第50話 とびたいなー
「シロー、すごいねー」
「んに」
シロに首根っこをくわえられながら夜間飛行を楽しんでいるので、私の声かけにシロは発声は難しいからか唸るように相槌をうった。
口でくわえられているだけなので、空を飛ぶ振動はあんまりないんだけど、どうしても若干ぶらぶら揺れてしまう。だけどすぐそこにシロがいるのを感じているから、意外なほど安心して楽しむことができた。
シロは数駅先の繁華街が見えるところまで飛んでから、ぐるっと人気のない場所まで行ってからとあるビルの屋上で私を下した。
「どうじゃ? 空の旅もなかなか乙なものじゃろ? 猫の姿で遊ぶのも良いが、そろそろ空を飛ぶ練習をするのはどうじゃ?」
「あー」
この間修行編をしてから、猫の姿を堪能するばかりであの続き、空を飛ぶ練習はしようともしていない。する気なかったし。そうは言ってもあれからまだ数日だけど、シロとしては私がやる気をだしてとんとん拍子にうまく変身できた調子のいいまま、その先にすすませたいってことなのかな?
「なんじゃ、そのやる気のない返事は。空を飛ぶの、楽しいじゃろ? 気に入ったじゃろ?」
気ののらない私に、シロはむっとしながら顔を寄せて詰め寄ってきた。うーん?
前はシロからそんなこと言ってこなかったけど、私が吸血鬼パワーをつかえるとなると話が変わったのかな? もしかして一緒に空を飛びたい的な? だとしたらとても可愛い。
よし! ひと段落はしたけど、これから第二段落目の始まりだ!
「うん。シロと一緒に手を繋いで空を飛んだら、きっととっても楽しいだろうしね! 私も飛べるように頑張るよ!」
「うむうむ。その意気じゃ」
シロは満足そうにうなずいた。その嬉しそうな顔ときたら、私も嬉しくなってしまう。今日はもう夜だし、明日から頑張ろう。
「では、さっそく練習と行くかの」
「ん、え? 今から?」
「ん? うむ。前回は昼間じゃったしの。思い付きじゃが、満月の夜となれば力も高まる。絶好の機会と言えよう」
「な、なるほど」
あー、今からか。急に言われてもやる気が……ううん、やるぞ! シロの為なんだから! それに私としても自分の意志で自由に飛ぶのめっちゃ楽しそうだしね!
シロに飛ばせてもらうのも、それはそれでアトラクションに乗っているような楽しさだけど、車だって自分で運転する楽しさがあるもんね。
「わかった。どうすればいい? 何かコツはある?」
「うむ。空を飛ぶ、と言うのは飛ぶ感覚になれるのが一番じゃと思うんじゃ。今、わらわと飛んだじゃろ? さっきの感覚を思い出すんじゃ」
「……」
ごめん、完全に百パー楽しんでたし、感覚を参考にしようとか全然意識してなかったから、ちょっとぴんとこない。でもとりあえず、挑戦してみよう。
私は寝転がって空を見上げる。綺麗な満月が見える。高めのビルなのでほとんど空しか見えない。風も吹いていて、飛んでいると思い込めないこともない。
よーし、飛ぶぞー。さっきみたいにシロにくわえられて飛んだように……。
「……」
「……」
「……んん。やっぱり難しいよー」
「諦めるのが早くないか? 変身の時は頑張っておったじゃろ」
「あれはまだいけそうだったし。空を飛ぶ感覚ってやっぱり全
然ぴんとこないんだもん」
夜だからより吸血鬼パワーが増えているのかもしれないけど、なんていうか、感覚が尖りすぎて背中のコンクリートとかもより感じちゃうし、地に足ついちゃってるの自覚しちゃってイメージしにくいんだもん。
ふわふわのベッドの上で寝た方がまだいけそうな気がする。思い付きで今日するより、明日じっくりした方がいい気がするな。
「ふむ。そうじゃな……。よし、茜。ちとこっちに来るんじゃ」
シロはふぅむと腕を組んでから、ビルの縁に行って私を呼んだ。何だろ。隣に並ぶと、縁に立つことでより強くビル風を感じた。この風の強さが飛んでいる感じに似てるってことなのかな?
「空を飛ぶ前にまずは浮かぶようになるほうがいいじゃろ。浮かんでさえしまえば、茜なら飛べるようになるのではないか?」
「たしかに。猫になる前に霧になったのがよかったし、急がば回れってことだよね」
「うむ。そう言うことじゃ。では飛び降りて浮遊感を覚えるんじゃ」
「……ん? ここから飛び降りるの?」
「そうじゃ」
……え、急にめっちゃスパルタじゃん。シロは猫じゃなくて獅子だったの?
下をちらっと見る。オフィス街なのでほとんど明かりは消えていて通行人も全然いない。住宅街に比べて断然人に見られる危険性はないだろう。条件は申し分ない。……私の気持ち以外。
「あの、さすがに死んじゃうでしょ」
「当然、わらわも一緒に飛ぶぞ。直前に助けるから安心せよ。万が一失敗したとしてもわらわが助けるからの。痛いだけで済むぞ」
「わー、あーんしーん」
できない。絶対落ちる前に助けるって言いきってよ。落ちちゃったら死ななくても死ぬほど痛いじゃん! 怖すぎなんだけど!
「うむ、ではゆくぞ」
「あ゛。あああああ」
私の相槌を信じちゃったらしく、シロは笑顔で私の肩をポンと叩き、そのままの勢いでつかんで一緒に飛び降りた。
笑顔のまま落ちていくシロと共に浮遊感が私を襲う。シロの手が離れ、さっきシロと飛んだ時の安心感はなくて、ごうごうと空気を切る風の音が耳を横切るのがさっきのアトラクション感覚の楽しさじゃなくて、ただ恐ろしく感じられてしまう。
手足がぶらぶらして地に足がついていない浮遊感。まるでちっぽけでぺらぺらの落ち葉みたいに、頼りなく私の体が落ちていく。
恐ろしいのに、恐ろしいからこそ近づいてくる地面を見ずにいられない。どんどん近くなる。そろそろ10メートル切ってる? シロはいつ助け、ん!? 隣にシロいない!?
え、ちょ、やばい。なんとかしなきゃ! と、飛ぶのは無理でも、落ち葉なら!? 私が落ち葉なら直線で落ちない! 落ち葉なら、横に揺れるように落ちる! 空気抵抗で横方向に滑空する落ち葉はどんなに高くから落ちても砕けない!
私は落ち葉。落ち葉! 落ち葉! 落ち葉は落ちない!
「んにゃ!?」
「わっ!? え、し、シロ、後ろにいた、ってでっか!」
前から受ける風がなくなりほっとした瞬間、すぐ背後からシロのびっくりした声が聞こえて振り返り、シロの方がめっちゃでかくなってて私もびっくりしてしまった。
「いや、茜が小さいんじゃ。自覚がないのか? 葉っぱになっておるぞ」
「え、あ、落ち葉に」
「うむ。まあ、浮かぶことには成功しておるが」
「え、あ、本当だ。落ちないようにしたつもりだけど、落ち葉は落ちないってイメージのおかげでなんとか浮かべたみたいだね」
自分が落ち葉と言い聞かせたから無意識に本当に落ち葉に変身して、そのおかげで私は浮かべたみたいだね。いやー、助かった。なるほど。自力で浮かんでいるのってこういう感覚なのか。
胸をなでおろす私に、シロはぷかぷか浮かんだ状態からゆっくり私を肉球にのせて地面におりながら、不思議そうに首を傾げた。
「ん? 落ち葉のイメージで浮かんでおるのか? 汝のイメージ謎過ぎるんじゃが」
「まあ言われたらそうなんだけど。とりあえずできたし結果オーライ、と言うか、シロの方こそちゃんと助けてくれるつもりだった?」
あと5メートルくらいしかないし、本当に助ける気あった? 落ちてから助ける予定だったんじゃないよね? シロのこと疑いたくないけど、ぎりぎりすぎてめっちゃ怖かったし。
「当然じゃろ。あと五センチ、と言うくらいのところで救い上げるつもりじゃった」
「え、こっわ」
めっちゃ怖かったのに、あれよりさらにぎりぎり攻めるつもりだったの? ちょっとうっかりしたら普通にぐちゃぐちゃじゃん? こわいこわいこわい。シロは確かに吸血鬼として頼りになる先輩だし、その能力は疑わないけど、絶対うっかりがないわけじゃないじゃん? 怖すぎなんだけど。
「と言うか、いつまで落ち葉のままでいるんじゃ?」
「あ、そうだね。と言うかこの視点で見ると、シロが巨大猫みたいでちょっとわくわくするよ」
ぴょんとシロの手から飛び降りて、猫に戻る。うーん、落ち葉は勢いでなったけど、なんか変な感じだったなぁ。でもなんか、霧と猫以外への変身もできそうな気がする。
シロの無茶振りだったけど、何だか大幅レベルアップした気がする。
「よーし、じゃあ今度は猫の状態で浮かんでみる!」
さっきの感じでふわふわと、私は落ち葉。落ち葉。
「……うむ、まあ。浮かべるようにはなったんじゃし、空を飛ぶ練習からするのはどうじゃろう」
普通に落ち葉になってしまった。シロと視線の高さは同じだし、すでに宙に浮かんでいる状態にはなっているけど、さすがに簡単にシロと同じように飛ぶのは難しかった。
帰り道もシロと一緒に練習を続けてなんとか浮かんでいたけど、落ち葉状態は進むことはできるけどちょっと方向転換難しいし、スピードもそれほどでない。落ち葉でなら自由自在に飛べる、とまではいかなかった。
でも家でも飛ぶ練習はできるし、これも悪いことばかりじゃない、よね?
その後、シロと一緒の空中散歩の為に練習を頑張るのだけど、猫や人間の姿で飛べるようになるまではまだまだ時間がかかるのだった。
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