25話 沈黙

 残された老体の男が、腰を抜かしながらも這いつくばり、王座の裏にある立鏡たちかがみの前へと接近する。

 鏡面を見上げ、物乞いするかのように叫んだ。


「お願いだ。魔女を、この国を救ってくれ!」


 鏡からの返事はない。


「王は死んだ。私は、どうすればいい」


 鏡の中に映ったのは、自らの姿だった。


「魔女だ。魔女がこの国を滅ぼそうとしている。鏡の影よ。この国を導いてくれ」


 影は姿を現さない。

 老体は震える足で立ち上がり、鏡に映る全身を見て、呼吸荒く言葉を続けた。


「王はいない。王がいないいま、参謀である私がこの国を導かねばならない。そういうことだな」


 背後で悲鳴が上がった。

 後ろを振り返ると、数名の兵士と使用人が、騒ぎを聞きつけてこの部屋へと入って来ていた。王の亡骸を見て使用人の女が眩暈めまいを起こして倒れた。兵が恐る恐る、こちらに寄って来る。


「いったいなにが」

「聞け。いましがた魔女が現れた。魔女が、王を絞め殺した」

「そんな……」

「分かっておる。この国の一大事だ。西の悲劇がこの国へもやって来たのだ。いいか。恐れるな。我々にはこの鏡の導きがある」


 老体が鏡に手をかざし、その言葉を代弁するかのように続けた。


「私が王の代わりとなって、この国の指揮を執る」

「どのようにすれば」

「兵を集めろ。北東の地域に魔女は逃げた。魔女を逃がして置くことは、亡きオーツ王の意志に反する」


 遅れて、兵隊長が戻ってきた。

 オーツ王の亡骸を見て、膝から崩れ落ちる。声を上げて泣き出した。


「陛下。おお、陛下。私が不甲斐ないばかりに」


 兵隊長の肩を揺さぶり、老体が言った。


「泣いても王は帰って来ないぞ。逃げ出したことを悔やむくらいなら、覚悟を決めろ。我らでオーツ王の仇を討つのだ」


 兵隊長が涙を拭い、立ち上がる。


「この王都に、鬼の角はいくつある」


 老体の言葉に、戸惑いながら兵隊長が答える。


「四です。地下に幽閉している鬼がひとりいます。合わせると六です。石も同じだけ」

「北東の町へ落とせ」

「そんな」


 兵隊長が目を見開いた。


「それは余りに危険です。民はどうなるのですか?」


 老体が兵隊長に顔を近づけ、怒鳴った。


「おまえは魔女を見たか! あのおぞましい眼を。おぞましい力を。魔女を一匹野放しにしておくことは、この国の存亡に関わる重大な問題となるのだ。民がなんだ。六つだ。たった六つの町の犠牲でこの国全体が救われるのなら、安いものだ。違うか」

「ですが王はそれを望んでは」

「兵士のおまえに死者のなにが分かる! 参謀はこの私だ。いいか。目的を見失うな。この国を導くのが我々の役目だ。国が滅びては元も子もない。ときに切り捨てる覚悟を持て。急げ! エン族どもの町を焼き尽くし、二度と独立などという気を起こさせるな。オーツの国のために!」


 兵士たちが部屋から一目散に走り去って行った。


 それから間もなくして、王都にある、北の高台から巨大な羽を四つ持った聖獣ニルバムが六頭、飛び立って行った。口元から背中にかけて縄を掛けられ、背中には操舵手らが跨がっている。鬼の角と石を携えた操舵手たちは、目的の町を目指し三日三晩、空を飛び続ける。


 世界の破滅を届けに――。

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