第七話 危険の在処

 孔雀が朝早くから蛍宮へ買い出しに出て、見送った薄珂と立珂は天藍を連れて慶都宅へと戻っていた。正しくは立珂が天藍の持つ様々な商品を見たくて来てもらったのだが。

 天藍は廃棄予定だという商品を譲ってくれた。立珂はそれと里の大人が持ち寄ってくれた端切れや紐を使って服や装飾品を作っていく。それをお洒落に使いこなす立珂を慶都が褒め称える、これが最近の二人の遊戯だ。そして昼食を食べ終わるお昼寝の時間になり、立珂はうとうとと頭を揺らし始めた。


「あ、眠いな。おいで」

「んにゃぁ……ん~……」


 慶都達と暮らし始めてから立珂は昼寝が増えていた。だが悪い理由ではない。遊びすぎによる疲労だ。

 今まで運動らしい運動をしてこなかった立珂は体力が無い。食事量も増えふっくらしてきたが、即座に体力が付くわけではない。

 膝で眠る立珂の頬を撫でると、立珂は寝ぼけながらその手を掴んでしゃぶりついた。


「辛い腸詰がいい……」

「それは俺の指だぞ立珂」

「腸詰っ!」

「痛い痛い! 放しなさい! 慶都!」


 慶都は立珂と同じ体勢で寝たいと言って父の膝枕で眠っていたが寝言は激しい。慶真の手は歯形がついて薄っすら血が滲んでいる。


「慶都の歯強いな。おじさん大丈夫?」

「結構痛いです。でも平和になったからこそと思えば悪くありません」

「平和じゃないところにいたの?」

「蛍宮ですよ。解放戦争――先代を打倒する戦争があって逃げたんです」

「今は全種族平等なんだよね。本当に?」

「ええ。行ってみたいですか?」


 立珂の喜ぶ物があるというだけで興味はある。だがそれ以上に、父が生き延びて追いかけて来る希望を捨てたくなかった。

 遺体を確認したわけではない。避難場所はいくつも用意してあって、薄珂と立珂が逃げた崖はその一つに過ぎない。襲撃だけじゃなく自然災害や野生動物との衝突も少なからずあり、その避難場所は日常的な倉庫にしていた。その全てに食料や薬がある程度揃っているので、どれかに逃げ込めば生き延びる事もできるだろう。

 けれど蛍宮が安全かどうかは別の話だ。危険があるなら行くべきではない。迷ってぐっと唇を噛むと、こんっと軽く小突かれた。突いて来たのは呆れ顔をした天藍だ。


「止めておけ。何が危険か分かってないだろ」

「分かってるよ。人間には注意する」

「なら孔雀先生もか? 人間だぞあの人は」

「先生は良い人だよ。敵じゃない」

「そうだな。つまり注意すべきは種族ではなく個という事だ」

「……分かんない。どういう意味?」

「判断基準は人間性ってことだよ。信頼を築けたら共生できる場合がある」

「それは分かるけど、それと蛍宮がどう関係するの」

「信頼を線引きできないなら味方のいない場所へ行くべきじゃないってことだよ。蛍宮は有翼人狩りをした国だぞ」

「でも今は平和なんでしょ?」

「それは慶真や孔雀先生がそう感じてるだけだろ。お前もそう思うかは別だ」

「じゃあどうしろっていうの」

「自分で決めるんだよ。そうだな、まずは蛍宮の歴史の話をしよう」


 天藍はにやりと笑みを浮かべ、両手の人差し指をぴっと立てる。


「宋睿と晧月はな皇族どころか蛍宮生まれですらない。本来蛍宮に無関係な赤の他人だった」

「そうなの? 普通子供が跡を継がない?」

「そうだな。だが宋睿は国を傾けた先々代皇を弑逆し皇の座を手に入れた簒奪者なんだ」

「え? それは今の皇太子じゃないの?」

「宋睿もなんだよ。先々代皇は政治能力が無く国を困窮させ、見かねた宋睿が討った。二代に渡って簒奪者が支配者に立ったんだな。悪政の撤退に繋がったから正義となっただけで、実際はただの殺人事件。これを平和な国だと思うか?」


 薄珂は何も即答できず、助けを求めるように慶真を見たがぱっと目を逸らされた。それは慶真ですら断言できないことがあるという証拠で、薄珂も眉間にしわを寄せて天藍へ疑いの目を向けた。けれど天藍は気にもしていないようで、顔色一つ変えずに立珂の羽を撫でた。


「有翼人狩りをしたのは宋睿だが、何のためにやったと思う?」


 口にもしたくない話題を出され、薄珂は天藍の手を立珂の羽から押しのけた。ぷうぷう眠る立珂をぎゅっと抱きしめ天藍を睨み付けたが、天藍はくすっと笑うだけだ。


「理由は無い。敷いていうなら生理的に受け付けないからだ」

「それだけ!? 問題あったんじゃなくて!?」

「そ。だが晧月は差別を許さない。毎年有翼人狩り犠牲者の慰霊祭が開かれる。けど国民全員が同じ気持ちとは限らない。獣人は獣人に優しい宋睿が良かったんじゃないか?」

「でも嫌われてたんでしょ?」

「人口の何割からだ? 解放戦争に立ち上がった奴が強かっただけで、実は宋睿の世を望む人数の方が多かったかもしれない。だとすると国民の大半は有翼人が嫌いでもおかしくない」


 突きつけられる言葉と勢いに呑まれ、薄珂は思わず身を引いた。天藍はくくっと笑い、再び立珂の羽に手を伸ばす。


「このまま里に籠るのも良いだろう。だが蛍宮に行けばもっとお洒落を楽しめるだろう。いずれ服飾店を開くことも夢じゃない」


 立珂の手には作ったばかりの巾着袋が握りしめられている。縫い目は荒く引きつっているけれど、針と糸で何かを作るなんて今までには無いことだ。服を作るためにはどんな材料が必要か、何が欲しいかと語る言葉は寝言になるほど尽きない。それほど立珂は成長し、目まぐるしく変化している。だから天藍の持つ商品に興味を持ち、一つ一つに説明をねだる。その姿はまるで、この里では物足りないと言っているかのようだった。

 天藍は優しく立珂の頭を撫でると、鞄からまた新しい生地を取り出し傍に置いてくれた。きっと立珂はこれでまた新しい服を作るだろう。


「守ってやれ。弟も弟の未来も」


 天藍はあやすように薄珂の頬を撫でると部屋を出て行った。

 寝ぼけている立珂はいつの間にか天藍の置いていった新しい生地を掴んでいた。

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