第32話 お正月

「あけましておめでとう、シロ。今年もよろしくね」

「うむ。あけましておめでとう、茜。こちらこそ、よろしく頼む」


 年末の生放送を終えて、年越しそばや除夜の鐘を堪能した私とシロは、テレビの挨拶に遅れてお互い頭をさげあった。

 顔をあげて見合う。シロの猫耳がぴくぴくと動き、にんまりと楽しそうにシロは微笑んだ。


 実家には明日、正確には今日帰ることになっている。あんまり気は進まないし、最近あったばかりじゃん、とは思うけど、その分心配かけたり援助してもらったりしてるし、そこは仕方ない。ただ生放送のことがあるから、年が明けてから実家に顔を見せに行くことになっている。


 なんにせよ、年越しの瞬間はシロとのんびりできて何よりだ。今年も始まるんだなー。


 ぴこんぴこん、とツブヤイターとかにも通知がきた。黒子さんはもちろん、ちょっとずつ挨拶とかしている他のチャンネル配信者さん、あと家族やスマホでだけ繋がってる友達とも挨拶をかわす。

 猫動画とも人動画ともとれるので私から声かけにはなかなか行きにくかったけど、やっぱシロが可愛いからね。向こうから声をかけてくれた人も何人かいるのだ。

 一通り済ませて顔をあげるとシロと目が合う。シロは私を見てにこにことしていた。


「ごめん、待たせた?」

「いやいや、挨拶は大事じゃ。茜に友人が多いようで嬉しいぞ。この国も年越しを大事にしておるのは知っておるしな」

「まあ、結構どこの国もそうだよね」

「うむ。そうじゃな。じゃが、こうしてわらわが同じようにするのは、なんと言うか、楽しいの」

「シロが人間生活楽しんでくれてるの嬉しいな。猫の生活で満足してるのを、無理やり誘ったみたいなもんだし。猫の生活ももちろん気ままでいいけど、人間の方が選択肢は多いもんね」


 いつも気負ってるわけじゃないけど、最初無理に付き合わせた感はあったもんね。仲良くなったし普通に楽しんでくれているとは思ってたけど、猫の方がいいけど私の為にって妥協されてるとしたら嫌だもんね。


 私としては、ずっとシロと一緒にいたい。だから無理に付き合ってくれてるんじゃなくて、ちゃんと純粋に人の生活も楽しんでくれてるのわかってちょっとほっとした。よかった。えへへ。


 頭をかいて照れ笑いしちゃう私に、シロは頬杖をついて私の顔を覗き込むようにして、にぃっと笑った。


「ふふっ、阿呆じゃなぁ。茜とじゃから、楽しいんじゃぞ?」

「っ……そ、そかー。嬉しいよ」


 や、やばい。ちょっと普通に、ドキッとしてしまった。なんか大人の女って感じの微笑で、すごい色っぽい感じだったから。

 今更だけどシロって、年上の大人の女の人なんだよね。ついつい年下みたいに距離つめてしまうから、そのギャップについドキドキしてしまうのかな。うう。

 シロは普通に、後輩吸血鬼として私のこと許してくれて優しくしてくれてる。なのにこんな風に意識してしまうのって、絶対失礼だよね。

 家族みたいなもんじゃん、って。家族のような存在になりたいって。そう思ってたのに、変な下心でたら駄目でしょ。落ち着け私。


 ご飯の流れでいつもより長く人の顔見てるのもあるかもだけど。えーっと、でも、いつまでもこんなんじゃ駄目だよね。よし。


「ねぇシロ、せっかくだしこのまま、初詣いかない?」

「ん? ああ、そうじゃな。わらわも神社で世話になったこともあるが、詣でたことはないからの。そうじゃ、甘酒がもらえるんじゃろ? あれ気になっておったんじゃ」

「よーし、じゃあもらえるところ探そう」


 今までは一応、冬休みになるたびに帰っていたのでこっちでお参りしたことはない。なのでささっとスマホで検索することにする。


「ん? どこでもいいのではないのか?」

「お神酒のところもあるし、もらえないところもあるからね」

「そうじゃったのか」

「ここかな。近所だし、よし、行こう」

「うむ」


 シロは頷くと、元気に猫になってしまう。


「え、ちょっとシロ? お参りなんだから人間じゃないと」

「む? じゃが混むしの。茜の肩にでも乗っていた方がはぐれないしよいのではないか?」


 この機会にもっと人のシロと過ごして顔になれよう、と思ったのにまさかの猫展開。えー、いやでも、普通人でしょ。


「甘酒飲みたいなら人でしょ。私の分をわけるとかは、他の人の目もあるから無理だし」

「ふむ。そうか。そうじゃな」


 最後人間になったシロとお出かけ用の服に着替える。シロは習慣的に気温に合わせて服を選ぶことがないので、ここは私がみつくろう。うん。こんなもんかな。


 シロと一緒に出る。エントランスを通ってマンションの横道をとおる。猫の集会場がちらりと目に入った。さすがにこの時間はいないみたいだ。まあいたとしても、今はシロがいるもんね。

 私はシロの手を取って握る。手袋をしていないので外気によってちょっと冷たい。手袋はもこもこして苦手なんだよね。


「あ、そう言えば、最初私の事助けてくれた時ってどうやって部屋に返してくれたの?」


 猫のシロには当たり前だけどどの部屋に住んでるとか言ってないし、そもそもこのマンションはセキュリティがしっかりしている。玄関の入り口は鍵を持っているだけだと入れないし、無理やり入ろうとしたら普通に通報される。


「ん? ああ、茜がこのマンションに暮らしておるのは知っておったし、普通に人になっておんぶで運んだぞ。その方が血も隠せたしの」

「おお、ありがとう。でも部屋とか、鍵の開け方よくわかったね」


 それも考えてなかった。おんぶか。人に見られたら私めっちゃ駄目な大人って思われただろうなぁ。


「ズボンに鍵束がはいっておったからの。ただ玄関の開け方はわからんかったが、鍵をいじっておる間に他の者が通ったので一緒に通ったんじゃ。部屋は匂いで普通にわかったし、鍵のそれらしいので開いたしの。血だらけじゃから室内を汚してはと思い、玄関に寝かせたが、今思えば悪いことをしたの」

「全然、吸血鬼の体だから丈夫だしね。むしろめっちゃ気遣ってくれてありがとう」


 そうかー、セキュリティのわかりやすい穴をとおってきたのか。カメラあるし怪しい人が後をついて通ったらチェックされるけど、子供が大人をおんぶしてる状態は怪しいけど、怪しすぎて逆にセーフだったのかな? カメラたどれば私の部屋に鍵使って入ってるのはわかるだろうし。

 そして玄関だったのそうか。言われてみればそれめっちゃ助かる配慮だな。もし気をつかって室内に入ってベッドに寝かされてたら泣いてた。


「吸血鬼にした以上、放置はできんからの」


 私のお礼にシロは慈悲深い笑みでそう言ってくれた。あー、シロって、今更だけどめちゃくちゃ美少女だねぇ。


「そっかー。シロって本当に優しいね。好き」

「う、うむ」


 あ、思わず告白してしまった。いつものことだけど、なんかちょっと、違う意味入ってた気もする。

 うーん。もしかして私、勘違いとかじゃなくてシロに惚れてるのかな? 見た目がとかじゃなくて、なれないからドキッとするとかじゃなくて、普通にシロのことを恋愛対象として意識してるのかな? うーん。……否定はできない。


 家族になりたいのにこう言うのは駄目だよね……ん? そうか? 待てよ、家族と言っても色々あるよね。恋愛感情から結婚した場合は家族になれるし。

 なるほど、私がシロと一緒にいるためにすべきなのは、シロを口説いて、ただルームシェアしてるだけのなんちゃって家族から、ガチの家族になることなのか。


「…………むっず」

「ん? なんじゃ急に。考え事しておったようじゃが」

「うーん、ちょっと気付いたことがあって」

「なんじゃ? 珍しいの。わらわでよければ相談に乗るが」

「ありがとう」


 シロめっちゃ優しい。好き。

 好きなのは間違いない。人だと近かったり場合によってはドキッとして恋愛的な意識をするのも否定しない。でもそれって本当に恋愛感情なのかな?

 一時的な気の迷いな気もする。そもそも今まで恋愛に興味なかったし、それって一生続くのもあれば続かないのもあるわけでしょ? シロのお情けで仮に結婚できたとして、私たちってめちゃくちゃ長生きなことを考えたら下手に恋愛感情にした分冷めたりして別れる可能性があるのでは? だとしたら恋愛感情は切り捨てた方がシロと一緒にいられる。


「でもまだまとまらないから、今度お願いするよ」

「そうか? まあ、折角神頼みに行くんじゃしな。わらわよりは頼りになるじゃろ」

「えー、そんなことないよ。神様より先にシロに相談するからね」

「うむ。それでよい」


 はー……うーん。ていうか、めっちゃナチュラルに手を握ってしまった。シロのおてて、ちっちゃいなぁ。昼間は日傘をさすし、手がふさがるからできないけど、べつにシロの手に触れたことがないわけじゃない。

 でもこうやって長時間握るってことはない。なんか、やわらかいなぁ。ぷにぷにしてる。常に一番健康的な感じだから、そう言うことなんだろう。


「お、人込みが見えてきたの。あの神社か。思ったより混んでおるのぉ」

「そうみたいだね。はぐれないようにしないと」

「そうじゃな」


 何気ない私の言葉にシロは頷いて、手を繋いだままぎゅっと抱き着くようにして腕をくんできた。

 お! あ、ああ、このくらい、ふつーに私からしてたくらいなのに、やば、ちょっと今恋愛脳になってるせいか、めっちゃドキドキしてきてしまう。厚着だし体が分かるわけでもないし、そもそも一緒に毎日お風呂に入って抱っこしてるのに、ちょっと密着で意識するのおかしすぎでしょ!


「今日はやけに静かじゃな。家を出るまで普通じゃったのに」

「ん、べつにそんなことないけど。シロ、今日はなんか大胆だなー、なんて」

「んん?」


 シロは私を見上げて首をかしげ、そして顔を見合わせてからにーんまりと意地悪そうに笑う。


「なんじゃー、いつも茜からくっついてくる癖に、照れておるのか? 汝はほんと、愛いやつじゃのぉ」


 手を伸ばしてうりうり、と頬をつっついてきた。そのムーヴ、お姉さんかよ! こんな小さいのに! やば。今私、何にでもドキドキする状態かも知れない。


「シロ、マジに照れてる時はからかうのやめてよ」

「いつもふざけておるのは茜じゃろ。こういう時くらいよかろう。恥じらっておる姿も可愛いぞ」

「……」


 これ、この夜の間になれてドキドキしなくなるようにとか、無理そう。そしてやっぱマジで好きなのかな。


 私はにやにや笑いのシロと一緒にお参りした。先に甘酒をもらってほっこり気持ちを落ち着けてからのお参りだったので、神様にはちゃんとお願いできたと思う。

 それからおみくじを引いて二人とも大吉で、機嫌のいいシロと一緒に私たちは夜空を見上げながら遠回りして帰った。


「楽しかったね。夜の散歩、たまにはまた一緒にしよっか」

「うむ。そうじゃな」


 家に帰る頃にはシロと一緒にいて、ちょっとドキッとしてしまうのにもなれた。目的を達成できたような、そうでもないような?

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