【 ふたりの距離 】


「ねぇ、あずき。そのかばんに付いてる汚ったない猫のぬいぐるみみたいなやつ、まだ持ってるの?」


 前の席に座っている中学からの親友、智美ともみが半分だけ体を後ろに向けながら、そんなことを言ってきた。


「ああ、これ? うん、まあね……」


 私は鞄に付いているこのかわいい『猫ちゃんのバッグチャーム』を触りながら、力なく答えた。


「きゃー、ミント先輩♪ おはようございまーーす♪」


 その朝から耳障りな彼の後輩たちの黄色い声に気づき、窓際の席から校庭の方を見下ろす。

 すると、彼が荷台の付いていない自転車から降りるのが丁度見えた。


 自慢の長い足を皆に見せ付けるかのように、無駄に大きく後ろへ高く上げヒラリと降りる。

 その姿に、黄色い声のボリュームもわずかに上がった。


 そして、校庭の左奥にある自転車置き場まで、自転車を押して歩く彼の後を、その後輩の女の子たち5、6人が、まるで金魚のフンのようにしてついて行く。

 そんな彼の姿を、今日も目で追ってしまった。


「朝から相変わらずの人気ね、ミントのやつ」


 机に頬杖をつきながら、呆れた顔をして智美はポツリと言った。


 黄色い声の集団が、段々とこの3階にある私たちの教室の方へと近づいてくる。

 彼が、もうすぐこの教室に入ってくる。


 そんな気配を感じながら、思わず机の横に掛けてある鞄の薄汚れたバッグチャームを私は握り締めた。



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