第九話 祭り

 その日、慶都の家では大変な騒ぎが起きていた。


「可愛い! 可愛いぞ立珂!」

「薄珂ちゃんも可愛いわよ」

「いいや立珂だ! 立珂が一番可愛い!」


 薄珂と慶都は立珂の周りをちょろちょろと駆け周りはしゃいでいる。理由は立珂の着ている服だ。

 いつもは天藍のくれた有翼人用の服だが今日は違う。金糸の刺繍が煌めく白い衣装を身に纏っている。眩く黄色に光る石がふんだんに縫い付けられていて、腰には柔らかでふわふわした橙色の帯が巻いてある。

 本来は背で結うらしいのだが、羽があるため腹の少し右側で結っている。しかしこれが大輪の花をあしらったようで実に愛らしい。

 それも立珂の瞳の色と亜麻色の柔らかな髪が混ざり合ったようでよく似あっていた。


「これって何処の服? 変わってるね」

「私の育った国の民族衣装で『浴衣』っていうの。知ってる? 結構遠いんだけど」

「知らないや。おばさんて渡り鳥なの?」

「分からないわ。でも渡ってた」


 種類の分からない獣人は多い。人間は血統が入り混じった動物を『雑種』と呼ぶこともあるが、それで言うなら獣人は全て雑種だ。

 同じ獣種じゃないと婚姻を結べない訳ではないし、人間の姿になれば獣種が違っても子を作ることができる。

 生まれた子供は両親どちらかの獣種を受け継ぐので同じ種のように見えるが、実際はどうだか分からない。

 特に同じ獣種同士から生まれた子供はどちらだか分からなくなることが多い。

 例えば慶都が鳩獣人と子供を作った場合、生まれるのは鳥獣人だがそれは鷹でもあり鳩でもある。それでもどちらかに割り振るのなら、見た目でそれっぽい方を選んで名乗ることになる。

 だが困ることも特にないので獣人はあまり気にしていない。気にするのは知識欲に飢えた人間だけだ。

 少なくとも、薄珂と慶都には立珂の愛らしさをどれだけ表現できるかの方が重要だ。


「立珂は可愛いからどんな服でも着こなしちゃうな!」

「ありがとー! でもこれ服っていうより衣装って感じがするね」

「そうよ。特別な日に着る特別な衣装なの」


 ふふっと慶都の母は笑って子供たちを連れて外に出た。

 いつも自然の色しかないが今日は違う。

 あちこちが真っ赤な提灯で彩られ、木々は美しい布で飾り付けられている。

 広場には大きな櫓が組まれ屋台もたくさん出ていた。食べ物や物を売っているようで、慶真も自分の羽を使った手作りの装飾品を並べている。里の男達は鷹の強さと威厳を感じると叫んで群がっていた。

 日々の質素な生活からは考えられない華やかさと賑わいに、薄珂と立珂は思わず強く抱き合った。その笑顔に慶都の母はくすっと笑い手を広げる。


「さあ! 今日はお祭りよ!」


 薄珂は立珂の車椅子を押して広場へ飛び込んだ。

 歩いているだけで里の大人たちがこれを食えこっちも食ってくれと自慢の料理を振る舞ってくれて、若い女性たちは立珂を囲んでもっと可愛い髪型にしよう、せっかくだしお化粧もしよう、ならば羽にも飾りを付けようと騒ぎ出す。

 立珂を取られた慶都は頬を膨らませて怒っているけれど、立珂は大勢に優しくされ声を上げて笑っていた。立珂の幸せそうな姿に胸が熱くなり、薄珂の目にはじわりと涙が浮かんだ。


「立珂はすっかり玩具だな」

「ひょえっ!」


 突如後ろから天藍がにゅうっと首を突き出してきた。急に現れた顔に驚き薄珂はおかしな鳴き声を上げてしまう。


「天藍! 普通に出て来てよ!」

「立珂を取られた寂しさを紛らわせてやろうと思って」

「寂しいけど嬉しいよ。こんなに立珂を可愛がってくれるとは思ってなかった」

「お前らの里入りを反対してたのは年寄りだけだからな」

「そうなの?」

「らしい。金剛があそこまでしてんだから迎えてやるべきだって声がほとんどだったんだと。それがこんなに可愛い子だったなんて! ってはしゃいでんのが母親勢だな」

「そうだね。立珂は可愛い。正しい」


 薄珂はうんうんと大きく頷いた。女性に飾り付けられ立珂はどんどん美しくなり、次第に男達もなんだなんだと集まり出している。誰かが立珂は里のお姫様だなどと言い、すかさず慶都が立珂は俺のだと叫び防波堤になっている。

 薄珂は自慢げな顔で見守っていると、つんっと天藍が頬を突いてきた。


「お前も可愛い格好してるじゃないか」

「おばさんが用意してくれたんだ」


 薄珂の服は立珂と違いすっきりとしている。濃紺の生地に銀糸の刺繍が施されている。着せてもらった時は豪華な服に心が躍りはしたが、そんなことよりも立珂の愛らしさに心を奪われていたのですっかり忘れていた。

 だが天藍に頭からつま先までじいっと見つめられ、急に自分の服装が気になり始めた。


「……あの、どうかな」

「いいじゃないか。似合ってるよ。可愛い」

「そ、そう……ありがと……」


 薄珂は顔が熱くなり、目が合うと反射的に俯いた。

 特に何があるわけでもないのに、天藍と視線を交わすのは恥ずかしいように感じる。何を言えば良いか分からずにいると、立珂が車椅子を走らせて来た。


「薄珂! 腸詰焼いてくれるって! 薄珂も食べる? 天藍とおしゃべりしてる?」

「行」


 行くよ、と返そうとしたけれど急に肩を抱き寄せられ、よろめくと天藍に支えられる。


「悪いな。今日は俺が借りる」

「は!? 何で!?」

「わかった。じゃあ僕慶都と遊んでるね!」


 立珂はそそくさと慶都の元に戻り里の面々とどこかへ行ってしまった。立珂に取り残されたことなどない薄珂はぽかんとして立ち尽くした。

 天藍を睨むように見上げたが、顔の近さに驚きつい一歩引いてしまう。


「せっかくだし見て回ろう。これ何の祭りか聞いたか?」

「知らない。意味があるの?」

「公佗児を祀ってるんだと。例の」

「……へえ。そうなんだ。何で?」

「元々は高貴な種族だったそうだ。蛍宮の一件で悪者扱いだが、里にゃ関係ないしな」


 薄珂は広場の方へと目をやった。中央には木彫りの鳥像が祀られている。

 自分が公佗児になった姿を客観的に見ることはできないので似ているかは分からない。

 しかしその奇妙な一致には引っかかるものがあり薄珂は目を細めた。少しだけ俯き考え込んでいると天藍に頭を小突かれる。


「おい。聞いてるか?」

「あ、ごめん。聞いてない。何?」

「思ってたより広いと思ってさ、この里」

「安全だから逃げてくる獣人が増えたらしいよ。それで広げてるんだって」

「安全なのか? 何で?」

「金剛がいるからだよ。前に人間が集団で来たらしいけど金剛一人で捕まえたんだって」

「そりゃ凄い。これ以上薄珂に手を出したら追放されるかな」

「そういうからかい方するの止めてよ……」

「からかってないさ」


 天藍はくんっと薄珂の顎に手を添え引き寄せると、とん、と唇に天藍の唇が触れた。

 たった数回で慣れるにはあまりにも縁のない行為だった。これの意味が分からないほど幼くはない。

 それだけに天藍の真意は分からない。

 天藍は遠からずいなくなる。里に住居を構えているわけでは無いし、住まわせてくれとも言わない。孔雀の狭い診療所で寝泊まりするのは、いつでも出ていけるための準備に思えた。

 けれど薄珂は何も言えなかった。

 天藍が薄珂の考えていることに気付いているのかいないのかは分からないが、重ねられた唇を突き放す事はできなかった。

 そうして賑やかなお祭りが終わり、片付けはまた明日だと各々家に帰って行った。立珂はすっかり里のみんなと打ち解けたようで、遊び疲れたのか、寝台に横になったらすぐにうとうとし始めた。


「明日はゆっくり寝てていいからな」

「起きるよ。僕も片付ける」

「起きれたらいいけど無理して起きるなよ。羽触られて疲れたろ」

「……うん。ちょっと背中いたい」

「そうだろう。羽に飾りを付けるなんて無茶だ」

「でもみんな喜んでくれて嬉しかったよ」

「分かってるよ。でも立珂に負担がかかるものは駄目だ。少しずつ知ってもらおう」

「うん。薄珂も天藍といっぱい遊べた? 楽しかった?」

「……うん。楽しかった」

「よかった! んふふ。ずっとみんな一緒にここで暮らしていこうね」


 立珂はぎゅっと薄珂を抱きしめた。その言葉は心からの願いで優しさから出たものだろう。けれど薄珂は顔を隠すように立珂を強く抱きしめた。


(天藍はいなくなるんだよ、立珂)


 ずっと一緒には暮らせない。

 夢見心地で微笑む立珂にそれを告げることはできなかった。

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