法倫堂夕闇奇譚

十六

黄昏坂

 K市とA市を跨ぐ長い坂道が『黄昏坂たそがれざか』と呼ばれるようになったのは、はるか昔の事だという。

 海沿いに走るこの坂は、その名の通り黄昏時にやってくると水平線に沈む夕日を一望できる。

 そこから命名されたというのが通説ではあるし、私としてもそれに異論は無いのだが、それだけが名前の由来ではないとも思っている。

 よほどの健脚の持ち主でもなければ、この長く急勾配な坂道を一息で登るのは不可能であり、私も含めて大概の人間はどこかで一度立ち止まる。

 そして、遥か先に見える坂の頂上を仰ぎ、うんざりとした気分でまた登り始める。

 そんな事を何度か繰り返しているうちに、段々と空しい気分に襲われ、人は皆、

 故にこの坂は『黄昏坂』と呼ばれるのではないかと私は考察している。


 夏のある暑い日。タクシーですら乗り入れを拒否するこの坂を登り始めて15分。

 何度かの休憩を挟み、私はようやく坂の中腹までやって来た。

 そして、左手に広がる海をしばし眺めながら息を整え、今度は逆方向に視線をやる。

 そこには一棟の建物が存在していた。

 その軒先には古めかしい木の看板がかかっており、『法倫堂ほうりんどう』と書かれている。


 この法倫堂こそが私の目的地であり、黄昏坂を上ってきた理由であった。

 私はもう一度深呼吸をすると、ガラスの嵌った木製のドアを開いた。

“カランカランカラン――”

 ドアに備え付けられたベルが鳴り、店内に来客を伝える。

 しかし、店の中は静まり返ったままで、人の気配がしない。

 私は一つため息をついたが、ここの主がなかなか出てこないのは珍しい事ではないので、まずはゆっくりと涼を取らせてもらう事にした。

 ひんやりとした室内の空気が、熱く火照った体に心地良い。

 この法倫堂というのは、世間的には所謂『アンティークショップ』と呼ばれる類の店である。

 照明が抑えられた薄暗い店内のそこかしこに大小様々な雑貨が置かれており、よほど広い部屋でなければ似合わなさそうな豪奢なソファがタダ同然の値段で展示してあるかと思うと、無造作に転がっている(しかも、そこらで拾ってきたとしか思えない)薄汚れたガラクタに、目を見張るような値が付いていたりする。

 一度、値付けの基準を聞いてみたが、この店の主人は「相応の品物に、相応の値段を付けているだけ」と笑いながら言っていた。

 そんな摩訶不思議な店内を散策し始めて5分ほど経ち、未だ主人が出てくる様子が無いので、私は店の奥へと足を進めた。

 この建物は1階が店舗で、2階が主人の居住区になっている。

 入り口側から見て店の一番奥に長い暖簾がかかっており、その奥に2階へ上がる階段が存在している。

 私は主人がいなくとも、好きに出入りしても良いという許可をもらっているので、暖簾をくぐって靴を脱ぎ、階段を上がろうとした。


 その時、足元に転がっている小箱に気が付いた。


 拾い上げてみると、それは片手に乗る程度の小さな黒塗りの木箱だった。

 どことなく不穏な空気を纏ったその箱に、私は以前に巻き込まれた出来事を思い出してしまい、眉を顰める。

「それはあの時の箱とは違いますよ。まあ、『中身』は同類ですがね」

 突然、頭の上から声がして、私はビクリと体を震わせた。恥ずかしながら、小さな悲鳴まで上げてしまった。

「ああ、すいません。驚かすつもりはなかったんですが」

 そう言いながら2階から降りてきたのは、さわやかな笑顔を浮かべた青年であった。

「ご無沙汰でしたね、保科さん。お元気そうで何よりです」

「やあ、天人あまひと君。久しぶりだね」

 私は目の前に立つ青年と挨拶を交わした。

 彼の名は法倫堂天人ほうりんどうあまひと。まだ20代前半の若さながら、正真正銘この店の主人である。


 そして、余談ではあるが、私の名は保科宗一郎ほしなそういちろう

 今年で35歳になる冴えない中年男だが、世間では一応『小説家』という認識で見られている。

 扱うジャンルは幻想文学……と言いたい所だが、世間の評価は『ホラー』という事らしい。

 私としては幻想的(という言葉がすでに曖昧なのだが)な物語を綴っているつもりなのだが、読者はそう感じてはくれていないようなのが少し悲しい。

 もちろん、ホラー作家が悪いというワケではない。

 私は学生時代からスティーブン・キングのファンを自認しているし、小説・映画を問わず、ホラーと名のつく物には飛びつく傾向にある。

 そのせいなのか、私の書く物はどうにも『ホラー』になってしまうようなのだ。

 仕方ないと思う反面、どうにかしたい気持ちがあるのも否めない。

 私はキングやクーンツを愛するのと同じぐらいに、ポーやカフカも愛しているのだ。


 閑話休題。私が天人君と出会ったのは今から3年前。

 作家としては(ありがたい事に)それなりに売れていた私は、新作の準備として『人喰い箱』に関する情報を集め回っていた。

 『人喰い箱』とは、このK市を中心に広まった都市伝説で、詳細は省くが、黒い小箱にまつわる話である。

 この話の資料を集めていた時、当時の担当編集者W氏が『不思議な出来事や品物に造詣が深い人物』として紹介してくれたのが彼との出会いであった。

 そして、その後に起きたで、追い詰められた私を助けてくれたのが、他ならぬ天人君なのである。

 思えば、W氏には感謝してもしきれない。彼が私に天人君を紹介してくれなければ、私は死んでいただろう。

 冗談でも比喩でもなく、文字通りの意味で死んでいたに違いない。W氏同様、

 その事件については、いずれ語る事もあるかもしれない。当時の出来事は今でも詳細に思い出せるし、あの時の恐怖やら何やらを『原稿』という形で吐き出したので、いつかは本にするかもしれない(もちろん、関係者の名前などは全て変更して)


 ともかく、そんな縁があって、私はこの店に通うようになった。この店は不思議とインスピレーションを湧き立たせてくれる。

 私の住まい兼仕事場と法倫堂の間にはそれなりの距離があるので、黄昏坂の事を除いてもそう頻繁には来られないのだが、仕事に詰まると、ついつい足を運んでしまうのである。


「あまり長く持っていると、また祟られますよ?」

 天人君はからかうような口調で手を差し出した。私は一瞬彼の言葉が理解出来なかったが、すぐに私が持っている小箱について言っているのだと気付き、思わずその箱を投げ捨ててしまった。

「冗談ですよ。でも、一応は売り物なんですから、もうちょっと丁寧に扱ってもらえませんかね。もし壊れたりしたら、買い取りしていただきますよ」

 そう言って天人君は箱を拾い上げる。言葉だけだと投げ捨てた事を怒っているようだが、実際に怒ってはいないとその表情が物語っていた。いたずらっぽい笑顔で店の方へ向かい、小箱をその辺の棚へ無造作に置いた。

「う、売り物なのかい、それ?」

「そうですよ。売らないなら、とっくに処分してます」

 そう言いながら、天人君は売り物であるはずのソファに腰をかけた。

「き、危険は無いのかい? さっきその箱をとか言ってただろ!?」

 私の問いに彼はクスクスと笑うと、自分の対面に置いてあるソファを指した。そこに座れという事のようだ。

 私は硬い表情でソファに腰掛ける。そんな私の様子が可笑しいのか、彼はなおもクスクスと笑いながら口を開いた。

だと言ったんですよ。そのは処分したので、箱自体はただの木箱です。漆塗りの逸品でしてね、箱まで処分するのが勿体無かったので、店で売ろうかと思いまして。良かったら買いますか? 保科さんなら、特別に安くしておきますよ」

 私は強くかぶりを振った。それを見た天人君は、とうとう大声で笑い出した。

「そんなに怖がらなくとも大丈夫ですよ。僕が保障します。まあ、気が変わればいつでも言ってください。そうそう、暑い中をわざわざ来てくれたんだから、冷たい麦茶でも淹れてきますね」

 そう言ってまたひとしきり笑うと、彼は腰を上げて奥へ入っていった。


 それからしばらくの間、私は天人君と取りとめもない話をしていた。

 新作のアイディアになりそうなネタを手帳に書き込みつつ、良いインスピレーションが湧いてくるのを感じていた。

 ふと時間が気になって時計を見てみると、もう午後の6時を回っていた。

 私が法倫堂に着いたのが確か3時頃だったので、かれこれ3時間近く話していた事になる。

「もうこんな時間か……。それじゃあ、そろそろお暇させてもらおうかな。すまなかったね、営業時間中に長々と話し込んでしまって」

「いえ、僕の話が保科さんの執筆に役立つのであれば、いつでも来てください。どうせ客なんて滅多に来ませんしね。それより……」

 天人君は時計を見ると、少し真剣な表情で私を見た。

「帰るなら、完全に日が落ちてからにした方が良いですよ。この時間はまだ暑いですからね」

 穏やかな口調ではあったが、何か微妙にスッキリとしない感じがする。

 それでも、私は天人君が言うようにもう少し留まる事にした。理屈ではないが、そうした方が良い気がしたのだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて、もう少し涼ませてもらうよ」

「そうしてください。おっと、麦茶が無くなってますね。すぐ持ってきますから――」

 そこで天人君は言葉を切った。2階で電話が鳴っているのが聞こえてくる。

「すいません、少しだけ失礼します」

 そう言って暖簾をくぐり、2階へ上がっていく天人君の背中を黙って見送り、一人残された私は家主が戻るまで手帳にメモした内容を眺めつつ、新作のプロットを練る事にした。


 5分ほどして、今度は私の携帯電話が着信音を鳴らした。液晶画面を見ると、友人からのメールが届いている。

 そういえば、これから会う約束があったのを思い出した。

 私は暖簾の奥を覗いてみる。2階にいる天人君の姿は見えないが、話声が聞こえてくる所から、まだ通話中のようであった。

 声をかけるのも躊躇われたので、手帳のページを1枚破ると、友人との約束があったのを思い出した旨を書き込み、辞去の言葉を添えて近くのテーブルに置いた。

 何か重しになりそうな物を探すが、パッと見には例の箱しか見当たらなかったので、私は仕方なくその箱を手に取ると、それを書き置きの重しにして店を出た。


 夕暮れ時の黄昏坂は、うだるような暑さであった。今から急いで帰れば、汗を流す時間は無いだろうが、服を着替える事ぐらいは出来るだろう。

 とは言え、勾配のキツい坂ではあるので、転ばないように気をつけながら、やや早足で駆け下りた。

 その時、前方で誰かが道端に蹲っているのが目に入った。

 それは今時珍しい和服を着た少女で、くすんくすんと泣き声を上げている。

 見た目に10歳ぐらいだろうか、長く艶やかな黒髪が、夕日を浴びて輝いているように見えた。

 少女は近付いてきた私に気付いたのか、泣きべそをかいた顔で見上げる。

 その姿に、私は思わずドキリとした。

 誓って私は少女性愛者ではないが、それでも息を飲むほどの美少女だと思った。

「ど、どうかしたのかい? もう日が暮れるよ」

 私は少女に声をかける。その儚げな雰囲気が、どうにも放っておけない気分にさせた。

「父様が……父様が帰ってこないの。あっちの方に行ったまま、帰ってこないの」

 少女はまっすぐ前方に指差した。その方向は海しかない筈なのだが、私の目に飛び込んできたのは、薄暗い路地であった。

「おじさん、一緒に父様を探して……」

 少女は涙で潤む瞳で私を見つめた。不安に彩られたその目に、私は何ともいたたまれない気持ちになった。

「……分かったよ、おじさんが一緒にお父さんを探してあげるよ」

 私は精一杯優しい笑顔を浮かべ、少女に手を差し伸べた。すると少女は輝かんばかりの笑顔を浮かべ、私の手を取った。

 そして私は少女と共に暗い路地に入っていった。



            *



 思いのほか長話になってしまい、天人は急いで店に戻った。

 暖簾をくぐると、店内に人の気配は無かった。天人は眉間に皺を寄せ、店内を見回す。

 すぐにテーブルに置かれた書き置きを見つけた。

 天人は急ぎ2階へ引き返し、自室のクローゼットを開け、黒のインバネスを取り出した。

 夏の暑い盛りであるにも関わらず、天人は意にも介さずそれを纏うと、インバネスと共に収納していたを取り出して、自らの顔にあてがった。

 そして2階の窓を開け放つと、そのまま外の薄暗闇に向かって飛び出す。

 

 風を受けたケープの赤い裏地が、まるで炎の翼のように夕闇にはためいていた。



                *



 もうどれぐらいの時間が経ったであろうか。 少女の父親を探して、私はずっと歩き続けていた。

 普段から運動不足のせいもあり、かなりの疲労が蓄積していたが、そんな事を気にしている場合ではない。この幼気な少女の為ならば、私は何でもするつもりになっていた。

「父様、いた……」

 少女はまるで感情を感じさせない声で前方を指差す。

 そちらの方に視線をやると、こちらも少女と同じような和装に身を包んだが横たわっていた。

 男物の着物を着ているところから男性だとは思うが、は年の瀬も性別も判断できないぐらいに痩せこけて――いや、

「こ、これは……」

 思いもよらぬ発見に絶句する私だったが、少女は意に介する事なく、淡々と言葉を発する。

「やっぱり死んじゃってる……」

 つまらない物でも見ているような表情の少女に、私は言いしれぬ恐怖を抱いた。

「でも、もういいわ。

 少女はキッパリと言い放つと、蟲惑的な笑顔を浮かべて私を見上げた。

「おじさんは優しい人ね。だから、私の父様になって」

 少女はそう言って、私の手を引いて歩きだした。

「ま、待ってくれ、手を離――」

 総毛立つようなおぞましさを感じ、私はその手を振り払おうとしたが、とても少女とは思えないほどの強い力で強く握り締められ、振り払う事が出来なかった。

「父樣がいなくても、おじさんがいてくれるなら、それでいいの」

 少女はそう言ってニッコリと笑う。その笑顔に、先程まで感じていた恐怖やおぞましさ、危機感といった感情が麻痺していく。

「新しい父様になってくれたら、一緒にお話したり、遊んだり、楽しい事がいっぱいできるんだよ」

 少女は楽しそうに言いながら、なおも私の手を引いて歩く。私は連れられるまま歩き続けた。

 頭の中に霞がかかったような気分だが、次第に不思議な感情が湧き上がり、心がスッキリと晴れ渡っていった。

「この道をね、このまま一緒に歩いていけば、おじさんは私の父様になるの。ね、いいでしょ、父様になって?」

 小首をかしげ、愛らしい仕草で少女が問う。

「…………ああ、いいよ」

 私は少女の言葉にゆっくりと頷く。

 すでに手を振り払う気など無くなっていた。いや、なぜ少女の手を離さないといけないのか。

 私はこの少女のなのだ。愛しいこの少女――と、いつまでも、どこまでも共に過ごすのだ。そう、私は――。


 その時、私たちの目の前に大きな影が飛び込んできた。


 一瞬、真っ赤な翼を広げた巨大な鳥かと錯覚したが、それは黒いインバネスをまとった人間であり、翼に見えたのはケープの裏地であった。

 その顔はインド神話の『ガルーダ』だと思われる、真紅と金で彩られた仮面で隠されているが、私にはその仮面の人物が何者なのか、すぐに分かった。

 何故ならば、私は以前にもこの姿をした『彼』に会った事があるからだ。

「あ、天人君!?」

 そう、この仮面の人物は天人君なのだ。

 不気味で、それでいて神々しい雰囲気を纏った仮面を着けたまま、天人君は我々をじっと見つめていた。

 私の脳裏に、かつて彼から聞いた言葉が蘇る。


『この世界の【あちら側】にいる存在は、事あるごとに【こちら側】へ干渉しようと近付いてきます。時には甘い言葉で惑わせてくる事もありますが、その裏には明確な悪意や害意が存在します。【こちら側】の理を壊し、恐怖と苦痛に喘ぐ様を見るのが、奴らにとっては何よりの悦びなんですよ』


 私はハッとして娘……ではない、少女の様子を伺い、そして絶句した。あれほど魅力的に感じていた少女の顔は醜く歪み、天人君を睨みつけていたのだ。

《ソノ人カラ離レロ……》

 先程まで会話をしていた天人君と同一人物とは――いや、同じとは思えないような恐ろしい声でそう言いながら、天人君は私を指差す。

「…………」

 少女の顔が更に険しく歪む。

 その少女を見据えながら、天人君の仮面はまるで生き物のように嘴をゆっくりと開き、鋭い牙をガチガチと鳴らした。

《ソノ、人、カラ、離、レロ》

 ゾワリとする声音で再び少女に言い放つと、金属が軋むような甲高い雄叫びを上げる。

 やがて少女は忌々しげな表情で私の手を放し、凍りつくような声で言った。

「もう少しだったのに……」

 そして、少女はそのまま来た道を駆け出して行く。

 

 私は呆然とその背中を見送る事しか出来なかった。


 気がつくと、そこは黄昏坂の中腹であった。すっかり日が暮れて、街灯が点っている。

「え、ここは……?」

 辺りを見回す。間違いなく、私のよく知る黄昏坂であった。

 そして、私の目の前に、黒いインバネスを纏い、手に仮面を持った天人君が立っていた。

「大丈夫ですか?」

「あ……えっ? あ、ああ……」

 優しげに微笑む天人君に、何とも間の抜けた声で答える。

「だから、もう少し店に居た方がいいと言ったんですよ。最近、黄昏刻になると【あちら側】と繋がりやすくなるようなので」

 そう言いながら、天人君は私に向かって頭を下げた。

「もう少しで連れて行かれる所でした。すみません、僕がちゃんと理由を説明しておけば……」

「い、いや、そんな……私の方こそ、ありがとう。また助けてもらって……」

 私も同じように天人君に向かって頭を下げる。

 互いに頭を下げ合う状況に苦笑しつつ、私は天人君が持つ仮面を見つめる。

 そのガルーダの面について、天人君は私に多くを語ってはくれない。

『世の中には知らない方が良い事もある』

 そう言って仮面についての話題をはぐらかし続けている天人君であったが、それでも私に一つだけ教えてくれた事があった。


『太古から続く【あちら側】の侵略に、人は永い年月の中、それに対抗する手段を生み出してきました。もその一つで、【あちら側】の悪意に立ち向かう為のであり、なんです』


 私の視線に気づいたのか、天人君は少し複雑そうな笑みを浮かべ、再び仮面でその顔を覆った。

「それでは、僕はもう少しこの辺りを。また、いつデモ遊ビニ来テクダサイ》

 そう言って天人君は踵を返すと街灯の上まで飛び上がり、そのまま闇の中に消えていった。


 私は天人君がいた辺りをぼんやりと眺めたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。まるで夢か幻を見て、未だその世界の中に取り残された気分であった。

 だが、ポケットの中で鳴る携帯電話が、私を現実に引き戻す。確認するまでもなく、友人からの電話であろう。

 私はボリボリと頭を掻きながら、友人への言い訳を考えつつ、黄昏坂を下っていった。

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