吸血鬼になったので配信者になる現代百合

川木

本編 吸血鬼配信者編

第1話 猫が好きすぎて吸血鬼になった

 私は猫が好きだ。大好き。だけど現在は近所の猫集会を心の生き甲斐にしているのが限度の底辺猫好きである。


「なーん」

「にゃーん、可愛いですにゃー。よーしよしよし」


 ここにきて最初に出会った白猫ちゃんは、今では私が顔を出すとすぐに近寄ってきてくれる最高に可愛い猫だ。心の中ではシロちゃんと呼んでいる。理由は白猫だから。首輪はしてないけど、綺麗な毛並みだし人慣れしているので多分どこかの飼い猫だろう。


 ちょっと高級な猫用お菓子を献上し、撫でさせてもらう至福の時間。


 動物嫌いな家族とお別れし、いざ猫とのラブラブ生活を夢見て上京して四年。大学を無事に卒業したまではいいものの、就職活動は難航してフリーター生活半年。

 家族が保証人になってくれたこのマンションはセキュリティなど設備はいいものの、ペット不可。しかも物はいいので値段は高いし。

 休日は日がな一日猫動画を見るのが趣味で物欲のあんまりない私だからかろうじて貯金ができてるけど、なかなかペット可能な賃貸へ引っ越しする目処はたたない。

 就職活動しないといけない。とは思うものの、こうして一応猫とも会えるし、つきたい職業があるわけでもない。一応生活はできてる。

 と言うことで、今日もこうしてだらだら過ごしている。


「にゃん」

「え? あっ、そっち行ったら危ないよー」


 ふいにシロが頭をあげたのでつられて顔をあげると、一匹の子猫ちゃんが裏道の集会場から出ていこうとしていた。そっちは表側だ。車の往来が激しいわけでもない一方通行の道だけど、その分車は飛ばし気味ですぐ傍がゆるいカーブで見通しが悪いのもあり事故が起こりやすい。

 私は慌てて子猫を追いかけてぎりぎり歩道の白線の内側で抱き上げた。


「あぶ、あっ」


 抱き上げたのもつかのま、すぐに子猫は腕から飛び出してしまい慌てて私は飛び出した。


「あっ」


 視界の端に明かりが見えてはいた。だけどてっきりカーブにある電灯だとばかり思っていて、私は車にぶつかった。

 ちょっと身をかがめていた私の肩に大きなものがぶつかり、体がまわるようにして吹き飛ばされる。衝撃に痛みより先に驚いている間にすぐ目の前に大きな石があって、私は縁石にぶつかった。


「あ”」


 体の上を何かが通過していって、勢いでさらに体が転がる。え、なに、普通に、もう一回ひかれた? 飛び出したのは私が悪いけど、ひき逃げ?

 熱い何かが体から漏れ出ていくようだ。転がった勢いで全身が痛くて、痛すぎて涙は出てくるし、呼吸もしにくい。車に乗られた時も感覚は麻痺してたけどごりごり音がしていたし、何だか寒気すらある。もしかしてこれは、死ぬのだろうか。


「あー……ふむ。わらわのせいでもあるしの。ここは助けてやろうかの。恩にきるがよいぞ。よいな? 恨むでないぞ?」

「あ……?」


 曲がった視界の中、私の大好きなシロがいて、何かしゃべった気がした。









「はっ」


 びくっと体が飛び上がるようにして起きた。気持ちの悪い起き方のやつ。でも夢の記憶はない。心臓がばくばくしていて、私は胸を抑えながら起き上がる。


「は、はぁ、はー」


 夢だった。車にひかれた夢だった。めちゃくちゃリアルで、血の気の引く感じや、体にひびく痛みがすぐに思い出せる。こわ。こっわ。うー、わー。あー、つら。

 ん? と言うか、なんで玄関で寝てるんだろ。靴も履いたままだ。昨日の記憶がない。


 ふらりと立ち上がり、ふと玄関にかけてる全身鏡が目にはいった。


「……ん?」


 鏡の中にいたのは自分ではなかった。髪型こそ同じものの、普通に別人。いや面影はあるが、こう、美少女になっている。いや、成人してるし少女じゃないか。美人か。

 私の血筋のいい要素だけ集めてガチャしまくって最高レアをひいたらこうなるかも? と言うくらいにはなんとなーく、親戚にいてもおかしくない気配はあるけれど、明らかに別人だ。

 しかも服もおかしい。服は手持ちのもので昨日着たものだけど、服は血だらけだった。うーん。夢か。そう言えば玄関で床で寝てたのに体も痛くない。夢に決まっていた。

 私こういう美人になりたい願望あったのか。ていうか、私って美少女って言うのは冗談交じりで言えるけど、私って美人はがち感あってちょっと恥ずかしいな。


「何をやっておるんじゃ」

「あ、シロ。え、シロしゃべった。ていうか、我が家にいるってことは飼ってる! やだー、最高の夢じゃーん。シロー、おいでー」


 夢の中とわかったのは初めてだ。これからどうしようか。と思っていると、とたとたと足音を立てながら奥の部屋からシロがやってきた。いつものように両手を広げる。


「汚い格好で近寄るでない。さっさと身ぎれいにして着替えるがよい」

「はーい」


 言われてみれば仕方ない。靴を脱いで、玄関も鍵はしまってるけど、防犯ロックとチェーンがされてなかったのでする。しかし、夢の中とはいえ感触がリアルだ。

 そのまま入り口近くのお風呂場にスイッチを押して沸かしながら脱衣所に入る。服を脱いで広げると服の汚れはひどい。下着まで血が染みついていて匂いまでする。まとめてゴミ箱にいれて、小さなゴミ箱がいっぱいになってしまったので袋は閉じた。体はもちろん傷一つない。

 うん? なんかちょっとスタイルも違う。元々太ってはなかったけど、胸とか、腕にあった古傷もなくなってる。まるで違う人間の体だ。あ、でもシロを飼っている人間になったのだから当たり前か。


「えっ、あぁ」


 黒髪なので気付かなかったけど、髪にも血が付いて固まっていたようで、シャワーでお湯をかぶると匂いと色が風呂場中にひろがってしまう。

 気持ち悪い、ということもないな。鉄臭いのだけどどことなく心地よさすら感じる。さっきの衣類も臭いとは感じなかったし、やはり夢だから不快感が低めなのかもしれない。


「ふー……」


 全身しっかり洗っていれば湯船いっぱいにお湯がわいたので、ゆっくりとつかる。痛みや疲れも特に感じないけど、疲労感が溶けていくようだ。夢の中でもお風呂の心地よさは変わらないようだ。

 お風呂をあがって身支度を整えて脱衣所を出る。はー、気持ちいい。


「出たか。まあ混乱することもあるだろうが」

「シロー、夢の中でも可愛いねぇ! あー、きゃわいい」


 ソファに乗っていたシロに駆け寄り、抱き上げて自分がソファに座りながら頬擦りする。普段は言っても外にいる子だし、他所様の子だとするとなおさら、顔で触れ合うのはちょっとな、と遠慮していたけど、夢の中ならそんな必要はない。

 すーはー、あ、なんだこれ。ほかほかふわふわのいーにおい。


「おい、真面目な話をして、というか、まだ夢だと思っておるのか?」

「んー? シロしゃべれて賢いねぇ」

「ええい! このままでは埒があかん」

「わっ?」


 シロは私の腕の中から飛び出して、ソファの上でぽわっと一瞬黒い何かになってから、人間になった。

 白い髪、白い肌。おめめは青で猫の特徴そのままに、ラフな格好だけど普通にシャツとズボンを身につけた中学生くらいの可愛い女の子。


「え?」

「ふふん、見たか。いい加減現実をみよ。わらわは偉大なる吸血鬼であるぞ。そして汝はわらわの眷属にして、新米ながらも吸血鬼になったのじゃ。昨晩、儚く散りそうな汝を助けてやったのじゃ。感謝し、恩にきるがよい」

「え? あー、そう言う展開ね、はいはい」


 胸をはる女の子に察する。私の見る夢はストーリーが突飛なものも多い。そして言われた瞬間そうだった、と何故か納得するのだ。

 そう言う設定なのだと言うならそうなのだろう。いつもみたいに納得感はこなかったけど、今回は夢とわかってるからね。


「ありがとう、シロ。命のおーんじーん」


 私も立ち上がって、ソファに乗ってる分ちょうど同じ高さにある擬人化シロの頭をそっと撫でる。うわ。猫とは違うけど、髪の毛さらさらで撫で心地めっちゃいいな。


「でもなんで吸血鬼? 猫を使い魔にしてそうなイメージはあるけど、吸血鬼が変身するのは霧とか蝙蝠とかだけど」

「わらわくらいになれば猫だろうと容易い。と言うか、めちゃくちゃ軽いが本当にわかっておるのか? 夢ではないぞ?」

「はいはい、夢なのはわかってるから、そろそろ猫に戻ってくれない? 明日は遅出とは言え、睡眠時間は限られてるしね」

「全く、仕方ないのぉ」

「ん?」


 シロは頭上の私の手をとり、目の前に持ってきて反対側の手で表面を撫でた。


「いっ!?」


 撫でた、と思ったのに何故か私の手の甲には三本のするどい切り傷ができていて、大粒の血があふれでる。

 昨夜の記憶がよみがえる。車にひかれ、体が冷たくなる感覚。全身から血の気が引いていく。痛い? これは、夢じゃない?


「え……」


 血は確かに浮かんだ。だけど切り裂かれて見えた中の赤い肉は時間を逆戻りするように皮膚がくっつき見えなくなった。ほんの数秒で、血だけが空から落ちてきたように残っている。


「おっと、もったいないの」


 シロは私の手をちょっと持ち上げ、手の甲の血をなめとった。その仕草は間違いなく猫のシロのものだ。舐めあげて手を離し、ペロリと唇を舐めながら私を上目づかいにみたその瞳は輝き、シロと同じように目を細めている。


「え……待って、本当に夢じゃなくて、現実? 私は車にひかれて、死にそうで、シロが吸血鬼で、助けてくれたの?」

「うむ。そうじゃ」

「この見た目は?」

「うむ。吸血鬼になった影響じゃな。肉体の全てが人間ではなく、吸血鬼として再構成される過程で、元々の肉体の遺伝子情報から最適化されたものなっておるから、ちょっと変わっておるの。まあ、整形したで通じるレベルじゃろ」

「まじか」


 まあ、傷が残ること考えたら美人になったならむしろラッキーか。いや待て。吸血鬼なんて化け物だし、なんかしらデメリットあるのでは?

 驚愕する私に、シロは尊大に腰に手をあて胸をはっている。


「吸血鬼になったら見た目と怪我が治る以外何か変わる?」

「うむ。そうじゃな。普通に不老になったし頑張れば吸血鬼の能力もつかえるようになるじゃろうな」

「太陽とかニンニクとか川とかは?」

「ニンニクは問題ないぞ。川はなんじゃ? 太陽は苦手じゃな。得意ではないが、まあ皮膚がただれるとかではないし、日傘があれば問題ないぞ」

「はー、なるほど」


 じゃあまあ、人間として擬態して生きることは可能なのか。不老になったとか、ちょっと心の準備できなさ過ぎて頭ついていかないけど。


「あ、ごめん、言い忘れてた」


 さすがに夢だとは言わないけど、さすがに脳みそがついていかない。現実と言うなら今は何時なのか。外暗いから夜なんだと思うけど。とか余計な事を考えてからはっと気が付いた。

 大事なことに頭が回ってなかった。


「あの、シロ。さっきは信じずに適当に言ってごめん。それで助けてくれて本当にありがとう。シロのお蔭で生きてるんだよね? 助かったよ」

 

 シロの手を取り、真面目に感謝する。さっきは夢だと思ってめちゃくちゃ適当にお礼を言ったけど、それでいいわけがない。吸血鬼とかファンタジー住人になったことは全然実感ないし、それはそれでこれからの人生どうしようだけど、生きているのはシロのお蔭だ。死ぬくらいなら吸血鬼として生きていきたいに決まっている。

 さっきは何げなく触れられたシロの手だけど、こうして触れると普通に温かくて、人のぬくもりとして感じられる。私は本当に、今生きてるんだ。そうじんわりと実感する。


「ちょっとまだ頭ついていってないけど、とりあえず吸血鬼の先輩、じゃなくて眷属ならご主人様? とにかく、これからもよろしくお願いします」

「……う、うむ! まあ、最初から信じられるものではないからの。理解したならよいぞ。わらわは優しいからの。眷属をすぐに放り出すような気もない。安心して感謝するがよい」


 シロは私のお礼に何故か驚いたように目をぱちくりさせたけど、すぐににぱっと笑顔になって機嫌よさそうにそう言ってくれた。

 ほんとに優しい。命を助けてくれただけでも助かったのに、なれない吸血鬼になった私を置いてすぐ出ていくこともないみたいだし、めちゃくちゃ助かる。


「いやー、ほんとに助かるよ。ありがとう、シロ。あ、敬語とかつかったほうがいいですか?」

「うー、むむ。まあ、猫として接していたしの。別に今まで通りでよいぞ。わらわは心がひろいからの」

「わーい。ありがとう。さすがシロ、可愛くて優しくて素敵!」


 ぎゅっと抱きしめると、さっき猫のシロを抱きしめたのと同じ匂いがした。


 こうして私は吸血鬼になった。何だかわけが分からないけど、吸血鬼として生きていくぞ!

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