地味子と俺と秋の夕暮れ

丘野あくろ

第1話

登下校時のショートカットとして、地元の神社の境内を突っ切っている。


そこで妙なものを見た。


「あれって、うちのクラスの……」


天原カスミさんという女生徒だった。


境内に置かれたベンチに座っている。


それだけならおかしくもなんともないけれど、彼女の前には何故か一斗缶がデンと置かれている。奇妙だ。


「確かバス通学してるって話だったよな。それがどうしてこんなところで……?」


奇妙であるのは確かだが、クラスメイトをみて素通りするのもなんである。


「天原さん。奇遇だね。こんな場所で会うなんて」


俺が近付いていることに気付いていたのか、驚く様子も見せずに彼女は顔を上げた。首筋を隠す長さの黒髪がさらりと揺れる。


「いま帰りなのね、時田君」


銀縁メガネと変化に乏しい無表情。学園での姿を見る限り、見た目も振る舞いも実に地味な女子である。天原さんが学園で属しているグループも、比較的地味な女子ばかりである。


そのせいで男子たちの下世話な話題には上がらないけれど、彼女の顔立ちはとても整っている。


この際、彼女と接点を作るのもいいかもしれない。


「それ、いったい何をやっているの」


件の一斗缶を指差す。中で火を焚いたらしく、黒っぽい燃えカスでいっぱいになっている。


地味系JKと焼けた一斗缶。事件の香りがしないでもない。


「焼き芋。秋だから」


「ここで!?」


人はいないし落ち葉は豊富だし水も使える。けれど、ここは飽くまで神社の境内――私有地だ。如何にJKといえども焼き芋行為は許されるのか。


「だって秋の風物詩だもの」


天原さんは傍らに置かれたバケツの中から火バサミを取り出した。


「もしかして、もう焼けてるの?」


「左様」


渋い返事をすると、天原さんは火バサミを一斗缶に突っ込んだ。中からアルミホイルに包まれた芋を発掘する。一個、二個、三個、四個。


彼女がちらりと俺に視線を向けた。


「いまなんどき?」


「四時二十分……じゃなくて、ええと……二時、とか?」


「残念ね。四つしか焼いてないの」


「なら訊かなくてよくない!?」


「こういうときのマナーみたいなもの」


「それはお釣りを渡すときでしょ!? しかも蕎麦ですらない芋!」


「せっかくだし一つ進呈するわ」


「えっ、いいの?」


「四つもあるから。それに焼き芋は熱いうちが華」


「うん。それは確かにそうだよね。せっかく焼いたんだもんね。それじゃ……頂きます」


今日は少し寒かったので手袋を準備していたことが幸いした。熱々の芋を受け取り、アルミホイルを剥がす。


「おお……しっかり蒸し焼きにされて皮が剥き易くなってる。これは安納芋だね。高い糖度とねっとり食感が焼き芋向けと評判の」


「然り」


こっくりと頷いた天原さんもまた焼きたての芋を手にとった。素手で。


「熱ぅい!」


「ちょっとぉ!?」


火傷は急いで冷やすのが肝要だ。俺は境内の向こうにある水道へとダッシュした。


水道の傍らに神社の用務員さんが立っていた。普段の登下校時にも見かける女性だが、いつもマスクをしていて年齢不詳である。


「すんません、ちょっとお水をお借りします!」


大慌てでハンカチを濡らす。さすがに肌寒い秋のこと。水はしっかりと冷たい。


用務員さんはじっと俺に視線を注いでいる。マスクで表情が隠れているのでちょっと怖い。


「あの、友人が火傷をしてしまって……でも、大丈夫ですから! 一斗缶もすぐに片付けますんで! ほんと、後始末はバッチリ!」


作り笑顔と言い訳めいたセリフ。天原さんが始めた焼き芋行為だが、傍から見たら俺も共謀者だ。叱られてもおかしくはない。


ただのアルバイトなのだろうけれど、用務員さんは神社サイドの人である。とりあえず下手に出ておいたほうが得策――と思ったのだが――


「喝ッ!」


「ヒエッ」


いきなり叱られた。いや叱られたわけではない。それとも叱られたのだろうか。


「ええと……あの、その……あざすっ! 失礼しゃす! 押忍っ!」


お辞儀だけは深々として、俺は彼女に背を向けた。自分でも何を口にしたのか謎だけれど、用務員さんが難解すぎるのが悪い。


冷え冷えのハンカチを手に、天原さんの元へと引き返す。


「ほら、これで冷やして」


「かたじけない」


天原さんは実に不器用な手つきでハンカチを巻いている。火傷をしたのが右手なので仕方がない。


それにしても、こんなことになるのならもっとオシャレなハンカチを持っていればよかった――じゃなくて。


「うん。俺が巻くよ」


「重ね重ねかたじけない」


天原さんの小さな手に平たく畳んだハンカチを巻き付ける。火傷した箇所はただ赤くなっただけのようだ。少し安心する。


「そう言えばさ、神社の人、怒ってるみたいだったよ? ほら、あそこに立ってる用務員のお姉さん」


例の女性を示そうと顔を向けたのだが――


「あれ!? いない!」


彼女はいつの間にか姿を消していた。あの『喝!』はなんだったんだ。


「神社の人だったら大丈夫。許可は得ている」


「あ、そうなのね。ちょっと心配だったんだよ」


だとすると、なおさらあの『喝!』はなんだったんだ。


「さすがに無許可で焼き芋なんてしたら炎上案件」


天原さんがこちらを凝視している。クールな無表情で。


「炎上案件」


リフレイン。


「あの用務員のお姉さん、俺、時々見かけるんだよね。境内の掃除とかしてんの。お姉さんって言ってもマスクしてるから実際は幾つなのか分からないけど」


「炎上案件!」


「……焼き芋だけにね。うん。そいじゃ、まだ芋は熱いだろうから、とりあえず俺の手袋、片っぽ使って」


「完全にスルーしないところが時田君の優しさね」


恥ずかしいことを言われてしまった。半端に拾うんじゃなかった。顔が熱い。


「そもそもそんなに慌てて食べなくてもよかったのに……おなか減ってたの?」


「めまいがする程度に」


「めまい」


餓死しかけていたのかもしれない。


俺もベンチに腰かけて芋を食べる。素朴ながらも深い甘さと、遠赤外線効果のもたらす温かみが、秋風に晒された身体に染み渡る。


「うん。なかなかイケたわ。ご馳走さま」


「早ぇ!」


 本当におなかペコペコだったみたいだ。よく見れば、彼女の脇にはすでに二つのアルミホイルが丸まっていた。二個いったのか。


「ねえ、時田君」


不意に天原さんが真剣な顔をした。口の端っこには芋の欠片がくっついている。


「秋だからって焚き火で焼き芋なんて……ベタすぎてヘドが出そうね」


「ええ!? 張本人が言う?」


「様式美とかじゃなくてただの惰性よ。背中をさすって欲しい」


「本当にヘドが出そうなの!? 慌てて食べるからだよ!」


こちらへ向けられた天原さんの背中をさする。そういえば、思春期に入ってから同じ年頃の女子の身体にこれほどしっかり触れるのなんて初めてかも知れない。


「時田君」


「なっ、なんでしょう!」


内心を見透かされたようなタイミング。心臓が飛び跳ねる。


「熱心に手探りしているところ悪いけど、ブラのホックはそこじゃないわ。前にあるの」


「もういいみたいだね!? さすらなくても!」


「そう。残念」


天原さんはさして残念そうな様子も見せずに立ち上がった。火バサミの入ったバケツを手に取る。


「後片付けをして帰ることにするわ。付き合ってくれてありがとう」


「えっ……ああ、なら手伝うよ」


初めて知ったのだが、天原さんとの会話はめまいがするくらい展開が急だ。女子ってみんなこんな感じなのかな。


「焼いた灰はどうするの? 穴掘って埋める?」


「死体じゃあるまいし」


「価値観トガりすぎでしょ」


「……灰は水でしっかり濡らして、社務所の裏に捨てる」


――社務所の裏には落ち葉の詰まったポリ袋が幾つも転がっていた。その中の口の開いたポリ袋に、水道で濡らした一斗缶の灰をあける。


ふと、背後に気配を感じた。


「ん……? わぁ!」


振り返ると真後ろに用務員さんが立っていた。どういう意図だ。


「む」


武芸者みたいな唸り声。


「あの、ええと……これは、灰をですね……後片付けで……」


突然の武芸者ムーブにうろたえる俺を庇うかのように天原さんが前に出た。残った最後の一個の焼き芋を用務員さんに差し出す。


「はい。これ」


「……む」


焼き芋を受け取る用務員さん。彼女はそのまま社務所へと入ってしまった。


――かと思うといきなり振り返った。


「喝ッ!」


「ヒエッ」


驚かすだけ俺を驚かすと、用務員さんは今度こそ社務所の中へと消えた。


「それじゃ、帰るとしましょう。時田君」


「なんか言うことないの!?」


――とにかくこうして、焼き芋行為を終えた俺たちは神社を後にした。


「それにしても、天原さんって学園の外だと結構違うんだね」


学園内の彼女は、口数の少ない物静かな女学生だ。そもそも、俺たちは学園ではほとんど会話を交わしたことがない。


「違くないわ。いまは緊張しているというだけ」


「え、本当に?」


「本当に」


「ものすごく自由闊達にしゃべっている気がするけど……」


隣を歩く天原さんをチラ見する。ギャル的な派手さは皆無なので男子の話題にはならないが、やはりとても顔立ちが整っている。


地味で無表情な彼女だが、俺に言わせればそれは『大人っぽさ』なのだ。


「時田君のお家はこの近所なのでしょう? 一学期の時に自己紹介で言っていたわ」


「そうだよ。次の交差点を曲がってすぐのマンション。天原さんちはこの近所ではないよね?」


「私の家はG町。駅を挟んで向こう側」


歩きだと三十分くらいはかかりそうだ。いささかキビしい距離である。どうしてわざわざあの神社で焼き芋をしていたのだろうか。


「……やっぱり火傷がヒリヒリするわ」(チラッ)


不意に天原さんが呟いた。


「出来たてほやほやの焼き芋だったからねえ」


「ジンジン……いえ、ズキズキするわ。めまいがするほどの痛み」(チラッ)


意味深な目くばせ。けれど、無表情ゆえに彼女の要求はいまいち掴み難い。


「えっ、なら急いで帰ったほうが……バスがあるよね」


「無理よ。すぐにどこかで治療をしなければ、一生消えない痕が肌に残るに違いないわ。辛い」(チラッ)


「まさかとは思うけど、俺んちへ寄ろうとしているの?」


「そもそも時田君にお芋をあげさえしなければこんなことには……」(チラッ)


「嘘でしょ」


まさか俺の罪悪感を煽りにくるとは。実のところ、そこは少しだけ引っかかっていた部分で、それだけに天原さんのセリフはやけに心に刺さる。


「……分かったよ。そんなら、とりあえず俺んちへおいでよ」


すると、天原さんはぷいっと顔を逸らしてしまった。何故だ。


「行く」


けれど、こっくりと頷いた。


「贅沢は言わない。アロエかお味噌を用意してくれればいいわ」


「迷信だよ、それ! ぜったい効果無いからね! 特に後者!」


めまいがするほどの言動の落差だった。


――マンションのエントランスを通り抜けて、エレベータへと向かう。天原さんは物珍しそうにきょろきょろと構内を見回している。


「こんな大きなマンションに入るの初めてかも。分譲四千万円台として、家主の平均年収は幾らくらいなのかしら」


「それ本当に気になる!?」


相変わらずクールな表情ではあるものの、天原さんはどこかそわそわしている様子だった。もちろん、俺はもっと落ち着かない。


なにしろ初めて女子を我が家にお招きするのだ!


「と……とりまリビングで座ってて。ええと、そっちは姉貴の部屋だから入らないでよ!? 俺がぶっ殺されるから」


天原さんは天原さんで落ち着きなくきょろきょろしている。俺が勧めたソファの上で意味もなく跳ねたり。


「天原さんじっとしてて! お煎餅食べてていいから! 跳ねないで!」


「緊張しているだから!」


本当に緊張感アリアリな口調である。珍しくちょっと大きな声だったし。


「そしたら、オロナイン持ってくるから待っててね」


凄い勢いでお煎餅をカリカリと齧り始めた天原さんを尻目に、自分の部屋へダッシュ。学生カバンを放り込んだら、次は洗面所へダッシュ。


収納棚から救急箱を取り出す。再び居間へと戻る。所要時間一分。


「お帰り」


天原さんはソファに背中を預けてジュースを飲んでいた。制服のブラウスの裾がスカートから出ている。


床には彼女の脱いだ靴下と、ぺったんこの学生カバンが散らかっていた。ついでに、居間のテレビでは再放送のドラマが流れている。


「たった一分でどうしてそこまでくつろげるの!? って言うか、俺、ジュースは出してないよね!?」


「持ち込み」


「嘘だよ! だって、ペットボトルの蓋に『R』って書いてあるもの! 時田リュウのR! それ俺んだよ! 冷蔵庫から勝手に出したでしょ!?」


地団駄を踏む俺を物ともせずに、天原さんはぐいぐいと『青森りんご・世界一』と書かれたペットボトルを傾けていく。


「それ秋の限定商品で一本三百円するんだからね!?」


「どうして蓋に名前書いてるの?」


「姉貴に飲まれないようにだよ。じゃなくて、そのセリフはもうそれが俺のジュースだって自供してんのと一緒だよ!?」


「まあそう苛立たないで。このジュース飲んで落ち着き? 糖分は安定した思考に必要」


「俺んだけどね!」


天原さんに渡された俺のジュースを飲み干す。一口しか残ってなかった。青森のリンゴは涙の味がした。


「もぉー……早く薬塗ろう?」


「ふふ。平静を装いつつも、陰キャはクラスメイトの女子との間接キッスにハートがどっきどき」


「小学生か! 間接キスくらい普通に起こりえるでしょ。あと、俺は全然陰キャじゃないから!」


「えっ」


「えっ」


まさか俺って自覚がないだけで陰キャだったのだろうか。


「わ……私はファースト間接キッスだったのに!」


「そっちだったか」


俺が陰キャでなかったのならあとはどうでもいい。


「じゃあ、ほら、オロナイン塗るから手ぇ出して」


「私のファースト間接キッス問題をなおざりにするとは!」


騒いではいるものの、天原さんは素直にこちらへ手を出した。さっき巻いたハンカチを解いていく。


ファースト間接キス問題に関しては掘り下げると俺まで恥ずかしくなりそうだからスルーしておこう。


「赤くはなってるけど、火膨れとかは出来てないし、痕にはならないよ。たぶん」


特に遠慮する素振りも見せないので、天原さんの手にオロナインを塗って、絆創膏を貼った。


背中をさすったとき同様、同世代の女子の身体(の一部)に割とガチ目に触れているという事実が、とてもとても気恥ずかしい。


「時田君」


「なっ、なんでしょう!」


内心を見透かしたようなタイミング。心臓が飛び跳ねる。本日二度目。


「今夜はどんなディナーをご馳走になれるのかしら」


「なれないよ! ついさっき吐きそうになるくらい焼き芋食べてたでしょ!?」


すごい角度からフックを飛ばしてくる女子だ。めまいがする。


「まあ、とりあえず、しばらくは休んでていいけどさ。俺は部屋で着替えてくるから。あ、覗かないでよ」


「それはこっちのセリフ」


「天原さんは着替えないでいいからね!? どうしてそんなに人んちで自由気ままに振舞おうとするのかな!?」


「そうやって口では嫌がっているけれど、陰キャというのはマイペースな女子に振り回されるのが好きなものよね」


「だから、俺は全然陰キャじゃないって!」


――結局、天原さんはテレビドラマが終るまでの間、居間で休んで、夕方五時には腰を上げた。


ぎりぎり、俺の家族が帰ってこない時間帯である。


「時田君は私を引き留めたいみたいだけど、まだそういうのは早いと思うの」


「そういうのって何さ! あと引き留めてないからね!」


正直、もっと粘られると思っていたので一安心だ。俺の家族に会わせるにはまだちょっと恥ずかしさが勝る。


「でも、とりあえず、靴下を脱ぐぐらいくつろいでくれて良かったよ。俺は結構緊張していたから」


「そう。私は脱いだ靴下が片っぽ見つからなくて少し慌てたのだけれど」


クールな表情でカッコよく語っているけれど、普通は初めて訪問した家でそんなことは起こらない。


もう日が暮れ始めているので、俺は天原さんを家まで送ることにした。三十分近い道のりだ。女子一人を歩いて帰すには忍びない。


「なんか今日一日で、同じクラスになってからの百倍くらい喋った気がするよ」


「私は他のクラスメイト全員と喋った分の千倍くらい時田君と喋ったわ」


女子にそう言われるとめまいがしそうなくらい照れ臭い。


「まあ、俺んちだったらまた来てもいいからさ」


「ならそうさせて貰うわ。オートロックの開錠番号は#9106よね」


「何でショルダーハックしたの!?」


今日の彼女の感じからすると、本当にしれっと入って来てしまいそうだ。


「俺、天原さんがこんなにオフェンシブな人だって知らなかったよ。学校だと静かじゃん」


「だからこそ。普通の会話に餓えてるの」


「……確かに今日の調子で友達と喋るのはちょっとアレかもね。じゃあ部活は? 確か将棋部だったよね」


うちの高校の将棋部はなかなかの名門らしい。奨励会に入ったOBが何人かいると聞く。


「プロ棋士ブームで入部した連中は強い先輩たちにボコボコにされて自信喪失して幽霊部員になっちゃったわ。強い先輩たちは強い先輩たちで、学校に来ないで自主練してるみたい」


「あ、そういう世界なんだ。え、そんじゃ『会話に餓えてる』ってのは、もしかして部活に出てるのが天原さん一人だけだからとか?」


「対局できないからずっとパソゲーしてる」


「ちょっとぉ!」


将棋ソフトがさくさく動くように、将棋部にはちょっといいパソコンが導入されていると聞いたことがある。


それがまさか娯楽としてのPCゲーム機に成り果てているとは。


「ローグライクやってると三時間があっという間に溶ける」


「それ、ハイスペックPCでじゃなくてもいいやつ!」


フリーダムすぎてめまいがしてきた。


「そう言えばカバンもぺっちゃんこだったし……もしかして天原さんって半分は遊びに来てるよね、学校に」


「カバンがぺたんこなのはヤンキーを意識しているから。陰キャはヤンキー女子との接点を求めたがるもの」


「どうして俺を陰キャにしたがるのさ! あと、天原さんこそ全然ヤンキーじゃないでしょ」


地味系JKの天原さんは当然、身だしなみも真面目そのものだ。学園での生活態度も言わずもがなである。メガネっ娘だし。


「実は学外ではヤンキー。これぞギャップ萌え」


「専門用語のクセ! オタク的な恋愛観が多いなとは思ってたけど、本当はローグライクじゃなくてギャルゲーやってるね!?」


「ローグライクもギャルゲーもPCゲーム。将棋ソフトもPCゲーム。なら、ギャルゲーは将棋ソフトの一種。そう考えられるわ」


「られない!」


そんなやり取りを交わしているうちに線路をまたいで、天原さんの住むG町内へと入った。


「それにしても、なんでわざわざあの神社で焼き芋やってたの? 似たような場所ならこの近所にもあるでしょ」


隣を歩く天原さんがこちらを向いた。大人びた彼女の容貌が、夕まぐれの残光の中でとても神秘的に見えた。


「……時田君を待ってた。一緒に焼き芋を食べようと思って」


「えっ」


「うぐぅ」


「それは焼き芋じゃなくて鯛焼き! 完全にギャルゲーマーの発言だからね、それ! どんだけPCゲームにコミットしてんの!」


反射的に突っ込んで流してしまったけれど、今の天原さんのセリフはもう少し掘り下げたほうが良かったのだろうか。


天原さんをチラ見する。何故かそっぽを向いている。


「あの、天はr……」


「ここ、私の家だから。送ってくれてありがとう」


俺の言葉を遮って、天原さんが一軒の家を指差した。顔は背けたまま。


すると、見計らったかのように天原家の玄関が開いた。ジャージ姿の女性が立っている。ご家族だろうけれど、どこか見覚えのある女性だ。


「喝ッ!」


「ヒエッ」


あの人だった。


「おかえり。カスミ」


用務員さんは当たり前のように天原さんに声をかけた。


「ただいま」


天原さんは天原さんで、突如出現した用務員さんに驚く様子もなく頷いている。


「時田君。これ、私の姉。普段はあの神社でバイトしている」


「あ、だからあそこで焼き芋していたんだね。じゃなくて! このタイミングでそれを言うの!?」


「だって、あのときの時田君はブラのホックを探すのに夢中だったみたいだし……」


「そういうの、ぜったいお姉さんの前とかでは言わないやつじゃない!? っていうか捏造しないでよ!」


お姉さんの視線が痛い(気がする)。


改めて彼女(姉)を見ると、たしかに天原さん(妹)とは似かよったところが多い。


「ええと、あの、天原さんと同じクラスの時田です。ちゃんと会うのは初めましてですね。ええと、さきほどは失礼しました」


恐ろしいお姉さんだけれど、挨拶はしておこう。


「む」


大きく顎を引くお姉さん。俺から目を離さない。やはり武芸者感が強い。


「送ってくれてありがとう。時田君。それと、一緒に焼き芋を食べたかったのは本当だから」


いきなりそう言うと、天原さんは玄関へと駆けていった。


薄闇にまぎれた天原さんの顔は、これまでのような地味な無表情ではなくて、まるで――


「え、ちょっと!? 天原さん!? あらら……」


彼女の様子をしっかり確認するより早く、天原さんはドアの向こうへと消えてしまった。残されたのは俺とお姉さんだ。気まずい。


「ええと……」


ちらりと視線を向ける。こちらを凝視し続けていたお姉さんと眼が合った。


「喝ッ!」


「ヒエッ」


バタン!


目の前で閉じる天原家の玄関。今度こそ一人残された俺、呆然。


「あの、ええと……ええ!? あのお姉さん、どうなってるの!? いやそれより、天原さんのあの感じってまさか……」


ぼんやりと歩道に立ち尽くす。自分の顔が痛いくらいに赤くなっているのが分かる。


――めまいのしそうな秋の夕暮れだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地味子と俺と秋の夕暮れ 丘野あくろ @acrohills

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る