな彼女の口から飛び出た言葉なんて、聞こえるはずも無かった。



 部屋は、西方の少し広い一室だった。


 前の俺の部屋より倍近く広い。あるのはダブルもありそうなベット、折り畳まれたシーツやフットスローまでもがある。それからクローゼットと机だ。机の上には羽根ペンと一枚の紙が置いてあった。


 俺は、フットスローに靴を乗せて、ベットに乗り掛かる。ベットは極端に柔らかくなく、寝やすく、人間工学に基づいて作られたベットだった。


「――さてと、夕食までは自由にしても良いとは言われたけど、何してようか」


 明日には、近くを案内してくれるとの事らしい。

 冒険者ギルドに行くとかなんとか。

 楽しみでは無いというと嘘になるが、それと同等に、緊張感もある。

 

 ――俺が、俺なんかが上手くやれるのだろうか。


 何も持たない俺が、何も取り得が無い俺が、果たしてこの異世界で生きて行けるのか。


 つい、そう思ってしまう。


 だって、『冒険者』だぞ? 冒険に危険をつきもので、戦いは必須だ。

 俺は戦う事が……誰かを傷つける事なんて出来ない。

 俺は平和ラブ&ピースを愛するただの高校生だ。


『だがこのままだとお前が安らかに眠りに就くレスト・イン・ピースする事になる。いつまでも甘い事を言っていると、死ぬぞ』


「人のモノローグ中に勝手に入り込んでくるな、この幽霊が!」


 突如として聞こえてきた言葉に、俺は驚きと同時に安心感を覚える。

 この声は、この響きは、間違いなくゼロンのものだ。


「というか、お前普通に話せるのな。ビックリしたよ」

『話せる――というのは少し違う。訳がというより、原理が違う』

「原理——?」


 おかしなことを言う奴だ。

 現に今、俺とお前はこうして会話出来ているじゃないか。


『話すというのは互いを知る為だ。話す事によって始めて他人の心に寄り添う事が出来る。だが、俺の場合は少し違う。俺がお前の魂に、精神に寄り添っているからこそ、こうしてお前に伝える事が出来る。だからこれは会話では無い――ただの、モノローグの一環だ』

「モノローグの、一環」

『傍から見ればお前はただ独り言を呟いている異常者だ。だから一人になった所でこうしてお前に声を掛けたという訳だ』


 成程、言い得て妙だ。

 確かに俺はこうしてゼロンの言葉に耳を傾けているから、会話が成立するけども、もし無視を決め込んでいれば、ゼロンを本当に亡き者として扱えば、彼の存在は俺でしか認知出来ないものならば、そうなれば――。


『俺は死者だ。今更執着するつもりもない。――お前に迷惑を掛けるつもりは毛頭ない』

「……良いよ、好きな時に好きなだけ喋れば良い。俺が聞くし相槌も打ったりするし、こうやって議論する事だって可能だ。まあ、俺とお前じゃあ、圧倒的に話にならない事が多いけどな」

『……何故だ。何故お前はそこまで……』


 ゼロンが不思議がる様にそう言って来た。

 そんなもん、当たり前だろう。


「――命の恩人に、無視だなんてそんな真似出来るかよ」

『――――』

「ありがとう、ゼロン。俺を、いやユキを。みんなを、助けてくれて」

『……約束は守るタチでな』


 照れ隠しなのか、ゼロンはそれ以降は何も言わなかった。

 夕暮れの光が窓を射貫いてこちらに来る。

 俺はその光を呆然と見つめながら、そう言えばと、ゼロンに訊く。


「良く勝てたな。どうやって勝ったんだ?」

『お前の体を借りたまでだ。丁度、都合よく気絶してくれたからな』

「うーわそう言う事!? でも仮にも俺の体だよ?」


 自慢では無いが、俺は一度も喧嘩したことが無い。

 この身体は喧嘩慣れしていないのだ。

 運動だって平均のちょっと下だ。筋肉は程々に付いているが、だが屈強かと言われるとそうでも無い。


『そうでも無い。まあ、ちょっとガタがあったのは確かだが、魔法を使えば話は別だ』

「魔法っ! ゼロンは魔法が扱えるのか?」


 魔法と言えばファンタジー小説の醍醐味だ。

 今まで見た事がある魔法と言えば、ユキの風魔法やリーシアの治癒魔法だけだ。

 ……まあ、気絶する寸前に見た炎の魔法もあるけど、あれは除外する事として。


『あぁ、一通りな……そこら辺はまた後日……正確に言うならば、明日の冒険者ギルドでの説明で分かるはずだ。俺が説明してやっても良いが、恐らく、この時代の魔法は俺の知っているものと少し理屈が違う』

「理屈……?」


 何だろうか、気にはなるが、ゼロンからの言及よりも先に扉をノックする音が聞こえた。コンコンと、その音に俺はベッドから跳ね上がると、ガチャリと扉を開けた。

 最初は、グリアさんかメイドのミネさんかと思った。

 だから俺は、その扉の前に現れた人物にひどく驚いた。


「よ、よォ……」


 扉の前にいたのは、逆立てた金髪を持った、荒々しそうな少年だった。

 獣の様な目つき、口元には牙らしきものもあり、だがその鮮やかな深緑の色をした瞳からは優しさが溢れている。


 リゲルだ。本名をリゲル・ファロウ。川に流されている俺らを発見した、感謝すべき人物であり。


 ――これから、俺の仲間になる人物だ。


「メシ……この時間帯はみんなで夕飯を食べるんだ。だから、来いよ」


 リゲルの素っ気ない口ぶりと共に、夕飯の良い匂いが漂って来た。

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