ピタッと解決

i-トーマ

種も仕掛けも読み解く先に

「なるほど、わかりました。犯人は、あなたですね」


 探偵が、集まった人々の中の一人を指さす。


 ここはとある金持ちの屋敷、そこの居間。テーブルやソファなどの調度品を置いてもまだ広く、探偵を含めて十五人が入っても、まだまだ余裕があった。


「え?」「まさか!?」「あの人が……」


 居並ぶ人々の口から声が漏れる。この家の住人、医者、料理人、家政婦、薄汚い青年、やたらケバい女性、怪しい手品師マジシャン、何かを悟ったように微笑む子供などなど。あとは数人の警察関係者。

 指さされた人物の回りから人が離れる。


「わ、わたし…?」

「そう、犯人は奥さん、あなたです」


 ずいぶん奇抜で怪しい人が並ぶ中、ひときわ地味で目立たない女性、被害者の奥さんが犯人だと探偵は言っているのだ。


「わたしじゃありません! だって、わたしにはアリバイが!」

「確かに、あなたにはアリバイがある。しかし、これをよく見てください」


 探偵は懐から何枚もの写真を取り出し、テーブルの上に広げた。

 それは事件現場であるご主人の寝室の写真。なんだかずいぶん散らかっている。本やヒモや、何に使っていたのかピンポン玉のようなものがいくつも床に転がっていた。そして姿見の鏡の前の被害者が倒れていた位置に、その輪郭だけ白く縁取られて残されていた。足を伸ばして座り、手も前に伸ばしたまま左側に倒れたら、こんな姿勢になるだろう。

 その伸ばされた手の辺りに、今回使われた凶器であるボーリングの玉が転がっている。


「これは皆さんご存知の通り、事件現場の様子です。なにか、お気付きになることはありませんか?」


 探偵の言葉にも関係者は首をひねるばかりだ。しかし奥さんだけは、表情を固くしている。


「奥さんのアリバイはこうだ。朝、ご主人を起こすために寝室を出入りしたが、その後に扉の外から家政婦さんの朝食に関する問いかけにご主人が直接答えている。それからしばらくして物音がし、ご主人が倒れているのが発見された。そうですよね?」


 探偵は警察関係者に問いかけた。彼はコクコクとうなずく。


「その時家政婦さんが扉を開けなかったのは、まだ起きて着替えている時間だったから。朝食をパンにするかご飯にするかを問うくらい、扉越しでも問題ありませんからね」


 家政婦さんもウンウンとうなずく。


「だったらやっぱり、奥さんには無理なのでは……」


 警察の言葉をさえぎり、探偵が話を進める。


「では実際にやってみましょう。そうですね。被害者の代わりに、なにか壊れてもいいようなものがありますか?」

「そこの壺でよければ使ってくれ」


 この家の住人、確か被害者の弟だったか、かたわらに飾ってあった壺を指さす。


「おや、ずいぶん素敵な壺ですが、壊れてしまっても構わないので?」

「ああ、どうせ二、三百万程度の安物だ」

「………………そうですか。では遠慮なく」


 そう言って探偵は壺を手に取ると、寝室に向かって歩き始める。その後をついて行く一同。


「あ、奥さんが逃げないよう、気をつけてください」


 少しずつ後ろに下がり始めていた彼女を見逃さず声をかけると、警察関係者が背後をふさぐ。奥さんは、しぶしぶというように付いてきた。

 寝室の前まで来ると、探偵は振り返って言う。


「それでは仕込みを行いますので、少々お待ちを」


 そして寝室に一人入るが、ものの数秒でそこから出てきた。変わったのは、手に持っていた壺がなくなっているくらいだ。


「探偵さん、どうしたんですか? なにか不測の事態でも?」


 警察の言葉に、手を振りながら答える。


「いえ、もう済みました」

「え?」

「さてここで質問の続きに戻りましょう。これらの写真を見て気が付くことは? はいあなた」


 突然指さされた料理人が、戸惑いながらも答える。


いて言えば、かなり散らかっている……?」

「そう、それです。ご主人も奥さんも普段からあまり片付けが得意ではなかったと聞いています。だからこそ家政婦さんを雇っていたわけですが、寝室だけはご主人の私物があるため、他人には触らせなかったと聞きました。なぜなら他人が片付けると置いてある場所がわからなくなるから。その気持ち、よくわかります」


 探偵は写真をパタパタさせながら続ける。


「散らかっていても必要なものがどこにあるかだいたい分かるということは、逆に言えば厳密に物の場所を把握しているわけではなかった。つまり、多少動いていても、本人もさほど気にしてなかったのでしょう」

「ちょっとさっきからなんなの。そんなこと事件と関係ないじゃない。早く本題に入りなさいよ」


 イライラした声でそう言ったのは、これも住人の一人、確か被害者の姉だったか。

 探偵は指を立てて振る。


「とんでもない。これこそが事件の真相。犯行の手口ですよ。さあそろそろです」


 探偵は腕時計を見ながら言う。


「三……二……一」

 ガチャン!


 探偵のカウントダウンの直後、寝室からなにかが割れる音が響いた。


「なんだ? 一体なんの音だ?」


 一同の声に、探偵が扉を開けて皆を導き入れる。

 散らかった寝室の中、姿見の鏡の前で粉々に砕けた壺があった。かたわらにはボウリングの玉が転がっている。


「これはどういう事ですか、探偵さん?」

「見ての通り、壺を割ったんですよ。当然、この私がね」

「しかし、あなたは部屋の外に居たではないですか」

「あ、わかった!」


 突然、住人の一人、確か被害者の従姉妹だったか、が声を上げた。


「さっきの音は録音で、壺は最初から割れてたんでしょ!」

「いえ、見てください。壺は先程偶然に選ばれたもので、もし事前に割っていたならその時に音が出るはずです。どなたか、その時の音をお聞きになりましたか?」


 一同は顔を見合わせるが、探偵が寝室にいる間にそんな音を聞いた人はいなかった。


「種明かし、していただけるんでしょうね」


 警察の言葉に力強く頷く探偵。


「もちろん。では大森君、準備したまえ」

「はいはーい!」


 探偵の助手、大森と呼ばれた高校生くらいの女の子が寝室の中をセカセカと動き回り、なにかを整えていく。


「彼女は、一体なにを?」

「皆さんは、『ルーブ・ゴールドバーグ・マシン』というものをご存知ですか?」

「るーぷ?」


 一同の頭の上にはてなマークが浮かぶ。


「先生! 出来ました!」

「よし。では実際にやってみましょう」


 そう言って探偵は、ベッドのすぐ横の床に立てられていた本を倒す。すると等間隔で立て並べられた本が次々と倒れていく。最後の本が倒れると、そこにあったボールを弾きその先の定規にぶつかる。

 一同の視線がその現象を追いかける。


「最初に一つきっかけを与えることで」


 定規に支えられていた紐の先の玉が振り子のように揺れ、瓶にぶつかる。その瓶が不規則に転がりながら玩具おもちゃの車の後ろを叩く。飛び出した車が部屋を横断し、反対側の壁のトランプタワーを崩す。


「連鎖的に様々な事が起こり」


 その後も寝室の各所に仕掛けられた装置が次々に作動するたび、一同の視線が右へ左へと動いていく。


「最終的に目的を達成させる」


 ボールが転がってストッパーを外すと、バネに押し出されたボーリング玉が壺の破片をさらに砕いた。一同が驚き身をすくめる。


「俗に『ピタゴラ装置』と呼ばれたりもします。この装置の利点であり欠点は、最初のきっかけから最後の結果が出るまでに、ある程度の時間がかかることです。いかがですか?」

「いかがですかも何も、じゃあ、犯人はこの方法で犯行を?」


 一同の視線が被害者の奥さんに集まる。


「そ、そんなのこじつけよ! わたしがそうしたって証拠があるの!?」


 奥さんの叫び声に臆することなく、探偵は写真の一枚を示す。それは倒れた被害者の輪郭をかたどった写真。


「ありますとも。ほらここに、被害者からのダイイングメッセージが」


 誰もが首を傾げるなか、奥さんがハッとして青ざめた。


「そう、ある番組で登場する時には必ずこれが出現して終わるのです」


 そしてみんな気付いた。

 被害者とボーリングの玉で『ピ』が出現していることに。



「いやー、今回も見事な推理でしたな! まさに、探偵明星あけぼしここにあり!」


 警察の事後処理が進められるなか、顔見知りの刑事が明星に近付く。


「事件の概要を聞いてからわずか五分ですか。五分探偵の真骨頂ですな」

「偶然ですよ」

「またまたそんな謙遜を」

「またお前か」


 刑事と探偵の会話に割り込んできたのは、スーツ姿の警察関係者。


「これはこれは泥池警部。またお会いしましたね」


 笑顔の探偵とは対象的に、泥池と呼ばれた警部は強くねめつけるような視線を探偵にぶつける。ネクタイをやたら撫でている。


「毎回毎回邪魔しやがって。勝手に横槍入れてんじゃねぇ」

「そうですかそれはどうも。では失礼致します」


 あまり絡まれたくないのか、探偵は助手と一緒に現場を離れていった。


「泥池警部、事件解決に協力いただいてるんですから、そんなふうに言わなくても」

「ふん、邪魔なもんを邪魔って言ってなにが悪い」


 泥池は去りゆく探偵の背中を、射抜きそうな勢いで睨んでいた。



「先生! 大変です!」

 次の日の夜、探偵の部屋に飛び込んでそう叫んでいるのは、探偵助手の大森だ。


「どうしましたか?」

「これを見てください!」


 それは手紙と写真。写真には、頭から血を流して倒れている泥池警部が写っていた。


「これは?」

「事務所の戸締まりをしようとしてたら、玄関に差し込まれてたんです」


 手紙を広げると、新聞や雑誌から切り抜いた文字を並べて文章が書いてあった。


「なになに? 『このままコイツを殺サレタくなかったラ、シン夜一時に一人でコい』?」


 その後に場所の説明が続く。どうやら建設途中のビルのようだった。


「先生、行くんですか?」

「まあ、ご指名みたいだからね」

「絶対罠ですよ?」

「だろうね」


 探偵はしばらく考えて、立ち上がった。


「大森君、これから言うものを用意してくれたまえ」



 月明かりに浮かぶ街並み。その中で、生まれるのを待っている繭のように、保護布で包まれたビルがあった。

 その三階へ、探偵は靴音をたてながら階段を上る。コンクリートの壁に硬い音が反響し、空虚さを際立たせる。

 ある部屋の前にたどり着いた。扉のない入り口から中を覗くと、奥に倒れた人影が見えた。暗がりのせいではっきりしないが、おそらく泥池警部のものだろう。

 用心深く中に入ると、そこには手紙が置いてあった。


『よく来たな』


手紙を手にした時、感触があった。なにかが動き出したような感触。警戒し辺りを見回すが、かすかな物音がするだけで、他に誰かがいる様子もない。

 かすかな物音?


 その違和感に気付いた瞬間、暗がりからナイフが飛んできた。

 まるで弾丸のような速さのナイフを避けることができず、それは探偵の腹の辺りに突き刺さった。


 赤い液体が散る。


 衝撃で倒れた探偵は、そのまま動かなくなってしまった。

 しばらく、床に赤が広がっていく時間だけが過ぎていく。

 すると突然、奥に倒れていた人物が動き出し、ゆっくりと立ち上がった。


「ははは。こうもうまくいくとはな」


 彼は探偵を見下ろしながら言った。


「オレ達の邪魔ばかりしやがって。自業自得だと思え」


 彼は簡単な装置を回収すると、出口に向かって歩く。

 探偵には必要以上に近付かなかった。なるべく痕跡を、証拠を残さないためである。


 階段を下りながら考えていた。上手くいった。まさか、自分が最後に解いたのと同じ趣向の仕掛けで殺されるとは思わなかっただろう。彼はネクタイをほどいて首元を緩めた。

 ふと見ると、階段になにかが落ちている。紙だ。こんなものさっきまであっただろうか。何気なく手に取り、書いてある内容を歩きながら読んだ。


『出口は三つ。正解はどれだ?』


 なんのことだ? 考えながら階段を下りきったとき、足先になにかが引っかかった。

 紐だ。それが引き金となり、一階に仕掛けられた装置が作動し始めた。

 カチャカチャとドミノが倒れ、コロコロとボールが転がり、瓶や紐や紙や車輪や、その他色々な物が連鎖的に動いていく。


「まさか、意趣返しのつもりか?」


 確かにここの出口は三つあり、見るとそこにそれぞれ『グー』『チョキ』『パー』の絵を描いた紙が貼ってあった。

 そして、この装置のおそらく最後の部分にも、やはりグーチョキパーが描いてある。この中の一つだけが作動し、残りはフェイク。そういう事だろう。


「ふざけやがって」


 装置はいま、棒がパタパタと動きながら坂道を下っている。まだ少し時間はありそうだ。

 アレがこうなってコレがこう。そしたらアッチがソッチヘ……。

 先の展開を読み、ゴールを予測する。


「わかった。『チョキ』だ」


 男の口元がニヤリと歪む。『チョキ』の絵がある出口へ向かう。

 が、出る前に足を止めた。


「これはジャンケンか。だとすると、正解は……」


 男は行き先を変更した。『チョキ』に勝つ『グー』へと。


「危うく騙されるところだった。悪いが、そんなものに引っかかりはしないんだよ」


 そうひとりごちながら出口をくぐった瞬間、踏みしめた地面に違和感。なんだ? と思ったその時。


「せいかーーーーい!!」


 叫びとともに繰り出されたドロップキックに、後ろから突き飛ばされる。男が勢いで前に倒れると、そこには粘着シートが敷いてあった。そこにまともにぶっ倒れ、全身が貼り付いてしまった。


「な、なんだこれは!?」

「おめでとう! 見事仕掛けを読み解き、正解にたどり着いたあなたに拍手ー」


 パチパチと手を叩く音が申しわけ程度に鳴る。


「貴様、生きていたのか」


 手を叩いていたのは、探偵明星その人であった。


「当然、あなたがなにを考えているのか予想し、対策を取らせていただきました。ちなみにこれはトマトジュースです」


 自分の、真っ赤に染まったシャツを指差す。


「正解したのになんだこれは。卑怯じゃないか」

「殺人犯に言われたくありません。わざわざ逃がすわけがないでしょう」

「ふん、だがこの程度でオレを捕まえたと思わない事だな!」


 そう言って彼は粘着シートに貼り付いた服を脱ぎ捨て、逃げ去ろうとした。


「あばよわ!」


 捨て台詞を言い切る間もなく、今度は落とし穴に落ちた。


「当然、それくらいの事は見越しているさ」


 探偵は笑みを浮かべながら近付く。ちょっと怖い。


「く、くそぅ」

「君、泥池警部じゃないね?」

「なぜそれを? はっ!」


 思わず答えてしまった。


「泥池警部はね、娘さんからのプレゼントのそのネクタイ、家に帰るまで外さないんだよ」

「知るかそんな事!」

「そして昨日の事件の犯人に入れ知恵した黒幕であり」

「なに!?」

「そしてさらに君のバックは大きな犯罪組織が関わっているね」

「なんで分かるんだそんな事」

「君の一挙手一投足から読み取れるのさ」

「そんな馬鹿な」

「私は探偵だからね。全てお見通しだよ」

「理由になってない!」

「だから『五分探偵』なんて呼ばれててね。ダサいからやめてほしいのに」

「うぐぐ……」

「ま、これで事件は解決さ」


 その時、通称『ピタゴラ装置』が、『チョキ』の絵を振り上げて止まった。

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