第34話 旅行編 夜の散歩
「うわー、思ってた以上にいいね。雪の中の散歩」
「そうじゃな、何とも言えぬ、風情がある」
二人で宿を出ると入り口の明かりに照らされた雪が真っ暗な夜空をバックにして輝きながら落ちてくるようで、すごい綺麗。
隣のシロの手を握って歩くと、空気の冷たさと相まってその手はとってもあったかくて、傍にいるんだなって実感もあるし、足元の雪のふがっきゅって感じも楽しい。
「なんかさ、空気も違うって言うか、いいよね」
「そうじゃな。たまにはこう言った旅もよいものじゃな」
「また目標設定して、達成したらご褒美旅行しよっか」
「そうじゃなぁ……今度は、自分たちで稼いだお金での」
「う、はぁい」
今回の旅行費、親からもらった分の余裕がある分、多めの予算にしたのばれてたのか。まあ配信者としての稼ぎで生活費を賄えるようにはなってるし、なんとかなるでしょ。
「じゃあ今度はどこ行こっか。今冬だし、次は夏かな? 南の島に行って夜のビーチを散歩とかめちゃくちゃよくない?」
「うーむ。悪くはないが」
「海水も大丈夫なんだよね? 泳いでも、あ、もしかして吸血鬼って酸素ボンベ使わなくても深く潜れるんじゃない!? わ! めっちゃ楽しみ!」
「う、うーむ」
「ん? どうしたの?」
海は最近行ってないし、体一つでどこまでも潜れるとか考えただけでめっちゃテンション上がる!
って思ってたんだけど、何だかシロは歯切れが悪い。空いている手で自分の顎をなでながらそっぽを向いている。
「あれ、もしかして海水駄目なの? 海を渡ってきたって言ってたよね?」
「船には乗ったが、あまり海水に触れたことはないからの。まあ、べつに吸血鬼的に駄目と言うことはないと思うが……」
「ん? 泳いだことないってこと? じゃあ私が教えるよ」
スキーもすぐにできるようになった運動神経抜群なシロだし、泳ぐのもすぐできるようになるだろうと思ってかるーくそう言ったんだけど、シロは何故かまだ浮かない顔だ。
もしかして泳げないのが恥ずかしいのかな? とも思ったけど、授業で習う現代ならともかく、シロが泳げないとしておかしいことはない。スキーも普通に楽しんでたから、初心者なのを恥ずかしがるタイプでもないはずなのに。
「んん……まあ、仕方ないの」
「あれ? もしかして、海恐いとか、そういうこと?」
「ば、ばかもん! そのような、子供ではないのじゃぞ。全く、失礼を申すでない」
適当に行っただけなのに図星だったみたいだ。海に触れたことがあんまりないって言うのは、その例外でおぼれたみたいなことなのかな?
ふりむいてぷりぷり怒っている顔もプリティだけど、今のは私が無遠慮だったので素直に謝る。
「あ、うん。ごめんね? まあ、きっと大丈夫だよ。めっちゃくちゃ海好きにさせてみせるから!」
「そうか……ふふっ、汝は本当に、阿呆じゃな」
それはそれとして、絶対嫌なくらいじゃないみたいだし、どうせなら嫌な記憶は良い記憶で塗りつぶした方がいいので親指をたててそう断言すると、シロは一瞬びっくりしたように目を丸くしてから優しく微笑んだ。
罵倒されているのに全然そんな気のしない微笑に、私は一瞬言葉が出なくなる。
「……あ、公園見えてきたね。夏の話はこれくらいにして、そろそろ冬の満喫に戻ろっか」
「そうじゃな。人もそこそこいるようじゃ」
ちょうど公園の明かりが見えて来たので話題を変えることにした。近づくと公園の入り口にちゃんと名前があった。普通に公の公園っぽいな。
階段を上がって中に入ると、遊具部分は使えないように囲われているけど、あちこちにライトアップ雪像があった。等身大より小さいくらいのだけど、結構迫力もある。
「おお、これはすごいの。こっちの雪だるまも、ここまでたくさんあると見物じゃな」
右端には大きいのから子供が作るような小さいものまでいっぱい並んでいて、大家族みたいですごい。一つ一つ微妙に違う個性があって面白い。もしかして地元の人が作ってるのかな?
「あ、見て見てシロ! 猫!」
写真をとってから奥に進むと、動物のコーナーがあって、その中にあった猫の雪像に思わずシロの手を引いた。素直についてきてくれるシロと猫の石像の前に行く。
リアルなやつじゃなくてゆるキャラみたいなやつだけど、これはこれで可愛い。他に犬や熊なんかも同じテイストで並んでいて、メルヘンチックでとても可愛い。
「白いからシロのゆるきゃらっぽくない? 写真撮っておこうよ」
「それはよいが、茜は本当に猫が好きじゃなぁ」
シロは呆れた顔になったけど、カメラを構えるとちゃんと笑顔になってくれた。すっかりプロだね。
「うん、好きだよ。他の動物ももちろん可愛いけど、やっぱ一番は猫かな。世界一可愛い生き物だもんね」
「いや、うむ、まあよいが」
「シロも猫が一番好きなんでしょ? だから猫になったんじゃないの?」
「うむ、まあ、好きじゃけど……」
「ん?」
私もとってもらうけど、シロはなんだか曖昧だ。猫になるくらい猫が好きなんだと思ってたけど、べつにそう言うわけじゃないのかな。
でももし最初は他に選択肢が無くて猫になったとして、長い人生いつでも猫以外にもなれたのに猫を続けてきたんだから普通に好きだと思うけど。自分が猫になるから、逆に猫が好きとは言いにくいのかな? 私も人間が好きとは思ったことないし。
「じゃあ最後に、あ、あれだね」
「うむ、おお。これは中々、壮観じゃな」
公園の奥は遊具のない大きな広場になっていて、そこに一面小さなかまくらがあり中に一つずつ明かりがついていた。足元から花が咲くように明かりが照らされていて、すごくロマンチックな感じで綺麗だ。
「すごーい、それに平日だからかやっぱり人少ないから快適だね。写真撮り放題だし」
「そうじゃな、時期の限られる珍しい景色となれば、もっと人がいてもおかしくないじゃろうな」
だよね! いい感じの写真もいっぱいとれたし、あとでまたまとめて投稿しよっと。
シロも楽しんでくれて大満足で公園をあとにする。思ったより時間をくってしまった。帰りはお土産を物色しようと思ってたけど、お土産自体は置いておいて、ちらっと今食べる用のご当地お菓子を選ぶくらいにしようかな。
「シロ、そろそろ時間だから早くお土産屋に行こうか」
「土産屋に寄る時間はあるのかの?」
「途中にあったお店なら大丈夫大丈夫。お菓子とか配信しながら食べる用のちょっと買おうよ。ご当地限定のお菓子とか結構あるはずだよ」
「ふむ。まあそうか」
シロも興味がでたみたいなので、気持ち早足で行きに横を通ったお店に向かう。お土産屋も兼用なんだろうけど地元民も買いそうな個人経営っぽいお店だ。内装の感じも普通の街中では見ない感じで、ちょっとわくわくする。
「あ、これなんかどう? この地方限定のわさび味のポテチ!」
「悪くないの。む。これもいいのではないか? このあたりの名産のようじゃ」
「美味しそう、いいね。あ、まって、これも良さそうじゃない? この地域限定の林檎酒だって」
「酒か。秋振りじゃな。じゃが汝、あまりお酒に強くないようじゃったが大丈夫か?」
「ん? そうかな? 大丈夫じゃない?」
二日酔いにはならなかったし、ちょうどほろ酔いってくらいだったし。前回でシロに思い切ってちゅーできるようになったし、むしろいい思い出なのだけど。今回はこれ以上解放する欲望もないしね。もちろん配信中には飲まないようにするけど、シロが言うならほどほどにしておこう。
「じゃあ赤林檎と青林檎、二種類だから二人でちょっとずつ分けて飲もう。アルコール度数も5で高くないし、それなら大丈夫でしょ」
「まあ、気を付けるならよいが」
「酔い覚ましように、ノンアルコールも買おう。えー、あ、普通の林檎サイダーもあるし、あ、青じそサイダーだって、面白そう!」
シロの心配ついでに時間ぎりぎりまで選んで、いっぱい買っちゃった。楽しみー! お菓子は配信中に食べてみんなと共有しよ。シロと一緒に宿に戻る。
「時間ぎりぎりになっちゃったね」
「まあ、間に合ったからよいじゃろ。まだ五分あるしの」
後半走って宿に戻り、慌ててノーパソをだして配信用意を済ませたところでちゃんと時間前だ。お菓子と飲み物も並べて、と。お酒も、こういうのあったよーってことで見せるように置いておこう。
カメラの角度もチェック。荷物が移り込んだりもしてないね、窓や入り口も閉めたし、確認もOK。
「よーし、じゃあそろそろ配信始めようか」
「うむ」
すでに画面上には始まる前から再生して待ってくれている人がいる。遅れなくて本当によかった。時間を確認しながら、私は配信を開始する。
「こんばんはー、きゅーけちゅちゃんねるのアカです! 今回は特別、旅行先からの出張版だよ!」
「シロじゃ。たまには旅もいいものじゃな」
《キタ――――!!》
《待ってた》
《こんばんはー》
《ついに旅行編か、胸が熱くなるな》
「今日はほんとに楽しかったよー。全体的に振り返りながら行程を説明するね」
「全体的か、まずは電車にのったの」
「そうそう。長かったよねー。電車で食べる駅弁ってなんであんなに楽しいのかな」
「やはり非日常的な、珍しい体験だからではないか?」
お昼にツブヤイターにも投稿していた駅弁の写真を画面上に
表示させる。写真を見ると詳細な記憶が思い出される。
「シロは定番の幕の内にしたんだよね」
「定番ならハズレはないじゃろ? わらわはあまり駅弁の造詣に深くないからの」
そんな感じにシロと楽しく話しながら、みんなも楽しめる様に写真もだしつつ、短めに全体を振り返った。経験のある人は共感してくれたり、ない人も興味を持ってくれたみたいなので、全体的にいい感じなのではないだろうか。
「で、とりあえずお菓子とかいっぱい買ってきて配信に並べてまーす」
「うむ。時間的にも小腹もすいてきた気もするしの。ちょうど良かったのではないか?」
「だよねだよね。最後はギリギリになっちゃったけど。走らせちゃってごめんね」
「謝ることではなかろう。わらわもつい、見慣れぬ物ばかりでテンションがあがってしまったからの」
「うんうん、全然知らないのが多くて目移りしちゃうよね」
そしてついに最初から並べていたお菓子たちの出番だ。
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